Bar19本目:魔法を信じるかい

「あー、美味しかったっ! やっぱあずきボーサイコーっ!」

 あずきボーを食べ終わった七妃は、歓喜の声を上げた。

 良かった、もうすっかり元の調子に戻っている様だ。

 残った木の棒を回収し、魔力を籠めて消す。この世界に来てまだ日は浅いが、もうすっかり慣れた流れだ。

「ちょっと休んだら、昼を食べに行こうか」

「ん、そだねー。……ごめん、あーし、ちょっと寝たいかも」

 七妃は掛け布団の上に横になって、窓の方を向いてしまった。

「じゃあ、何か食べる物買って来るか?」

 出発前に買っていた食料も、既に食べ切ってしまっている。そもそも、1日も掛かるとは思っていなかったから、量もそんなに買っていなかったし。

「……何でよ……。起きたらいっしょに……」

 ムニャムニャと言いながら七妃は眠りに落ちて行った様で、直ぐにクークーと静かな寝息が聞こえて来た。

 ……参ったな。本当にちょっとだけ休んで食堂かなんかに食べに行って、ついでにこの世界の情報ももっと仕入れようと思っていたんだけど。

 いつでも連絡が取れたスマホは当然だけど役立たずだし、書き置きが出来る紙やペンも持ってないから、起きるまで待つしか無いか。

 まあ今は、一緒に食べに行こうと思ってくれてるのが確認出来ただけでも良しとしておこう。

 馬車ではずっとクッションの少ない木の椅子に座り通しだったからお尻が痛いし、俺も、寝ておこうか――。



 ……視線を感じる。

 うっすらと目を開けて辺りを見回すと、隣のベッドに腰掛けた七妃が、こっちを見ているのが見えた。

「あ、起きた?」

「……おう」

「ごめんね、あーしが寝ちゃったから。ご飯食べに行こっ!」

「ああ」

 返事をして身体を起こす。お尻の痛みも少し引いている様に思う。

「じゃあ、行くか」

「うんっ! どんなお店があるかなっ、楽しみっ!」


 フロントで鍵を預けて外に出ると、太陽は少し傾いていた。

「どれぐらい寝てたんだろ」

 取り敢えず町の中心に向かいながら、七妃に話し掛ける。

「さあ。スマートフォンの充電はとっくに切れちゃってるしね。昨日立て札を見に行く時に見掛けたっけ?」

「ああ、前の町と同じ、大通りが交差した処に有ったな」

 その広場を城側に行った所が、立て札が有った城前広場。それを踏まえると、T字路になっていると言って良いだろう。

 ただその分、街の規模が前の町とは比べ物にならない位に大きく、時計台は中々見えて来ない。

 流石に『王都』と言うだけはある。

 これは、明日の昼までに自力で街の全容を把握している余裕は無さそうだな。

「……広過ぎるから、その辺のお店に入らないか?」

「……だね」

 意見が合ったので、適当に目に付いた食堂に入った。

 それぞれ頼んだサンドイッチとハンバーガーが美味しかったけど、例によって、人名と地名が元になっているこれらの名前がそのままである筈は無い。

 これも全部終わらせてから、この世界の言葉で何と云うのかを調べてみるのも面白いかも知れない。

「美味しかったねーっ! これからどうしよっか! 明日のお昼まで、時間空いちゃったね」

「何か、前の町には無かったけど図書館か本屋か何か無いかなと思って。俺達はまだこの世界の事をほとんど知らないし、もっと知っておいた方が良いかも知れない」

「あー、それは言えてるかもね。でもさ、人に訊けば良くない?」

「聞いた事が、この世界では誰でも知ってる様な事だったら?」

「……本屋、探そう」


 その店は、特に探すと云う事も無く、中央広場の脇に有った。

 この世界では既に紙は広く広まっている物なのか、多くの本が紙で作られていた。

 勿論、全体的な冊数としては見慣れた本屋とは比べ物にもならないんだけど。

「ねー、善哉ぜんざい、何の本を探してるの? あーしも探すよ?」

 棚に入れられた本を探り始めた俺に、七妃が言う。そう言えば、伝えて無かったっけ。

「何か、魔法みたいなのが無いかなって」

「マホー?」

 ちょっと気の抜けた感じの声が返って来て、少し吹き出しそうになったのは内緒。

