Bar15本目:チキンライス

「それで、高茶屋は何を買って来たんだ?」

 かき氷を食べ終わった後、俺達は街の西側の方で見付けた、オムライス専門店に来ている。

 どこで食べようかと云う話になった時、この店の事を伝えたら「行くーっ!」と即答されたのには驚いたけど。

「ヘヘッ、それは内緒でーすっ!」

「お待たせしました」

「あっ、来たっ! オムライスっ、オムライスっ!」

 店員さんがテーブルに置いて行ったシンプルなオムライスを見て、七妃は楽しそうに体をくねらせた。

 幸せそうで何より。……で、何を買ったんだろう。

 まあその内に分かるんだろうし、余り詮索するのも良くないか。余りしつこくして、また『ヘンザイ』とか呼ばれたりするのは嫌だ。

「じゃあ食べようか。いただきます」

「いただきまーす!」

 手を合わせて唱えると、待ちきれなかったとばかりにスプーンを手に取って、七妃はオムライスを口に運んだ。

「ん~~~~っ!!」

 幸せそうに見悶える七妃。もう、この時点でこの店を見付けた甲斐が有ると云う物だ。

 それにしても、ケチャップまで有るとは。

 スプーンで、オムライスの表面に掛けられているケチャップを掬い取り、味を見てみる。

 うん、紛う事無きトマト。

 ヨーロッパには大航海時代に観賞用として運ばれて、食用になったのは200年後、18世紀になってからだったと聞いた事が有った気がするけど、やっぱり歴史が全然違うんだな。

 ……って、違って当然なんだから、いちいちもう言及しない事にしよう。

 この世界を有るがままに楽しみたい。楽しもう。

「ん?」

 ……と決意した処で目が合った七妃が、首を傾げた。

「どしたん、善哉ぜんざい? 食べないの? ……あっ、若しかしてトマトの事? やっぱり全然歴史違うんだねーっ!」

 ああ、やっぱり七妃も覚えていたか。……と、ギャルモードのまま、元の高茶屋七妃が顔を出した?

 少し嬉しかったけど、当然これもつつかない。

「ああ、本当にルナ様が行っていた通り『中世ヨーロッパ#風__・__#』なんだなって」

「ねー。でもあーし、実際には日本しか、もっと言うと名古屋しか知らなかったから、全部新鮮で面白いよっ! 善哉ぜんざいとこんなに長く居るのも、初めての事だしねっ!」

「それは俺もだよ。高茶屋と一緒で楽しい」

「ひょへっ?! あ、ありがとっ! あーしも善哉ぜんざいで良かったよっ!」

 その笑顔が眩しくて、オムライスを口に運ぶ手が早くなる。

「ちょっ、そんな早く食べると詰まっちゃうよっ!」

 七妃の言葉に少し落ち着きを取り戻し、差し出されたコップを受け取って詰め込んだ物を飲み込み、水で口の中を流した。

「……ふう。サンキュ、高茶屋」

「どういたしましてっ! ど? ちゃんとサポートしてるでしょっ!」

「うん、そうだな。これからも頼りにしてる」

 本心を伝える。

「ほよっ?!」

「ん?」

「どしたの、急に素直になっちゃって! 明日は雪かなっ?!」

 あれ? そんなに言う程、素直に伝えて無かったかな。気を付けよう。

「それにしても、美味しいな、このオムライス」

「ねっ! 何かやたらとふわとろのが流行ってたけど、しっかりと、玉子を食べてるって感じがするっ!」

 熱弁する七妃を見ながら、ケチャップの掛かっていない部分を取って、目を閉じて味わってみる。

 味付けは至ってシンプル。余計な手が加えられていないので、素材である玉子の味――これがまた絶品――がしっかりと感じられ、舌が喜ぶ。

 それに更にチキンライスがパラパラと、食感と旨味のアクセントを加える。

 濃厚な、トマトと玉子の怒涛の洪水。

 まさに至福っ!

 手が止まらず、皿と口を往復し続ける。

「あれっ? 善哉ぜんざい、もう食べ終わったの?」

「ま、まあ……」

 さっき無心で口に運び続けたのも有るけど、美味し過ぎて一気に食べてしまった。

 水を飲む。

 この前にあずきボーを1本食べたとは言え、まだ少し空腹感は有る。

「はい、善哉ぜんざい、あーん」

 その俺の様子を見て察したのか、七妃は一口分のオムライスを乗せたスプーンを、俺の前に突き出して来た。

 ……これって、また?

