Bar14本目:太陽は沈まない

 手を振り駆けて行った七妃を見送り、独りポツンと街の中に取り残された俺。


 取り敢えず広場の時計台が良く見える処まで近付き、長針が動いたのと同時に、頭の中で60秒をカウントし始める。時計に秒針が有れば一目瞭然だけど、無いのだから仕方無い。

 今の処、そこまでの技術が無いのか、そう云う文化が無いだけなのかは判断のし様が無いので置いておく。

 58秒のカウントをした処で、再び長針が動いた。これ位は誤差の範囲か。1分の長さは変わりない様だ。

 ……考え過ぎの様にも自分でも思うが、念の為に確認しておかないとこれから約2時間過ごして来たと思っても、時計の上で――ひいてはこの世界の上でまだ1時間しか経っていなかったり、逆に何時間も越してしまっていたりするかも知れないと思ったからだ。

 ま、杞憂に済んだのだから、それで良い。


 さて、2時間弱。集合を12時に設定したのは昼を一緒に食べようと云う事だとは思うけど、何処で時間を潰そうか。

 朝が早かったから一旦宿に帰って休んでも良いけど、目覚ましどころか宿に時計自体が無いし、起きれる自信も無い。今、モーニングを採ってから程良く消化されて来た頃合いだからか、割と眠い。

 誓っておくが、七妃と居るのが疲れるとかそう云う事では無い。1人で居る時と比べて人と居るのにエネルギーを使うと云う意味ではその通りだけど、その分、七妃には楽しませて貰っているから。

 それに、……元気な七妃を見られているのが、嬉しいから。


 七妃は、中央広場を南に向かって行った。と云う事は、今日見掛けた何処かの店に用が有ったと云う事だろう。

 何をしに行ったのかとか別に一緒でも良かったのではと気にならない事も無いけど、きっと合流したら、若しくは必要になったらあの笑顔で楽しそうに報告してくれるだろう。

 ……俺が下手を打っていて嫌われているのでもなければ。

 その辺りの機微は、女性と付き合った事が無い俺には残念ながら全く分からない。

 出来る限り、七妃を悲しませたり寂しがらせたりしない様に俺なりに頑張って行くだけだ。


 さっき言っていた七妃が居たギャルグループと陽キャグループは相当仲が良い様に見えたし、その中の何人かは実際に付き合っていると云う噂が有ったからてっきり七妃もそうなのかとも思っていたけど、2人切りで出掛けた事さえも無いと言っていたのは驚きだった。

 尤も、名前で呼び合った時のあの動揺具合だとさもありなんって感じだけど。

 誰か、他に好きな人でも居たのだろうか。俺と一緒で良かったと云う様な事を言ってくれていたけど、そうだとすると、申し訳ない気持ちも生まれて来る。

 俺も、一緒に居るのが七妃で良かったと思っている。気持ちの浮き沈みは色々有るけど、基本的には楽しそうにしてくれているから、俺も落ち込まないで居られる。コロコロ表情が変わるのが楽しくて、そんな七妃が横に居るから、突然送り込まれたこの世界も愉しんでいられる。

 端的に言って、感謝、している。

 何かサプライズでプレゼントしたら、また笑ってくれるかな。



 ――朝市はそろそろ店仕舞いをしているし、途中で鉢合わせても詰まらないから、七妃が行ったのとは違う道に向かった方が良いな。

 そう考えた俺は、まだ行った事の無い西の方に向かった――。



   //////



善哉ぜんざーいっ! 待ったーっ?!」

 中央広場、噴水の脇に腰掛けて待っていると、明るい声が聞こえて来た。

 顔を上げると、大きく手を振りながら駆け寄って来る七妃の姿が見えた。

 その姿は高く上がった陽の光を浴び、直視するのも憚られそうな程に輝いている。

「いや、全然」

 時計を見上げると、丁度12を指して針が揃う処だ。

 これは全くおためごかしでも何でも無く、俺自身ついさっきここに着いて腰掛けて、疲れを取り始めたばかりだ。

「目当ての物は買えたのか?」

 隣の空いている所を手でポンポンと示しながら訊ねると、七妃は「うんっ!」と元気に頷いて、リュックを膝の上に置いてそこに座った。

「はー、噴水が涼しくて気持ちいー」

 七妃はブラウスの胸元を掴んでパタパタしながら、顔を蕩けさせる。

「そうだなー」

 俺は極力そっちを見ない様に、手で顔を仰ぎながら頷く。

 ここでついつい凝視して『見んなバカ!』とか、定番ラブコメムーブはしたく無い。そもそも俺は鈍感じゃ無いし、ラブコメの主人公には向いていない。……よね?

