Bar17本目:How to use あずきボー

 話し声が凡そ聞こえなくなった客車の中、背凭れが硬いからか最初は寝苦しそうにしていた七妃も、俺の肩に頭を置くと、そのままスース―と寝息を立て始めていた。

 ……いやいやいや、おかしいだろ。

「……ん……」

 七妃の口から、寝息が漏れる。

 気を抜くと、七妃の良い匂いがして来る様な気がして……。

 ダメだ、もう1本あずきボーを食べて、心を落ち着けるか。

 七妃を起こさない様に、そっとあずきボーを生み出す。

 空いている側の手に持って口に近付けると、ヒンヤリとした冷気と、あずきボーの良い匂いが香って来た。

「……ん、あずきボー……」

 左肩の方からそう聞こえて来たかと思うと、七妃の身体がピクッと震えた。

 こいつ、マジか。

「……あれ、あーし、寝ちゃってた?」

 七妃はあずきボーの芳香で覚醒して、目を擦りながらその身体を起こした。

 俺の左肩が軽くなる。

(あ、善哉ぜんざいずるっ! あーしもあずきボーっ!)

 周りに迷惑を掛けない様に、囁き声で怒鳴る七妃。実に器用だ。

(ああ、今出すから――)

(良いよ、寝起きで1本も食べれないし。はい、あーんっ!)

 そう言った七妃は、俺に向かって無防備に目を閉じて口を開けた。

(……いや、俺が出すから齧り付きに来いよ)

(はっ? 何でっ? いいぢゃん!)

 目を開けて、プリプリと詰め寄って来る七妃。

(ほら高茶屋、あーん!)

(むう)

 俺が口許にあずきボーを差し出すと、膨れた七妃は少し身を引いて、さっきと同じ姿勢になった。

善哉ぜんざい、あーん)

 ……何この、あーんチキンレース。

 因みにこの遣り取りの間、一度解いた魔力をまた籠めているので、あずきボーはカッチカチのまま。そろそろまた、抜いておくか。

 と。

 ――そう言えば、さっき――。

(なあ、高茶屋)

(なによ)

(さっき、『本当に』って言ってなかったか? どう云う意味だ?)

「ふぁっ?!」

 何の気無しに思い出して訊いてみた処、何故か客車中に響き渡る大声を出した七妃は、馬車が揺れる中で立ち上がって、周りにペコペコと頭を下げた。

 特に怒っている人は居なかったらしく、ホッと安堵の息を漏らしながら、七妃はまた椅子に体を落ち着けた。

(もうっ! 善哉ぜんざいのバカっ!)

 何でそうなる。

(で、どう云う意味なんだ?)

(知らないよ、ヘンザイ!)

 しまった、言われてしまった。何かこれ、地味に心に来るよな。

(ほらっ、食べたげるから、あーんしてっ!)

(あ、あーん)

 シャクっ。

 差し出したあずきボーの角を齧って、七妃は美味しそうに頬を押さえた。落ちそうだったんだろうか。

 にしても、何でいつの間にか俺が食べて欲しがっているみたいな事になっていたんだろう。

 ツッコミどころが多いので、スルーしておく。やっぱり、『ヘンザイ』が効いている。

(美味しいか?)

(うん、勿論!)

 まあ、この笑顔が見れるんなら良いか。



   //////



 ガタンっ。

 それから暫くして、また直ぐに俺に凭れて寝てしまった七妃を横目に俺もウトウトし掛けた頃、馬車が大きく揺れて止まった。

「助けてくれーっ!」

 外から聞こえて来た御者さんの合図に、先程の2組は颯爽と飛び出した。

「高茶屋、起きて、出番だよっ!」

「ふぇ? もう朝?」

 何を言ってるんだ。……可愛いけど。

「守衛の出番だって。さっきの皆さんも外に行ったよっ!」

「ふぁ、ふぁい、あーし、シュエーですっ!」

 可愛いのは分かったから、早く目を覚まして欲しい。

 兎にも角にも必要な物をバッグから取り出し、その手を引っ張って馬車の外に出た。


 少し暗くなり掛けている平原で、馬車はオオカミの群れに囲まれていた。……おっと、魔製オオカミの。

「よく眠れたか?」

 その群れから馬車を守る様に並んでいる人達の輪に入ると、隣のスキンヘッドのお兄さんが声を掛けて来た。

 バレてた。

「済みません」

「いや、攻めてる訳じゃないぜ? 無理して起きてて、こう云う時にパフォーマンスが出せない方が余程アウトだからな」

「ありがとっ!」

 オオカミを目の前にして、七妃も流石に目を覚ました様だ。

 凶悪なオオカミの唸り声が、ウゥゥウゥゥと場に響き渡る。

「あ、あーし、忘れ物しちゃったっ! 取って来て良い?」

「あ――」

「いや、そんな暇は無い、来るぞ!」

 お兄さんの言葉が終わるや否や、魔製オオカミの群れが襲い掛かって来た。

 やばっ、準備する暇が――。

「きゃっ」

「危ないっ!」

 七妃に飛び掛かろうとしているオオカミの口に、あずきボーを投げ込む。

 ガキンっ!

