Bar7本目:街
七妃がウサギとの戯れを満喫した後にまた真っ直ぐ道を辿り始め、初めての集落を見付けた時には、もう日が暮れ掛けていた。
途中で人に会っても良さそうな物だと思うけど、特に誰かと会うという事も無かったのは、偶々そういう日だったのか、それとも、反対側の森の向こうで何か有ったのか。
辿り着いたここは外壁に囲まれている様な街なので、その辺りの事とか、この世界の事、魔王の事なんかを調べられれば良いな。……と言うか、調べないとこの後の身の振り様が無いか。行き当たりばったりになってしまうし、出来ればそれは避けたい。
「あー、疲れたー! お腹空いたー!」
街の入り口に着いた処で、ぐったりした七妃がお腹を押さえながら叫んだ。
無理も無い。陸上をやっていた俺でさえ疲れ切っているのだから、中学の時に園芸部で、高校では美術部に入っていた七妃なら尚更だろう。因みに高校では部活動は必須だったので、その中でもせめて自由度の高かった美術部に入ったのだと思われる。
夕方になったのは、ここまでの道中、休み休み来たのでここまで掛かったという面も有る。
でも、それで良い。
「ああ、俺もだ。腹ごしらえしたいけど、まずはホテルみたいなのを探さないとな」
「ホテル!!」
俺が石造りの街をキョロキョロと見渡しながら言うと、七妃は急にシャキッと叫んだ。
「ん? だって、野宿は嫌だろ?」
「そ、そうだけど……。へ、部屋は別だかんねっ!」
「当然だろ? 2部屋空いてたら良いんだけどな」
七妃は何故だか急にポカンとして、「もう良い! 探すよ!」とプリプリ怒って歩き出してしまった。
……いや、こっちだって抑えるの大変なんだってば。もし一緒の部屋になんか泊まりでもしたら、自分がどうなってしまう事か。
「あっ、
高茶屋がある建物の看板を指しながら、こっちに呼び掛けて来た。
看板を見ると、そこには確かに『食堂』という意味の事が書いて有るのだが、どうして日本語や英語、その他俺が目にした事が有る限りの言語では無いのに分かるのだろう。
尤もそれが、【異世界転移】なのかも知れないが。
俺は別に中世ヨーロッパに詳しく無いから詳しくは分からないけど、文字が違う事からしても、他にも色々な違いがあるであろう事は想像出来る。
ルナ様は飽く迄、『文化レベルで言うと、中世ヨーロッパ辺り』だと言っていたからな。
……いや、そもそも中世ヨーロッパに魔王や魔物は居ないか。暴君はそこら中に居ただろうけど。
この世界にも、暴君は居るのか? それとも、打倒魔王に向けて、人類で協力しているのか?
――分からない事だらけだ。
「ねえっ、
七妃が軽く涙目になりながら、俺の腕を引っ張った。
……っと、いけないいけない、物思いに耽り過ぎちゃったか。
「だーら、先に宿の確保だって!」
「中で聞けば良いぢゃん!」
成る程、それも一理有るか。――が。
「食べるのはどっちにしろ、部屋を取ってからだぞ。食べてる間に埋まっちゃったら困るだろ?」
――俺が。
「う、……うん」
七妃は、俺の説得に静かにコクリと頷いてくれた。
正直、ここがボーダーラインだと思う。顔もスタイルも良い七妃は正直異性として魅力的に見えるし、相部屋だと我慢出来る気がしてくれない。
七妃の気持ちが大事だし、せめて、魔王を倒すまではこの気持ちは忍ばないといけない。
一旦食堂に入って忙しなく動いている「宿を取ってから来たいんだけど、何処かに無いか」と訊いた処、「前の道を中央広場に向かって、右に折れた所に何軒か」有るとの事だった。
忙しい処、申し訳無かった。
暗くならない内にと来た方と反対側に向かって行くとその内に中央に噴水を構えた、広場が見えて来た。
ここが中央広場だとなると、この街は結構広いのだろう。――ナゴヤドーム何個分かは知らないけど。
「えっと、ここを右だよね?」
「ああ、そう言っていたな」
俺を前を、鼻歌交じりに上機嫌で歩いて行く七妃。
灯され始めた外灯の火が風に揺れながらその横顔を照らし、いつもより幻惑的に見せる。
……これ、本当に我慢出来るのか?