「ちょっと休んだら、昼でも食べに行くか?」

「うん、そうだね。お目当ての所以外にもまたお見せ色々見て回って来たから、疲れちゃった!」

 七妃はそう言いながら、軽く握った手で太腿をトントンと叩き出した。

「ね、善哉ぜんざい

「ん? あ、ああ」

 急に顔を覗き込んで来た七妃に軽く動揺しながらも、その意図を汲んだ俺はあずきボーを2つ出して、その内の1つを七妃に手渡す。

「ありがとっ! さっすが善哉ぜんざい、あーしの言いたい事分かってくれるねっ!」

「信頼されてて何よりだよ」

「あー、でもやっぱり……。一旦返すね」

 そう言った七妃は、その手のあずきボーを俺に返して来た。……と云う事は、詰まり……。

「ほいっ!」

 七妃の手に、最早お馴染みとなっているあずきボー専用かき氷機が現れた。

「こんな涼しい処でかき氷で食べたら、絶対おいしいやつだよねっ!」

 体を少しずらしてそれを噴水のへりに置いた七妃は、俺の手から再度あずきボーを受け取ってセットすると、笑顔で「カ~キご~おり~♪」なんて口遊みながらかき氷機のハンドルを回し始めた。

 かいたばかりの氷と噴水のダブルの涼気が、俺を天国へと誘う。

 俺もそうしようと手に持ったままのあずきボーが溶けない様にと再び魔力を籠め、七妃が自分の分をかき終わるのを待った。

 七妃の鼻唄を聞きながら周りに目を遣ってみるも、特に俺達の方を気にしている人は居ない。

 正確に言うと、『カップルが楽しそうにしやがって』的な視線も感じるけど、俺達のこのスキルに関しては、気にしている様子は無い。

 これも当たり前の事の様に見える様に、ルナ様が調整してくれたのだろうか。それとも、スキルってそう云う物なのか……。

 これは全く考えても詮無い事なので、ルナ様のお陰と云う事にして感謝しておこう。ありがとう、ルナ様。

「でーきたっと! 善哉ぜんざいもかき氷にする? やったげるよっ!」

「ああ、ありがとう。じゃあお願いしようかな」

 手元のあずきボーから魔力を抜いて、七妃に手渡す。

 自分の分のかき氷が入った器をどけて新しい器を置いてあずきボーをセットした七妃は、また楽しそうにハンドルを回し始めた。

 ……余りにもそれが楽しそうで、何だか、ウズウズする。次の時にはやらせて貰おうか。

 考え事が有る時とか、頭がスッキリして、思考が捗るかも知れない。

「はいっ、出来たよっ!」

 あずきボーのかき氷が綺麗に盛られた器を差し出しながら、七妃は弾ける様な笑顔を見せた。



 この笑顔に、再び誓う。

 さっき考えていた様な、この笑顔をもっと俺以外に見せたかった奴が居たんじゃないかとか、考えるのはもうやめる。

 元の世界で事故に遭って死んでこの世界に来てしまった今となっては、知り合いは今の処お互いにしか居ないのだから。

 俺が七妃を笑わせて行く。笑顔にして行く。それで良い。

 そして、魔王を倒す。

 それを達成してからの事は、全部終わってから考えれば良い。

 そもそも、まだ魔王までの道筋さえ見えていないのだから。先の事を考えるには、何もかもが早過ぎる。



 七妃から受け取ったかき氷を食べる。食感も、頭の中も、とても爽やかに晴れ渡った。


 ……しかし七妃のこのスキル、器とかを洗わずに仕舞っても(『仕舞う』と云う表現が正しいかは置いておくとして)次に出した時には綺麗になっているのは便利で良いな。

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