Bar10本目:モーニンググローリー
カウンターで鍵を預けて七妃と一緒に宿を出ると、朝のピンと研ぎ澄まされた様な空気が、俺達を包み込んだ。
道行く人達も居ないでは無いが、ここが中心地からは少し外れているからか、そんなに多くは無い。
「えっと、『この宿を出て右』って言ってたかな。街の中心地の方で、
成る程、俺達は左側から来た訳だから、まだ行った事が無い方か。異世界で見る初めての朝市。どんな感じなのか、楽しみだな。
「行こっか、
「ああ」
ワクワクを胸に、七妃につられて歩き出す。まさか、この世界でも『モーニング』なんて言葉を耳にする事が出来るとは。ただ問題は、それが基本無料の『サービス』か、追加料金の『セット』かどうかって処だけど。
暫く歩いて人通りが多くなって来た処で、目当ての食堂は見付かった。
店内を覗いてみると、朝も早いと言うのに大賑わいだった。地元の喫茶店を思い出すが、客同士で盛り上がったりする等の活気の点で言うと、それ以上かも知れない。
「いらっしゃいませ!」
三角巾にエプロンを着けた女性店員が、僕達を出迎えてくれた。
空いている席を教えてくれたので、2人でそこに座る。太い柱の周りを取り囲む大人数用の大きなテーブル、横並びの席だった。
パッと見た感じでは大きなテーブルが多いので、この食堂では相席が基本なのだろう。昨日行った食堂でも俺達が就いた様な壁際のテーブルとは別に中央に置かれた大きなテーブルを大人数で囲んでいたし、もしかしたら、この世界にはそう云った言葉さえも無いのかも知れない。
「お客さん達、初めてだよね? 旅の人?」
「うん、あーしら、旅してんの!」
店員に訊かれ、物怖じせずに応える七妃。
「へえ、そうなんだね! 良かったら、ここを出る前に、朝市を見てってね! この街の売りなんだから!」
「ありがとう、この後に寄ってみます。……っと、メニューは有りますか?」
「ああ、そうだね」
店員は思い出した様に、1枚の紙を俺に渡した。
紙と言っても、元の世界で俺達が使っていた様な、綺麗な物では無い。
何と表現したら正確に伝わるかは分からないけど、ゴワゴワして薄茶色掛かった様な黄ばんでいる様な何とも言い難い紙だ。
――その紙に、飲み物の名前が書いて有る。
俺達にはそれがコーヒーやウーロン茶、アップルジュースやオレンジジュースの様に伝わるけど、実際には良く似た何かなのだろう。
「じゃあ、俺はこれで」
メニューのバナナジュースの処を指し示し、店員に伝える。
「高茶屋は?」
隣で頭を抱えながらメニューと睨み合っている高茶屋に訊いてみる。……が、まだ決まっていないんだろうな、この様子だと。
「んー、ちょっと待って! アップルもオレンジも捨てがたいし……」
「じゃあさ、ミックスにしたげようか!」
その様子を見て、店員さんが助け船を出した。
「えっ、良いの? でも、書いて無いよ?」
「うん、まだ作った事は無いけどさ。皆、一度それと決めたら同じのばかり頼むからね」
店員さんはガハハと豪快に笑った。
――でも、常連さんの気持ちは分かる。いつもモーニングに行っていた喫茶店で、俺もクリームソーダばかり飲んでいた。
「ぢゃ、ミックスをお願いします!」
「なんせ初めてだから味の保証は出来ないけど、それでも大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
店員さんの申し出を、七妃は躊躇う事無く受け入れた。
「飲み物にモーニングが付くけど、どうする? 付けない場合は、簡単なお茶菓子ね」
「「モーニングで!!」」
店員さんの確認に、俺と七妃、2人の声が揃った。
「それにしても高茶屋、店員さんも初挑戦のミックスジュースにするなんて、チャレンジャーだな」
店員さんがテーブルを離れたので、七妃に声を掛ける。チャレンジャー七妃。並べてみると、何だかカッコいい。