「ああ、魔法。俺達のスキルも魔力依存だし、オオカミと戦ってた皆も武器に魔力を籠めていた。魔力が有るなら、それを直接使う方法が有ってもおかしく無いだろ?」

 それっぽく説明してみたけど、こうして言葉に出してみると、矢張り有る方が自然な様に思われて来る。

「あー、ね。ヴィヴィさんとか、見た目からもろそんな感じだったし。じゃあ、あーし、こっち探してみるね」

「創作の話じゃ無くて、現実の学問的な奴な!」

 学術書が無ければ伝承とかになって来るんだろうけど、そうなると信頼度はガクッと落ちてしまう。

「あーい、分かってるーっ!」

 この返事だけだと不安しか無いが、まあ高茶屋七妃なら大丈夫だろう。

「有ったよーっ!」

 ……早いな。いや、早いのは良い事だけど。


 七妃が持って来た本のタイトルを見てみると、【魔法についての研究】と訳された。間違いなさそうだ。

 試しにページを捲ってみると、難しそうなタイトルとはミスマッチな程、分かり易く訳されてくれた。

 これは元々そう云う書き方なのか、それとも俺のレベルに合わせて訳されてくれているのか。

 若しレベル合わせなら、賢くなるにつれて恰も違う本の様に感じられて面白いかも知れない。

 金額を確認すると、学術書らしく他の物と比べて若干高めだけど、ここは投資して良い処だろう。

「あーし、これ買おっかな」

 ホクホク顔の七妃が胸に抱いている本を見てみると、どうやら恋愛小説の様なタイトル。

 こんな世界にも有るんだな。……そりゃ有るか。

 2人が読み取る文の違いを比べてみるのも面白いかも知れない。


 それぞれ本を購入して、一旦宿に帰って読み耽った。

 これが如何いかにもな学術書張りの翻訳をされていたら読み進める事なんてとても出来なかったと思うけど、程良くポップに訳されているお陰で、飽きずに読み進める事が出来た。

 結論から言うと、この世界に魔法は有るらしい。

 ただそれを使うには、風や大地など、それぞれの精霊と会話が出来る事が肝要との事。

(風さん、風さん、聞こえるか?)

 七妃に聞こえない位の小さい声で呼び掛けてみる。

 しかし、返事は無い。と云う事は、俺にはあずきボー以外の魔法は使えないと云う事なのか。

 それとも他に、必要な条件が有るんだろうか。

 一通り読んでからで無いと、判断は出来ないか。

「あー、面白かった!」

 ベッドの上でうつ伏せになって枕を抱えながら読んでいた七妃が、ゴロンと仰向けになって大の字になった。

 ……もう読み終わったのか、早いな。こっちはまだ3分の1も読み終わっていないのに。

 本を胸に抱いて幸せそうな顔を浮かべている七妃を見ていると、中1の時の七妃を思い出す。そう言えばこいつ、本を読むのは元々好きだったっけ。

 高校では、そんな姿はめっきり見かけなくなっていたけど。

「今度、俺にも読ませてくれないか?」

「ええ? 良いけどさ、善哉ぜんざいに分かるかなー、この繊細なラブストーリー」

「バカにすない」

「あはは、ジョーダンジョーダン! でもまずは、それを読んでからだよねっ! 頑張ってっ!」

「言われなくても。結構興味深いぞ、これ」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、後であーしにも読ませて、それっ!」

「ああ」

 とは言いつつ、七妃が読むと俺が今読み取っている物よりも難しい用語とかが並びそうで、何か嫌だ。答え合わせはすまい。

「ね、ちょっと暗くなって来たし、そろそろ夕ご飯食べに行かない?」

「もうそんな時間か。そうだな、行こう」

 本を閉じて、枕元に置く。

「あーし、ついでに本屋さんに寄って他の本も見てみたい!」

「じゃあ、先に寄って行こうか」

「ありがとっ!」

 ……そう云う本もこの世界の風習、風俗を知る上で必要と思うからで、幸せに緩む七妃の顔を見たいからじゃ無いんだからな。

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