Bar11本目:朝市にて
モーニングを食べ終わった俺達は、言葉少なに食堂を出た。
今朝、あれだけ盛り上がっていたのは何処へやら、だ。
これからも2人で旅を続けて行く事になるのだからお互いにノリ良くしてしまう事も有るだろうし、楽しく旅を続けたいのなら、少しは慣れて欲しい処だ。
これは七妃にだけでは無く、自戒の年も籠めて。
「あはは、変な空気にしちゃったね。ごめんごめん」
市に向かって歩きながらその横顔をチラリと見ると、七妃は頭を掻きながら笑った。
でもこれは、今自省した様に、七妃の所為だけでは無い。
「俺の方こそ、変な意識させちゃって悪かった。これからも楽しい旅にしたいから、余り意識しないで行こう」
「あ、うん、そだね! ありがと、
話が一区切りついたのと同時に、人々の賑やかな声が耳に飛び込んで来た。
元々は公園なのだろうか、整地されて果樹に囲まれた広場にシートを広げた人々が品を広げ、多くの人がそれを回りながら物色している
イメージとしては、フリーマーケットに近いだろうか。
「わわっ、凄い賑わってるね! ほらっ、
「ちょっ、待てって、そんなに引っ張ったら!」
目の前の光景に、ほわわわわと言わんばかりに体を小刻みに震わせていた七妃が、俺の手を取って走り出した。
転びそうになる処を、どうにか体勢を立て直しながらついて行く。元陸上部を舐めんな。
これがさっきの『意識しないで』のアンサーなのだろうと反対に少しだけ七妃の前に出て引っ張って見ると、七妃は面白くなさそうな顔をした。
「じゃあ高茶屋、何から見ようか」
「んー、
けれど、そんな顔は直ぐに満面の笑みに塗り替えられた。本人が意識的に、また大袈裟にやっているのかどうかは分からないけど、これが高茶屋七妃の良い処だな。
七妃の提案通りに、端の方から順番に見て行く。
と、木製の棚を使って化粧品を並べている人の所で、七妃は溜め息を吐いた。
「どうした、高茶屋?」
訊くと、七妃はヒソヒソ話をする為に顔を俺の耳元に寄せて来た。
「やっぱり化粧品のレベルが全然違うんだよねー。これで大丈夫なのかなって」
洩れてくる息が耳に掛かってこそばゆい。
……と云うのは置いておいて、成る程、これは男の俺には分からない悩みだ。
見てみると、どこに入れる色なのかは分からないが、容器に入れられたメイク道具は、色が大雑把に分かれているだけだ。
クラスの女子が『この色のリップが』とか盛り上がっていたのを思い出すに付け、確かに思い通りのメイクを施すのは難しいのかも知れない。
……でも、と、今度は俺が七妃の耳元に口を寄せる。
「高茶屋は元が良いから、この乳液みたいなのだけで充分じゃないか?」
「にゃっ」
七妃の口から、変な鳴き声の様な音が漏れた。
「もう、また
俺の頬を両手で挟みながら、七妃は口を尖らせた。
これは何で怒られているんだ?
「フフフ」
不図聞こえた笑い声にハッと振り向くと、化粧品を売っているお姉さんが、愉快そうに笑っていた。
「あ、ごめんなさい。仲が良くて良いなって、微笑ましくなっちゃって」
そう見えたのなら何よりです。
「そんな、微笑ましく思う程も
流石の七妃も少し恥ずかしそうに顔を伏せた。それでもギャルモードのままなのは流石と言うべきか。
「そうなの? てっきり、お付き合いしてるんだと」
このお姉さんも、グイグイ来るな。
「あーしら、そういうんじゃなくて……」
「でもお姉さん、あんまり色とか入れなくても良いと思いません?」
このまま進みそうに無い話に、助け舟を出してみる。余り突っ込まれ過ぎると、この道中の精神衛生上、余り宜しく無い。それは勿論七妃だけで無く、俺にとっても。
「うん、私もそう思うな。これだけでもどう? 肌の保湿をするやつ。うちのは全部自然の素材で作っているから、安全だし」
お姉さんはあっさりと話を切り替えて、さっき俺が『乳液』と表現したそれを手に取って七妃に薦めた。
良かった、強ち間違ってはいなかった様だ。
それに――。
思う処が有って、七妃を見る。
同じ事を思ったのか、こっちを見た七妃はコクリと頷いた。
「ぢゃ、そうしよっかな」
――中学の世界史の授業の時。社会科の先生が中世ヨーロッパの蘊蓄話の1つとして、メイク事情について教えてくれた事が有った。
その話に拠ると、当時は肌が白ければ白い程良いとされていたので
また宗教の関係で、化粧は特権階級だけの物だったらしい。
しかしこの世界ではこうして普通に化粧品が売られているし、目の前のお姉さんも薄っすらとした化粧をしている。
特定の宗教の関係だけかは分からないが、この世界と俺達が元居た世界とでは、辿って来ている歴史や価値観がかなり違って来ているのは明らかだ。
それに今お姉さんは『うちのは』と言っていたから、当然そういう肌にとって良くない化粧品が有る事も考えられる。それなら、また探すより、ここで買ってしまうのが良い。
「ね、
「あ、ああ」
差し出された手に銀貨を乗せると、七妃は笑顔でお姉さんにお金を渡し、保湿液を受け取った。
「お姉さん、ありがとっ!」
「お兄さん、彼女を大事にね!」
「だから、違うしっ!」
「じゃあ、次を見に行こうか」
化粧品売りのお姉さんに笑顔で言い返している七妃の手を取った。
「うん、あーしもこう云うの入れるバッグとか欲しいかなっ!」
――説得力とか、今は考えない。
服を売っている人も幾らか居るには居たが、「着心地が分からないと」と意見が一致したので、その内の1人に薦められた試着が出来る服屋に後で行って買う事に決めた。
先程の化粧品を入れる為、また七妃にも充分なお金を持ち歩いて貰う為にと、肩掛けのポーチと貨幣を入れる袋を買った。その袋は、財布と言うには余りに袋。
こうしてたった1つの
「――ん、これは?」
雑貨と云うか骨董品と云うか古今東西の品を並べているスペースで、気になる物を見付けた俺は、それを手に取った。ここではスペースが他と比べて広いからか、それとも1つ1つの物が高いからか、3人で番をしている。
「どしたん、
「こんなものが有ってさ」
覗き込んで来た七妃に、手に取った物を見せる。
「……え、これ? こんなの、この世界にも有るんだ」
俺と七妃にとっては見慣れている――と言う程見慣れている物でも無いが、この世界の、それもこんな西洋寄りの街で見掛けるとは全く思っていなかった物。
「
そう、そしてこれだけでは全く意味をなさない物。
「ちょっと、考えてる事が有るんだ。これから北に向かうにつれて、もっと敵が強くなるかも知れないし」
「ふうん、そう? でも、
分かっていないながらも、楽しそうに笑った七妃。
止められなくて良かったと思うのと同時に、この信頼感が嬉しかった。
試すのは、魔物に会った時に。
その時の事を思うと、今からワクワクして胸が高鳴った。
この後
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