「だしょー? 折角の異世界だし、目一杯楽しまなきゃ損だと思ってさ!」
「ま、それはそうかも知れないな」
七妃の意見に同調する。どんなに戻りたいと思っても戻れないんだし、それならこの世界を満喫する位の気持ちで丁度良いのかも知れない。
「って言っても、ここにずっと住む訳じゃないっていうのが大きいんだと思うよ、うん」
「……なるほどな。旅の恥は掻き捨てってやつか」
「そ、それっ!」
高茶屋がこれぐらいの言葉を知らない筈が無いんだが、ギャルモードの七妃は、中々尻尾を掴ませてくれない。
――それにしても、そうだな。
ここに入る前にパッと見た感じではこの後に行く
念の為、店を出る時にでも店員さんに訊いてみようか。
「ね、ね、ね、モーニングって何かな、何かな!」
楽しそうに、尚も声を弾ませる七妃。
「そうだな、何が付くんだろうな」
元の世界ではモーニングに付くものと言えばトーストやゆで卵、サラダなんかが定番で、店によっては茶わん蒸しやうどん、味噌汁なんかが付いたりもする。
見易く写真付きでメニューに用意してくれている店もあったが、この世界では当然写真なんて物は無いし、さっき見た限りでは名前が載っていたのも紙面の節約かレギュラーメニューだけで、イラストで示されていた様な事も無い。
……尤も、周りの人の前に有る物を見れば見当は付くのだが、純粋に楽しみに胸を躍らせている七妃に、そんな野暮な真似はしたくない。
――と考えている内に、2人のドリンクと、モーニングサービスが運ばれて来た。
「はい、お兄さんがバナナジュースで、お姉さんがミックスね! 悪い出来では無いと思うよ。後、これがモーニングサービス。今日はトーストとサラダ、それにオニオンスープね」
「ありがとう!」
お礼を言った七妃は、いただきますをしてトーストから齧り始めた。
トーストに塗ってあるのは、……これはマーマレードか? 兎に角なんか、そう言った感じの物。
甘じょっぱくて、たまに入っている果皮が少し苦い。
ゴツゴツとした木製のフォークでサラダを食べ、スプーンでオニオンスープを飲む。
そして、バナナジュース。
口の中を色々な感覚が駆け巡る。バナナジュースは、若しかしたら今迄飲んだ中でも一番美味しいかも知れない。
「あ、これ美味しい!」
味わいを楽しんでいる俺の横で、特注のミックスジュースを飲んだ七妃が、木製のカップを両手で持ったまま、感嘆の声を上げた。
「ちょっ、
「えっ? あ、ああ……」
……良いのかと思いつつも、七妃も全く気にしていない様なので、平然とした顔で受け取って口を付ける。
こっちだけ動揺している様に見られるのも、癪ではある。
「――うん、いけるな、これも。俺のバナナジュースも飲むか?」
「良いのっ?! 飲んでみたい!」
「ああ、じゃあほら」
「ありがとっ!」
弾ける様な笑顔で即答した七妃に、バナナジュースの入ったカップを渡すと、それに口を付けた七妃は――。
「あ」
――固まった。顔がみるみる赤く染まって行く。
俺が飲んだ時も、気付いていなかっただけか。所謂、間接。
「は、早く食べ終わって、
「う、うん」
今までの元気は何処へやら、大人しく頷いた七妃は、黙々と食事を続けた。
急に意識されるとこっちも照れるけど、こういうのも気にせずに行ける様になると、もっと楽しく旅をして行けるのではないかと思う。勿論、無理にとは言わないが。
会計の時に店員さんに魔王の事をついでに訊いてみたけれど、知っていたのは『北の方に居る』という事位だった。北とはどうも、俺達が来たのとは反対方向らしい。
因みにジュースは、もう一度間接キスになるのを覚悟の上で、元々頼んだ物を飲み干した。
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