Bar20本目:大号令

「ねっ、ねっ、善哉ぜんざい、王様ってどんな人かなっ、何だかワクワクするねっ!」

「そうだな」

 いつに無く盛り上がっている高茶屋七妃。

 俺だって、王族ってやつに初めて会えると思うと、今からドキドキが止まらない。

 それは集まっている他の人達も同じ様で、立て札の有る城前広場は、多くの人とそのざわめきで溢れている。

 遠くの方にアルーズさん達やヴィヴィさん達を見付けたが、人込みが凄くて近付けないので手を振って挨拶した。

 俺達がこの世界で最初に寄った街からは3組だけだったのに、こんなにも魔王を倒そうとしている人達が居るんだな。こんなにも居るんだったら、俺達、居なくても良くない?

「負けない様に頑張ろうねっ、善哉ぜんざいっ!」

 ……やるけどさ。

 その時、広場に歓声が起こった。

「な、何? 皆どうしたのっ?」

 突然の事に、慌てて俺の腕にしがみ付く七妃。俺の左腕が幸せに包まれた。

「だ、大丈夫。ほらっ、誰か出て来たみたいだよ」

 怯える七妃を振り解く訳にも行かないので、内心の動揺を覆い隠して、たった今城門から出て来た人達を指す。

「えっ、やっ、見えないしっ」

 俺の腕にしがみ付いたまま、ピョンピョンと飛び跳ねてどうにか目の前の人の肩越しに目視しようとする七妃。

 ……良いんだけどさ、意識しない様に言指揮するこっちの身にも少しはなって欲しい。またヘンザイ呼ばわりされるだけだから言わないけど。

 七妃の目の前の人よりは俺の前の人の方が背が低くて見通しが良いから、変わった方が良いだろうか。

「場所変わる?」

「んー、何か善哉ぜんざいのこっち側の方が落ち着くから、良いかなっ! 見えなくても、話は聞こえるしっ」

「……オッケ」

 俺の左側は七妃の場所、と。


「本日はロッシ王の触れの元、集まって頂きありがとうございます!」

 橋のこちら側、立て札の横に横並び――多少前後しているから、正確にはV字か――になった人達の中で、真ん中の人が声を上げた。

 いかにも中世をモチーフにしたRPGに出て来そうな鎧兜を着込んで槍を持った姿、それに『ロッシ王の』と言っていた事を考えると、この人は衛兵の、それも1人だけ装備の色が違うから、隊長か何かかも知れない。

「この中で魔力が扱えない方は、先ずお帰り下さい! 魔王や魔物に有効な攻撃が出来るのは魔力に依る物だけですので!」

 この言葉に、「何だよ」「先に行ってくれよ」とか言って広場を去る人達もチラホラと居るが、殆どの人達は動じない。

 となると、これだけの人がそれを分かった上で集まっていると云う事か。心強い。

「ふむ、これだけの者が残ったか。では、もう暫くお待ち下さい」

 恭しく頭を下げると、列の一番端の人だけが城門の中に戻って行った。

 何かを伝えに行ったのだろうか。

 少し流れが悪い気もするが、中世の王政のイメージなんてこんなもんだ。

「なになに、どうなるの?」

「1人お城の中に戻ったから、今の状況を報告に行ったんじゃ無いかな。今の人が『これだけの』って言っていたから、減り具合によって違う応対とか有ったのかもな」

「なるほどねー」

「ではこれより、ロッシ王がお見えになる。失礼の無い様に、心して聞くが良い」

 兵長(と思われる人)が声を上げると、門の上部、見張り台に豪華な格好をした人が数人の兵士を従えて姿を現した。

 赤いマントに、これでもかとあしらわれたファー。

 間違いない、この人がロッシ王だ。

「本日、我が招集に応え集まりし勇者達よ! 諸君も知っての通り、十数年前に北の地に現れた邪悪なる王、魔王の為に我らは怯えながら暮らさねばならなくなった! 魔王を倒しし者に、思う通りの褒美を授ける事を約束しよう!」