「おいおい、高茶屋、これって……」

「良いから、意識しない! あーしだって恥ずかしいんだから!」

 そうは言われても……。

「友達だったら、普通じゃん? これはこの先大事な時に万が一にも何かを意識しない為に慣れる為なのっ!」

 七妃は、頬を真っ赤に染めながら空いた手で頬杖を突いてそっぽを向いている。

 ……無茶苦茶にも程が有る様にも思えるけど……。一理、無くも無いか?

 『友達』って断言されるのは、少し寂しい気もするけど――。

「じゃ、遠慮なく。あーん――」

 そのスプーンに齧り付く。ここで初めて気付いたけど、スプーンを持つ七妃のその手も小刻みに震えている。

「ん……ありがとな、高茶屋」

 咀嚼して飲み込んで、率直に礼を言う。

「べ、別に善哉ぜんざいの為にやった事じゃ無いんだからねっ!」

 ……何だか、もうグチャグチャだ。

 俺がスプーンに食い付いた時、凍り付いてたのは見逃してないぞ。

 ――困らせるだけだから、言わないけど。

 でもそうだな。七妃の言う通り。戦闘中に急な接近が有ったとして、その時に動揺して動きが止まってしまうのでは上手くない。

 だったらもう、『友達』だと割り切ってしまった方がそんな危険は減るし、何よりもこの道中、お互いの精神的に健康かも知れない。

 ――少なくとも、魔王を倒すまでは。

 もう何度目になるか分からないけど、改めて、心に刻み込む。今度こそ、やり通して見せる。

「……っと、あーしも早く食べちゃうねっ」

 オムライスを乗せたスプーンと一瞬睨めっこした後、七妃は勢いを付けてそれに喰らい付いた。



   //////



「あー、美味しかったっ! あのお店見付けてくれてありがとねっ、善哉ぜーんざいっ!」

 満足そうにお腹をポンポンと叩きながらオムライス屋を出た七妃は、クルリと振り向いて俺に向かって笑顔を弾けさせた。

「お役に立てて良かったよ。でも、教えた時に高茶屋があんなに食い付くとは思ってなかったけどな」

「へへへっ、あーし、子供の頃からオムライスが大好きなんだよね。元々は小さな旗が刺さったお子様ランチのチキンライスが好きで、『うちでも作って!』って言った時に、お母さんがオムライスにしてくれたのが切っ掛けで」

「へえ、そうだったんだ」

 親の話になると、……と思ったが、その表情には、特に雑味は感じられなかった。

「ああん、あーしも、美味しいの作れる様になりたいなっ! マオーを倒したら練習しようかなっ」

「うん、良いんじゃないか?」

「ねっ、善哉ぜんざいっ、その時は味見してくれる?」

 ――そもそも本当に倒せるのかも分からないのは置いておいて、魔王を倒すと云う目標を達成した後、俺達はどうなるんだろう――。

「おう、勿論っ!」

「やたっ! 約束だよっ!」

 あずきボーを2本出し、1本を七妃に渡す。

「ありがとっ! もう言わなくても分かってくれるねっ!」

「……いや、俺が食べたいから出しただけだし……」

 思わず照れて、顔を伏せてしまう。やっぱり、全力ギャルモードのこいつには敵わないな……。

「それにしてもあーしら、ちょっとゆっくりし過ぎちゃったかな?」

「んー、でも、大分この世界の事が分かって来た気がするし、無駄では無かったんじゃないか? この辺の人達、全然魔王に対する悲壮感とかが無いし」

「それなっ! 無駄じゃ無かったっ。北に居るって言うマオーに近付いたら、暮らしてる人の感じもまた変わってくるかも知れないけど……」

 真剣な話に、七妃と目を合わせて頷き合う。

「本格的な話は、王都に着いて王様に接見してからだな」

「そだねっ! あーしらの戦いは、始まったばかりだっ!」

「こらっ!」


 盛り上がった七妃の宣言に、何か不吉な物を感じて思わずツッコミを入れる。

 明日馬車に乗って王都に行って、魔王を討伐する者を募っていると云う王様に会って。

 俺たちの本当の意味での冒険は、恐らくそこから始まる。

 カチカチのあずきボーの硬さだけに頼っていては心もとないが、俺のこのスキルの使い方も、幾つか考えている。

 今後の活躍に、乞う、ご期待! ……なんてな。

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