Bar13本目:足の確保
「ふんふんふーん」
買った服をそのまま着て来て服屋を出た七妃は、鼻歌を口遊みながら、足取り軽くまだ
腰回りと足首がキュッと締まったそのシルエットから菜の花だけでなくトウモロコシと云う言葉も浮かんでくるが、言うと間違い無く怒るから、心の中で留めておく。イメージから連想してしまうのは、仕方無いと思う。俺、悪く無い。
七妃の綺麗な髪が、風に揺れた。
「うん、元気な高茶屋にピッタリだな」
「あはは、ありがとっ!」
俺の賛辞にも少し慣れて来た様で、足を止めて振り向いた七妃は明るく笑った。
「私の服入れて貰ってごめんねっ! もう少しだからさ」
今俺達は、七妃の服を入れる為のリュックを買う為に、朝市に戻っている。
服屋にも置いては有ったが、
「服を入れるのも必要だって、さっき気付いてれば良かったね」
「俺は気にしないし、別にこのままで良いのに」
返事をしながら、手に持ったバッグを見る。今この中には貨幣とそれを入れる袋、それに俺が着ていた服と七妃が着ていた服が入っていて、それなりに膨らんで来ている。
「あーしが気にすんの!」
「そうか?」
「そっ! それにあーし、自分の荷物は自分で持ちたいから。
「ん、わかった。ありがとう」
七妃の気持ちを受け止め、感謝の気持ちを告げる。
俺の内心では役に立ってないとかそんな事は無いが、それを伝えた処で、七妃が満足する訳でも無いだろう。
……とは言えこれからの戦闘中、七妃に危険が及んだ時に俺が護れるかどうかも分からない。
何か身を守らせる手段を考えないと。
俺の魔力が上がれば、戦闘中のあずきボーも分け与えられるんだけどな。
「ねっ、可愛いっしょっ?!」
その少し膨らんだ空色のリュックを背負い、こっちに背中を向けて訊いて来る七妃。
「うん、可愛い」
七妃が……じゃなくて、リュックも。
それにしても、鮮やかな七妃のファッションに比べ、俺はと言えば白い上着に黒いボトムス。地味だ。そもそも、男物の服は色の選択肢が限られ過ぎていたのだが。
「ねっ、戻って来て良かったっ!」
この笑顔を見ると、俺が地味で居る事でその魅力が引き立つのかも知れないし、それで良いのかも知れないとも思えて来る。
だから、その眩しさに目を細めながらたった一言、こう返す。
「そうだな」
再び朝市を後にした俺達は、服屋の店員さんが教えてくれた、馬車乗り場に向かった。
何でもここから王都迄の乗合馬車が出ているとの事で、その時に慌てない様に、予め確認しておこうと云う事になったのだ。
「でもさ、王都での事をたまたま服屋さんが知っていてくれて良かったよね。
「いや、それは高茶屋が着替えてる時に向こうから振って来た話で……」
「もう、こう云うのは素直に受ける!」
「あ、ああ」
若しかしたら、照れ臭くて言えない様な他の何かの謝意も籠めてくれているのだろうか。
それなら、受けておくしか無いな。
「どういたしまし――」
「あ、
言えなかった『て』は、何処に行けば良いのだろう。
看板を見ると確かに【馬車乗り場】と書いて有る。
街の中心広場から、少し北に向かった所に在った。
馬車自体は無い様だが、別の場所から乗るのだろうか。例えば、街の入り口の近くとか。
「済みませーん」
「はーい」
声を掛けながら扉を開けると、女性の声が返って来た。
……どうでも良いけど、宿と云い食堂と云い服屋と云い此処と云い、女性ばかりだな。
男性は力仕事に行っているとか、そう云う仕事の棲み分けが有るのだろうか。だとしたら俺も、魔王討伐後は力仕事に就かなければならない。まあ、身体を動かすのは好きだからそれも良いが。
「あーしら、明日王都に向かう馬車に乗りたいんですけど、いつ頃出発ですか?」
「ええと、明日は昼前の、丁度今頃だね。そこの中央広場に時計台が有るだろ。あれで10時頃さ」
そう言えば、噴水脇にそんな物が有った気もするな。
「お2人はお客さんとして乗る? それとも、戦えるなら守衛として乗る事も出来るけど。ちょっと割安になるよ」
俺はスキルを持っていて戦えるし、少しでも安くなるのならそれに越した事は無いけど。
「危険なんですか?」
ここまでの道中はそうでも無かったが、急に危険になったりするのなら更にその先が不安になる。
「そうでも無いよ。魔王が出て来てから、山賊なんかも居なくなったしね。対処して貰うのは、魔王が生み出した魔物? 魔法生物? そんな奴が出て来た時位だね」
成る程、今迄ともそんなに変わらない感じかな。
「ぢゃ、そのシュエーしようよ、
「ああ、俺は守衛で、この子は普通の客として乗せて貰えますか?」
「ええ、良いですよ」
それでも七妃を、余り危険な目に合わせたくは無い。
「ちょぉーいっ!
「でも高茶屋、戦えないだろ?」
「あーしにも考えが有るからっ! 戦うからっ! さっき
そう云う話だったっけ? 腑には落ちないが、七妃の気持ちは嬉しいから、受け取っておく。
「悪い、戦闘以外の処でサポートしてくれるって意味だとばかり思ってた。高茶屋がそう言う心算なら、有り難く受け取るよ」
「ちょっ、『戦闘以外の処でサポート』ってっ?!」
俺の発言の一部分に反応して叫んだ七妃は、瞬間的に顔を真っ赤にした。
「エッチっ! 変態
「バカっ! 違うからっ!」
そして、ポカポカ叩いて来る。……多分俺が考えていたのも、それとは違う。
「何を考えてるのか知らないけど、そんな恥ずかしがる様な事じゃ無いって!」
「へ? ちがうの? ……ふぁああああああああああっっっ!!!」
俺の言葉を飲み込んだ七妃は、変な声を上げながら頭を抱えて蹲った。
……全く、何を考えていたんだか。ともあれ、『へんざい』が新しい徒名にならなそうで良かった。いや、そのセンスには光る物を感じたけど。
「あのー……」
申し訳なさそうに声を掛けて来る、馬車乗り場のお姉さん。
「あ、済みません、じゃあ、2人とも守衛でお願い出来ますか?」
「分かった、お2人共だね。お代は明日乗車前に貰うから、遅れない様にお願いね」
「分かりました」
「……はいぃぃぃぃ……」
お姉さんの説明に頷いた俺に、地獄の底を這う様な七妃の声が続いた。
「処で高茶屋、戦うってどうするんだ? 格闘術習ってた訳でも無いだろ?」
何と無く中央広場に向かいながら、七妃に話し掛ける。
少し時間を置いたからか、少しは気持ちが落ち着いた様だ。
「……うん。それなんだけどさ、
「え? ……ああ、勿論良いよ」
思えばこっちの世界に来てから殆どずっと一緒に居たし、何と無くそれが当然の様にも思っていたけど、七妃だって1人になりたい時が有って当然だ。
「ありがとっ! ぢゃあ
七妃は手を振りながら、道を向こうに駆けて行った。
……そんなに早く、俺と離れたかったのかな。――なんて考えも浮かんでしまう。今までの流れから、それは無いと信じたい。
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