Bar32本目:港町ルダオ

 その後も立ち塞がる魔物を倒しながら、やっとの事で道中の最後の集落であるルダオの港町に着いた。


「あーっ! やっと着いたーっ! 何か、魔物が襲ってくる回数が増えて大変だったねっ!

 入り口で馬車を止め、風を浴びながら、七妃が大きく伸びをした。

「それだけ、魔王に近付いているって事だろうな。この街はよく無事でいられたな」

 魔物が小動物レベルだった頃なら兎も角、ヒト型が群れになって押し寄せたら、合戦の様相を呈して、城壁都市とは言え只ではいられなさそうな気もするが。

「ねっ、街の壁の周りを見て。間隔を空けてお城の兵隊さんが見張ってるみたいだよ。それにほら、所々に背の高い櫓が有るから、空からの侵入も防げそう」

 言われてみると、ウルクでのお触れの時に見た城の衛兵と同じ装備をしている人達が何人も等間隔に立ち、平原に睨みを利かせている。

 更に七妃の言う通り、城壁の上に更に櫓が幾つか有り、そこにも人の影が見える。

「成る程。只やられる訳では無く、対応はして来ているんだな」

「やあ、君達はウルク王の呼び掛けに答えて魔王を倒しに来てくれたのかい?」

 2人で感心していると、壁の内側に向かう扉の脇の小屋から出て来た1人の兵士が声を掛けて来た。

「あ、はい、そうですっ! こいつが勇者ゼンザイですっ!」

「だから違うだろっ。そもそも、未だ倒してないんだから勇者でも無いし」

「ははは。仲が良いんだね。君達はもしかして恋人同士でパーティを組んだのかい? それとも、ご夫婦?」

「「違います!」」

 不意に揶揄われて、声が揃う。これはあれだな、否定しながらも確信を持たせてしまうやつ。

「あー、申し訳無い。ずっと見張りをしていると、普通の会話が楽しくてね」

「まあ、良いですけど」

「マオーって、ここから海を渡った先に居るんですよね? どうやったら行けますか?」

 そう言いながらも満更でも無い俺の横で、七妃は兵士に平然とした顔で訊ねた。……何か悔しい。

「王都で、地図は受け取ったかな?」

「はいっ! 確か今は善哉ぜんざいが持ってるよね?」

「ああ、バッグは未だ荷台に置いてあるけど、その中に有るよ」

「ちゃんと持ってるんだね。王の呼び掛けに答えた者の証としてのその地図を持っている人達専用の船が有るから、それで海を越えてくれ」

 ……あの地図には、そんな意図も有ったのか。

 ウルクと魔王の居場所の間の簡単な地図でしか無くて他に用途は無いから、そう考えると納得だな。

 途中で地図を無くす場合なんかも考えられるけど、そう云った人達には魔王は倒せないと判断されるのかな。

「馬車は、ここに置いてくしか無いんですか?」

「いや、海岸の方まで行くと馬車用の道が用意してあるから、必要なら乗船前にそっちから回れば良いよ。繋ぐ所は正面のここにしかないんだけどね。面倒だけど、街の安全の為だから許して欲しい」

「許すも何も。皆さんのお陰で街の人が平和に暮らせるんだからっ! 毎日、ご苦労様です!」

 七妃が笑顔で敬礼をする。……この兵士、今、涙が出てなかったか?

「ふ、船の出航はある程度人数が集まってからだからな。今日はまだ出せそうに無いから、宿でも取って休むが良い。私は、仕事に戻るっ!」

「はーい、色々有難う御座いましたっ! 町の平和も大事ですけど、無理しないで下さいねっ!」

「……分かった。街への扉は開けておくから、馬車を繋いだらその儘入ると良い。宿は、通りを真っ直ぐに言った右側に在るから」

 それだけ言い残して、親切な兵士は小屋の中へと戻って行った。

 王都とは頻繁に行き来出来る距離でも無いし、この街に常駐している人員だけで回しているのだろうか。

 そうだとしたら、頭が下がる思いだ。


「じゃあ黒風、またな」

「ブルルルル」

 荷台からバッグを取り出し、静かに餌箱の飼葉を食べ始めた黒風に言い残して、七妃と2人、街に入った。

 壁をくぐると、一気に港町らしく潮風がその香りを主張し始めた。

「んー、気持ち良いねっ!」

「ああ。この世界に来る前もここ何年かは海に行けて無かったし」

「ねー、あーしもだよー。高1の夏も皆ではプールにしか行かなかったしっ」

 これは友達の有無に関わらず、俺達が住んでいた所からは泳げる様な海に行くまでに時間と交通費が結構掛かると云う事情が有ったからだ。それならばと、ついつい地元のプールで何度も遊ぶ方を選んでしまう。

