Bar23本目:Beautiful Name
食堂でモーニングを食べた後に宿をチェックアウトし、大量の荷物を抱えながら東門に着くと、昨日の馬車屋のマイさんが、俺達が買った馬車と共に待っていた。
「あっ、モンブランちゃんっ!」
「……まだ決めて無いだろ」
「えへへへへ、どさくさで行けると思ったんだけどっ」
これだけは、この笑顔に騙される事無く死守する。あの馬を『モンブラン』だとかなんて、どんなに頑張っても呼べる日が来るとは思えない。
「お2人とも、お待ちしておりました。馬車はすっかり用意してあります。直ぐにでも旅に出られますよ」
「ありがとうございます。荷物を積んでも大丈夫ですか?」
「ふふ、沢山買い込まれましたね。勿論ですよ、もうあなた方の物なのですから」
「ちょっと買い過ぎちゃったかもっ」
皆で笑いながら馬車に荷物を置く。南門の近くに有る宿から東門まではそこそこの距離が有るから、これだけの荷物を運ぶと流石に結構疲れた。
「あなたも、これからよろしくねっ! モンブランちゃんだと
俺達の旅のお供になった馬に挨拶する七妃。……それは、俺の所為なのかな。
「昨日の説明の際に少し触れましたが道中の各街にお立ち寄りの際は、街の中に乗り入れる事は出来ませんので、各街の入り口に有るそこの様な所に繋いで、乾草を足元の箱に入れておいてあげて下さいね。小さな村でも、これ程の規模では無いにしろ、繋げる様になっておりますので」
マイさんが指している方を見ると、左右が吹き抜けになっている屋根付きの大きな施設が在り、今も幾つかの馬車が繋がれていた。
魔製動物の心配は無いのかとも思うが、反対側には門番と詰め所が有るので、きっと大丈夫なのだろう。
「マイさん、ありがとっ! ぢゃあ行こっか、
「色々ありがとうございます、行って来ます!」
「はい、行ってらっしゃい、ナナヒさん、ゼンザイさん。良い旅を」
取り敢えず2人で御者台に座って、手を振るマイさんに別れを告げながら道沿いに馬車を北に進ませる。差し当たって、手綱は昨日の練習で上手く出来ていた七妃。
それにしても、宿のお姉さんに続いてマイさんまで……。
このまま魔王を退治しても、『勇者ヨシヤ』では無く『勇者ゼンザイ』になるかも知れないと思うと、少し怖い。
名前を入れるタイプのRPGでは、確かに『ゼンザイ』でやっていたけどさ……。
「ね、
パカラパカラと長閑な音がリズミカルに流れる中、手綱を操る七妃が口を開いた。……来たか。
「『カゼノワール』ちゃんとかどうかな」
「『カゼノワール』?」
何だかシロノワールみたいな響きだけど、モンブランちゃんよりは余程それっぽい気もする。
「うん。黒いからフランス語で『ノワール』。それでやっぱり、馬って風を切って走るイメージが有るぢゃん? だからっ!」
モンブランと云い、フランス語が好きだな。
今度はちゃんと考えているみたいだけど、でも……。
「ちょっと呼び難いかな」
毎回カゼノワールと呼ぶのは、正直ちょっとめんどくさい。言葉にし易さならモンブランの方が上だ。
「んー、そうかなぁ。ぢゃあ、
「発想は良いから、日本語じゃどうだ? 例えば、『
「……黒風ちゃん……」
俺の意見を聞き、七妃は何度かそれを口許で繰り返すと、目を輝かせてこっちを見た。
「良いっ! それ良いっ、決定っ! 黒風ちゃん、あなたの名前は黒風ちゃんだよっ!」
俺達の馬車を引く馬に七妃が話し掛けると、一旦立ち止まった馬はこちらに振り返り、大きく嘶いた。
――こいつ、人語が分かるのかっ?!
