Bar21本目:BASHAUMA ROCK

 ブランチ後に寄った本屋で、七妃は今度は少し分厚い軍記物を見付けて、買っていた。

 飽く迄も歴史書では無いのでどこからどこまでがフィクションかと云う問題は有るが、一部分だけでもこの世界の辿って来た大まかな流れが分かるのは重畳なので、七妃が読み終わった後にでも貸して貰おう。

 流石に、全てが終わった後になりそうな気はするけど。

 何と無くだけど、七妃もこの世界の過去を知りたくて買った様な気がする。根拠は無い。

 俺も序に、魔法の起源に関する物語の本を買っておいた。読むのもどっちにしろ学術書を読み終わってからになるけど、若しかしたらこう云う本の方が真に迫っている事も有るかも知れないと思い直して。

 因みに昨夜、当初話していた通り食事帰りにこの本屋まで来たのだが、すっかり陽が落ちて暗くなっていたからか、店はもう閉まっていた。

 灯りに実際の火が使われているこの世界に於いては致し方無い事だと思うが、前の世界の様に店は遅くまでやっている物と思い込んで油断していたな。

 この世界に来てから余り日にちが経っていないと云う側面も有るけど、思いも寄らない処で足を掬われるかも知れないし、早くこの世界のリズムに慣れたい。


「ねえ善哉ぜんざい、馬車屋さんだってっ! 寄ってみない?!」

 分厚い本を胸に抱えてホクホク顔で歩いていた七妃が、不意にそう言って振り返った。

 店自体はまだ遠いみたいだが、東の方を指している立て札には、確かにそう書かれている。

「馬車屋? 乗合馬車屋とは違うのか?」

「それだったら、この街に来る時に馬車に乗った所も、そう書いて有った筈じゃない? ひょっとしたら馬車を売っているのかもよっ?!」

 成る程、それは一理……どころか、尤もらしい。

 そして本当にそうだとしたら、乗合馬車みたいに時間を合わせる為に間延びする事無く、自分達のリズムで悠々自適な旅をする事が出来るし、定員に悩まされる事も無い。

 ……それにしても、七妃。周りには基本的に俺しか居ないからか、少しずつではあるけど素の自分も漏れ出て来ている様な気がする。意識的にか無意識的にか、そこ迄は分からないけど。

 元々、七妃は賢いのだ。ギャルを、その中でも頭の悪そうなギャルを、堂に入る迄演じていて、それがいつしか自然になっただけで。

 素かギャルモードか、どっちで居る方が七妃にとって良いのかは分からないので、俺としては成り行きに任せるだけだ。

「でも売っていたとしても、馬車を操れるか問題も有るけどな」

「でもっ! 行くだけ行ってみても損にはならないんじゃない? どうしようも無ければ、乗合馬車屋で北の方の街に向かう馬車の時間や、目的地迄のルートを訊きに行けば良いだけだしっ!」

「……何だか、テレビ愛知でやってたバス旅みたいだな」

「そう、それっ! 馬車旅っ!」

 俺の方をビシッと指差し、七妃は笑顔を弾ませた。

 ……本当に、勝てないな。


 王都の東門近くに在る馬車屋はとても広く、敷地内は馬が伸び伸びと過ごす牧場と数種の馬車を展示販売している屋内スペースの、大きく2ブースに分かれていた。

「へえ、すごーいっ! 街中に、こんなに大きなスペースがあるなんてねっ!」

「本当になあ。それだけこの王都が広いって云う事か?」

「ちょっと前迄の東の外壁は馬車販売ブースが入る位迄だったんですけど、人口の増加と馬車馬の必要性で牧場部分を含む程まで街が拡張されたんですよ。丁度、当時のロッシ皇子が王位を継がれた位の時でしたかね」