「全部終わったら、海で思いっ切り遊ぼうな。……そう言えば、この世界の水着ってどんなのだろうな。なあ、七妃――」

「ちょっ、そんな目で見るなしっ! へんざいっ!」

 うわっ、また出たよ『へんざい』。

 俺としては普通に話を振っただけなんだけど、七妃なりの苦労も有ったんだろうか。

 ……いや、な、中学の時に。

「悪い、そんな心算じゃ無かったんだけど配慮が足りなかったな。後で俺一人で見に行ってみるわ」

「……あーしも行く」

「え?」

「……可愛い水着が有ったら、それが楽しみになって、マオーを倒すのにも気合が入りそうだし……」

 渋々と云った感じで、七妃は俺に同行を告げた。今の七妃が何を思っているのかは俺には分からないが、言っている事には間違いは無い。後に楽しみが待っている程、障害を乗り越えるのに気合が入ると云う物だ。

「うん。じゃあ、一緒に行こうな」

 七妃はコクリとゆっくり頷いた。


 宿の部屋で、先ずは一休み。

 七妃は窓側のベッドに腰掛けて、本を読んでいる。今読んでいるのは、確かガクルで買った物だ。殆どは荷台に置いた儘だけど、この道中、手持ちの書籍も多くなった。

(風さん、居るか)

 そんな七妃の背中から目を逸らした俺は、風に呼び掛ける。

『勿論だよ、ヨシヤ君。居なかったら、君達は生きて行けないでしょ?』

(間違い無いな)

 正論だ。風が居なければ、そこは人の生存を拒む真空の空間だ。

 ――けど、そんな事を話したくて呼び掛けた訳じゃ無い。

(前に言っていた様に、コンタクトを取りたいんだけど良いか?)

『うん、前も言ったけど、相手が僕と話せる人ならね。誰と取りたいの?』

(えっと、ヴィヴィさんかな)

『分かった。……えっと、ここよりも外の方が力が少なくて済むけど』

 風がいよいよ電波の様な事を言い出した。

 風が籠る室内より、風通しの良い処の方が風を使うのに力が少なくて済むと云うのは、確かにそうなのかとも思う。どうやら、この使い方の時は、俺と話している風が相手の所にひょっこりと現れると云う訳でも無さそうだ。

 ただ電波と違うのは、聞き取り難いと云う事は無くてその代わりに力が多く必要だと云う事だろう。

「七妃、ちょっとだけ外に行って来る。すぐ戻るから」

「分かった。戻って来たら、ご飯行こうね」

 おや、と思った。てっきり、『りっ!』とでも来ると思ったのに。

「ああ、そうしよう」

 相槌を返して、部屋を出た。


 宿の外壁そとかべに凭れて、再び風に呼び掛ける。

『ここなら良いね。何て伝えれば良い?』

(俺達は港町のルダオに着きました、ヴィヴィさん達は何処ですか、かな)

『うん、分かった。伝えるね』

 ……今自分で言って気付いたけど、居場所の確認位なら風に相手の許可を取って貰って風に訊くのでも良いのか。

『ヨシヤ君、ヴィヴィちゃん達は明後日にでも着くって。アルーズ君達も一緒だよ』

(成る程)

 俺達も結構のんびり来た様な気はするが、乗合馬車や路線馬車を使うと、時間の制約がある分だけ多めに掛かっているのかも知れない。

(じゃあ序に、人数がある程度揃わないと船が出ない様なので待っています、急ぐ必要は無いので安全第一で来て下さい、とも伝えてくれるか?)

『分かった!』

 これだと留守番電話サービスか、はたまたラインか。風の応対を省いて相手に話し掛ける様にすれば電話の様な双方向性の形になるけど、風と話すのも嫌いじゃ無いからこの儘で良い。

『伝えておいたよ! 頷いてた!』

 既読スルーかな。……いや、スタンプか。

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