 口々に王の名を叫び、盛り上がる広場。

「ひぇっ!」

 俺の腕に掛けられる力が強くなった。これだけの人の声が重なると俺だって怖いし、無理も無い。

 でも、『ジークウルク』はカッコ良いな。昔のアニメで似た様なのを聞いた事が有るけど、だとすると『ウルク』はきっと国の名前だろう。

「では、歴戦の兵である諸君らには無用かも知れぬが、細やかながら魔王の本拠地までの地図を用意させて貰ったので、兵士長から受け取り、各々魔王討伐に向かって欲しい。褒美は実際に討伐した1組のみになるので、他の者らに後れを取らぬ様に励んで呉れ給え!」

 そこ迄声高に叫んだロッシ王は、広場の端から端に視線を通した後、大仰にマントを翻し、奥へと姿を消した。

 それを確認した兵士達が、前の方の人達から手にした地図を配り始めた。

「……はー、何か凄い人だったね……」

 七妃の素直過ぎる感想に、思わず笑いが漏れる。

「でも、早い者勝ちだって! 頑張らないとねっ!」

「そうだな。頑張ろう」

 笑顔でこぶしを握った七妃に返しつつも、何と無く焦らなくても良いと云う予感も有る。

 そもそもの話、この世界の人達の力だけで解決出来るのなら、ルナ様が俺達をこの世界に遣わした理由が無くなる。

 ――とは言え、俺達がなるべく早く魔王を討伐する事で被害も減るだろうし、焦らない程度に急いで確実に倒す事を目指そうとは思う。

 それに。

 褒美が早い者勝ちの、それも1組だけと云う事で、目が眩んだグループ達が連携を意識する事無く我先にと功を焦る未来が容易に想像出来てしまう。

 イメージとして馬車で一緒だったアルーズさんやヴィヴィさんはそんな軽々な行動はしない気もするけど、その他の集まっている人達の中には、そう思っても仕方の無い風貌の人達も多く居る。

「あ、もう直ぐあーしらの番だよ」

 気付くと、俺達の前の方に居た人達は既に地図を受け取って居なくなっていた。

「この世界の為、よろしくお願いします」

 兵士の1人から、地図を受け取った。……どうせなら兵士長からが良かったな。何と無く。

「ぢゃ、貰う物も貰ったし、お昼食べながら作戦会議する?」

「ああ、そうしよう」

「良かった! あーし、ちょっと腹ペコってるんだよね」

 何その表現、可愛過ぎる。

 声を掛けようかと思っていたが、もうアルーズさん達やヴィヴィさん達は広場には居なかった。

「席、空いてると良いんだけどねー。皆があーしらみたいに考えてたら、今頃食堂は満席だよねー」

 確かに、それは有るかも知れない。

「そうだな、取り敢えず急ごう」

「うんっ!」


 最初に寄った広場から一番近い食堂は、七妃が予想した通り満席だったけど、2軒目に寄った、少し広場から離れた所に在る食堂は、どうにか2人分の席が空いていた。

「早めに空いてる所が見付かって良かったねっ!」

「ああ。高茶屋が急がせてくれたお陰だな、ありがとう」

「えへへ、どういたしましてーっ!」

 適当に注文を済ませ、2人でバッグから取り出した地図を覗き込む。

「この印が俺達が今居る王都で、この如何にもなマークが目的の魔王が居る所だな」

 地図の一番下にウルク王都の街印が、一番上の端、海を渡った先に、『く』の字に曲がった太い角が両側に生えている顔のマークが描かれている。

 他にもこのあいだに在る街の情報が描かれていて、この世界の事をまだ全然知らない俺達にとっては心強い。

「んー、取り敢えずはマオーの居る所に向かって、間の街を移動する感じかなっ?」

「そうなるかな。毎回乗合馬車でも時間が掛かりそうだし、移動手段も考えないと」

「うんっ。あれはあれで楽で良いんだけどねっ!」

 意義は無い。

 と、丁度ここで注文していたピザとパスタが来たから、地図をバッグに仕舞ってそれらをシェアしながら愉しんだ。

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