 馬車屋の中を案内してくれている、マイさんが説明してくれた。

 街に歴史有り、か。

「そうなんですねっ。旅人が増えたとかっ?」

「元々冒険者ギルドの人や商人さんなんかの間での需要は有ったんですけどね、やっぱり魔王が出現してから率先して退治に向かう様な方が増えましたね」

「成る程。それで、その人――んんっ!」

 言い掛けた時に、七妃に後ろから口を塞がれた。振り返って見ると、目が合った七妃は静かに首を横に振った。

 ……それもそうか。その人達がどうにかしていたのなら、今も魔王が居る筈が無い。と云う事は、逆にその人達が魔王にどうにかされてしまったと云う事になる。

 ほんの少し考えれば分かるこのロジック。もうちょっと考えてから発言する様にしよう。

 マイさんも只、愛想笑いを浮かべている。

「馬の扱いは、やっぱり初心者には難しいですか?」

 空気を変える様に、質問をする。

「そうですねぇ。馬車を引かせる事は、勘の良い方ならちょっと練習するだけでそんなには掛からずに操れる様になりますね。本当に大まかに言うと、歩かせるか走らせるか、それと左右に曲がらせるのと止まらせる位ですから」

「お馬ちゃんのお世話は?」

「基本的には乾草ほしくさで大丈夫ですよ。早朝から夜中まで1日4回必要ですが、何れかの街滞在中は、各街の入り口に馬車を繋ぐ所が有ってそこに乾草が入れられる様になっているので、そこに入れておいてあげるといかと思います。尤も、日中は運動出来る様にしてあげて欲しいのですが」

「それについては問題無いと思います。俺達も、先を急ぐ旅ではあるので」

 魔王退治の部分は、特に秘す。今度はちゃんと考えた。

「そうなんですね。後は出来れば毎日ブラッシングや体を洗ってあげて下さい。爪が伸びた場合も、殆どの街で専門とされている方が居る筈なので、対価は必要かと思いますが、頼めばやって貰えると思います」

「りっ!」

「ご購入を検討される前に、馬と触れ合ったり、乗馬や扱いの練習をしてみますか?」

「はいっ!」

 七妃の『り』に動じずに話を続けるマイさん、凄い。……いや、『了解』相当の意味に翻訳されているのか? どうなんだろう。これについては、確認しようが無さそうだ。


 練習してみた結果、俺もそこそこは出来る様になったけど、七妃の上達振りの方が圧倒的だった。

 馬に対する素直な愛情表現の差かも知れないけど、地味に口惜しい。

「ねっ、善哉ぜんざいっ、この子連れて行きたいっ!」

 他の馬より一回りガタイが良くて鼻息が荒かった黒毛の馬を撫でながら七妃は言った。

 最初こそは鼻息荒く嘶いたりしていたが、七妃が話し掛けている内に大人しくなり、俺にも心を開いてくれている様にも思う。

「良いけど、俺が操縦上手く無いから、高茶屋にばかり負担を掛ける事になりそうでさ。乗合馬車で良いんじゃないか?」

「やっ、あーしがサポートするって言ったでしょっ! その分善哉ぜんざいがあずきボーを出してくれれば良いしっ!」

「……確かに言ってたけど、それって魔物達との戦闘中の事じゃ無かったのか?」

 後半は、バトルどころか只のあずきボー要因になってるしな。

「えっ? あーしは最初っから全部含めた意味で言ってたんだけど?」

 ……こいつ、『全部』の意味を分かってるのか? いや、分かって無いんだろうな。

 まあ、そこは俺が意識しなければ大丈夫か。……年頃の男の子、頑張る。

「高茶屋がそう言うのなら、俺は構わないけどさ。ちゃんと世話するんだぞ」

「ホントっ?! ありがとっ、善哉ぜんざいっ! 勿論だよっ!」

 自分の気を逸らす為にと『子供にペットを飼いたいと言われた時の親の様な事』を言ってみたが、七妃は気にせずに笑顔になった。これ、犬や猫を飼う時だったら直ぐに親が世話係になるフラグなんだけど、七妃に限ってそれは無いか。

「そちらの子になさいますか? では、屋内に戻って、馬車をお選び下さい。お2人でしたら2輪幌馬車カブリオレでも良いかと思いますが、長旅をなさるのでしたら荷物と乾草を多目に置けるように、4輪の方が良いかも知れませんね」

 マイさんは丁度良いタイミングで話に入って来て、俺達を馬車が展示してある屋内へと誘導した。


 カブリオレ。――その響きはカッコ良くて何だかちょっと憧れるが、用途的には確かに4輪の方が良いのかも知れない。

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