 哀れ、躊躇無く噛み砕こうとしたオオカミの牙が折れ、キャンキャンと情けない声を上げて転げ回る。

 ――チャンス。他のオオカミは皆さんが対応してくれている内に――。

 俺は左手に持った物――どう見ても、日本刀の柄と鍔――の先に右手を当て、魔力の流れを意識しながらその手を離して行く。

「えっ、善哉ぜんざい、凄っ!」

 そこには、日本刀の刃を模したあずきボーが姿を現していた。

 右手を柄に添え、オオカミに向かって構える。

「ねっ、それって」

 七妃がこっちに向かって話し掛けようとして来た時に、さっきのオオカミがまた向かって来たので、上段から振り下ろした。

 名付けてあずきボーソードに打ちのめされたオオカミは、グルルと弱々しく唸った後に、その姿を消した。

 他者の魔力で生み出された物は自分の魔力をぶつける事で消える事は秘かに実験済みなので、正確にはこの刀を包む俺の魔力に打ちのめされたと言った方が良いだろう。

「ふう」

 剣道は体育の授業でやった位だけど、何とかなったか。

「凄いっ、善哉ぜんざいカッコ良いっ! あーし、応援してたげるねっ!」

 ここの処何だか七妃にはツッコミしかしてない気もするけど、折角だしその応援には応えるとしようか。

 他の人達と一緒に、襲い来るオオカミを倒して行く。

善哉ぜんざい頑張れーっ!」

 俺の後ろに隠れながら、七妃は暢気な声を上げる。声援は嬉しいけど、実のところ、忘れ物が有るならこの隙に取りに行けば良いのにと思わない事も無い。

 尤も、今の俺にはこの七妃の声だけで充分だ。


 馬車を囲んでいた魔製オオカミは、俺達守衛3組に倒されて跡形も無くなった。文字通り。

 夕焼けに染められた平原を、爽やかな風が通り過ぎた。

 他の人が攻撃するのを見ていたけど、有り物の武器でも魔力を込めているのが見て取れたので、矢張りそう云う事で、逆に魔力に依らない攻撃は効かないのかも知れない。試すのには危険が伴うので、よっぽど余裕が有る時にしか出来そうも無いが。

 あずきボーソードを腰の前で横に軽く振る。時代劇なんかで見た、剣戟の後の『血振り』ってやつだ。

「何それ善哉ぜんざい、カッコ良いっ!」

 ふっ、そうだろう。

「きざっ!」

 折角良い気分になっていたのに、追加された一言に、気分が沈む。

 自分の中で終わったってピリオドを作る為にやっただけだから、気障って言われても口惜しくなんかないんだからなっ。

「でもさっ、これってあれだよね、何年も前に刃物の町せき市の高校生が考えた日本刀アイスと、宇村屋がコラボして作った非売品のっ!」

「そう、『第50回刃物まつり』に出品された、あのっ!」

「「あずきボー、日本刀アイスっっ!!」」

 声を合わせて、七妃とハイタッチ。

「まあ、この世界で『日本刀』って云うのも野暮だから、『あずきボーソード』とでも呼ぼうと思ってるけどな」

「ああ、うん、そうだね。似た様な国は、何処かに有るのかも知れないけど」

「こんな物が売っている程だからな」

「そだねっ」

 俺が昨日朝市で買っておいた、恰も日本刀の柄と鍔の様な物。想定通り、上手く使えて良かった。

善哉ぜんざいがこれ買ったの、あずきボーソードの為だったんだねっ! 流石に分かんなかったっ!」

 流石に刃渡り65センチの物をゆっくり食べている暇は無いので、魔力を籠め、その刃を消した。

 オオカミの口を塞ぐ為に投げていたあずきボーも消しておく。

「……非売品だったし、今度食べさせて……」

「まあ、良いけど。高茶屋が『忘れた』って言っていたやつは、あの後に買っていたやつか?」

「そだよ。今度は忘れずに、あーしも戦うからっ!」

「ああ、楽しみにしてる」

「へへっ、お楽しみにっ!」

「皆さん、ありがとうございます。では、直ぐに出発しますので、お乗り下さい」


「はーーーーいっ!」


 御者さんに守衛3組皆で返事をした中、七妃の元気な声だけが特に赤く染まった空に木霊した。

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