「有ったよ、
「ふひゃいっ?!」
不意に立ち止まり振り返って言った七妃に、変な声を返してしまった。
「ちょっ、何それ
それに、楽しそうに笑う七妃。
……いや、その言葉、いつもの高茶屋さんにそのままお返ししますよ。
「ぢゃ、
躊躇無く、何軒か並ぶ内の一番手前の宿に入って行く七妃。
置いていかれて、慌ててその後ろについて入る。
入ってみると目の前にカウンターが有って、その奥に女性が一人居た。
そのカウンターの右の壁側に階段が有る。外から見た限りではこの建物は3階建てだったので、2階や3階が客室なのだろう。
建物の基本は石造りだが、家具は木製といった感じで、女性の背面の壁側には木製の棚等が置かれている。
バイトもした事が無かったから良く分からないが、そこに入っている紐で束ねられた書物が、出納帳みたいな物だろうか。
「いらっしゃいませ。御2人様ですか?」
入口で入るなり辺りを見回していた俺達に、カウンターの女性が話し掛けて来た。
想像はしていたけど、実際に言語が通じるのは驚くばかりだ。
「はいっ! 2部屋空いてます?」
「ええ、御座いますよ。ただ、料金は倍になってしまいますが、よろしいですか?」
そう訊かれると、魔王の所に行くまでにどれ位掛かるのかも分からないから節約したい気も出て来るが、背に腹は代えられない。
……と、ここで俺は大事な事に気付いた。
持っているバッグの中には確かに貨幣と思われる物が沢山入っているが、その総額が如何程の物なのか、そもそもこの街でも使える物なのか、とんと見当が付かない。
「……ね、村井君……」
七妃も余裕が無くなっている様だ。……何、この呼び方から判断するシステム。
取り敢えずバッグをカウンターに置いて、貨幣の入った袋を取り出す。
ジャラリと重い。枚数は結構入っているのだけど……。
「えっと、この街に来たのが初めてで、どれ位の価値になるか、使えるかとか分からないんだけど、これで大丈夫かな?」
「は、はい、勿論です! この金貨1枚で充分お釣りが出ますよ!」
袋の口の紐を解いて中を見せながら訊くと、突然女性は興奮した様に早口で捲し立てた。
……おっと、やり過ぎたかな。
「良かった。凄く遠くから旅をして来たから、勝手が分からなくて。じゃあ、2部屋1泊でお願いします」
「は、はい! では、2階の隣り合った部屋をお使い下さい。こちらがお部屋の鍵です。お出掛けの際は、カウンターに預けて頂きます。御部屋代は今頂いて、何か追加が有れば、明日のチェックアウトの際に御精算頂きます」
「んー、分からん!」
宿の女性の説明が終わるなり、あっけらかんと言い放った七妃。もう、そんなおバカキャラを演じる必要も無いのに。
「じゃあ、金貨1枚」
「はい、ありがとうございます。お釣りの銀貨10枚です」
カウンターに置いてあるカルトン……と言って良いのかは判らないが、兎も角トレイに金貨を置くと、それを受け取った女性はお釣りの銀貨をジャラジャラとそこに置いて返して来た。
金貨1枚で2部屋借りて、お釣りが銀貨10枚。……んー、分からん。が、まあ、そういう物なのだろう。
念の為、銭入れの袋は鞄ごと持ち歩いた方が良さそうだな。
「ごゆっくりどうぞ」
カウンターの女性は、そう言って笑った。……と、そうか。ここは日本じゃ無いから、お辞儀の習慣も無いのか。
「何か有りましたら、こちらにお越しくださいね」
「ああ、ありがと」
「お世話になります!」
……っと。
「このまま食堂に行っても良いか?」
俺のバッグ以外に特に荷物が無い俺達としては、このまま食堂に向かった方が良いな。
「はい、勿論ですよ。お部屋にお風呂はございませんので、よろしければこの道の反対側にある、公衆浴場をお使い下さい」
「分かった、ありがとう」
「どうもです! ……あずきボーは勿論美味しいんだけど、やっと他の物が食べられるね……」
お礼を言いながら宿を出るなり、七妃は悩まし気に言って来た。
「ああ、……な」
その意見に、同意を示す。
どんなに美味しい物でも、好きな物でも、同じ物ばかりを食べていると、矢張り限度を迎える事になる。
道中、何回か休んだ時に、ちょっと食べ過ぎたかも知れない。口の中に広がり続ける、あずき感。
美味しいんだけど。
――取り敢えず、温かい物を食べたい。
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