「あはは、気に入ってくれたみたいだねっ。やったね、
うん、悪い気はしない。
太陽が真上に昇ったので、黒風を道の脇の木に繋いでランチタイムにした。
買い込んでいたパンにナイフで切り込みを入れ、ベーコンとレタスとトマトを挟んで食べた。
このまま今日中に、どれ位迄進めるだろうか。食べながら、本屋で買っておいた地図を広げて睨めっこする。この地図はロッシ王から配られた物と比べると限定的な地域の物だが、その分詳細に書き込まれている。
「ど?」
「うん、急いでも次の街までは今日中に行けそうに無いから、途中の村で止まる感じかな」
「りっ!」
食後にはあずきボーをかき氷にして食べ、また馬車に乗った。
出しておいた分が少なかったのか、黒風は乾草を食べ切ってしまっていた。俺としてはガタイの良さで選んだけど、こいつ、結構食費が掛かるのかも。
「ぢゃ、黒風ちゃん、午後もよろしくねっ!」
七妃が話し掛けると、黒風はこっちを向いて頷いた。……話し掛けられたから頷いたのか、はたまた内容を理解して頷いたのか。後者だったら、実に面白い。
「ああ高茶屋、俺にもやらせてくれないかな」
当然の様に手綱を握った七妃は、俺の言葉に目を丸くした。
「え、でも……」
「俺もちゃんと出来る様に練習したいしさ。この先、旅が厳しくなったりしたら、交代で休憩しなきゃいけない場合が有るかも知れないだろ? そうなると、高茶屋が休んでる時には距離的に全然進めなくなるから。それは申し訳無いかなって」
「……そだね、そうかもね。あーしがビシバシ
七妃は笑顔で宣言して、手綱を俺に渡した。……今、こっちを見ている黒風が目を光らせた様な……。
「よろしくな、黒風。お手柔らかに」
声を掛けると、黒風は無言で頷いた。
昨日教わった通りに手綱を操って、黒風を歩かせる。おお、進んだ。
「でもさ、
「……サンキュ」
前傾姿勢になって俺の顔を覗き込んだ七妃に、笑顔で返した。
牧歌的な空気を纏いながら、黒風に
揺れを抑える機構のお陰で、最初に乗った乗合馬車と比べると格段に乗ってい易いし、お尻も痛くならない。
「他のよりちょっと高かったけど、この馬車にして良かったかもな」
「そだねっ。
「ヒヒィン!」
黒風が会話に混ざって来た。……と思ったら、道の途中、黒風の前方に一匹の狐。
「あ、狐ちゃんだ、可愛いっ!」
「いや待て高茶屋っ! 良く見ろっ!」
微妙に輪郭が揺れる。間違い無い、魔製動物だ。
手綱を操って、黒風を立ち止まらせて馬車を飛び降りる。
魔製キツネは俺達の動きを待たずに、黒風に襲い掛かった。
「「黒風!」ちゃんっ!」
――間に合わない。焦りに、俺達の黒風の名を叫ぶ声が揃う。
と、その時、前足を高く挙げ激しく嘶いた黒風が魔製キツネを踏み潰した。
駄目だ黒風、普通の攻撃では……。
「……え?」
「あれっ?」
魔製キツネに浴びせられた黒風の右前足は、次の瞬間には地面を踏み締めていた。
辺りを見回してみたが、魔力の伴わない攻撃は弾いてしまう筈の、魔製動物の姿は何処にも無い。
詰まり、これは……。
「黒風、お前、魔力が扱えるのか?」
「って事ぢゃん? 凄いね、黒風ちゃんっ!」
「ブルルルルルルル!」
自慢気に喉を鳴らす黒風。このガタイと雰囲気は伊達じゃ無いって事か。
「偉い偉い、黒風ちゃんっ!」
七妃が頬を撫でると、黒風はその七妃に顔を寄せて頬擦りした。
「あははは、黒風ちゃん、くすぐったいっ!」
これは、想定外の心強い仲間が出来たな。
「やっ、もう、黒風ちゃんったらっ!」
――羨ましくなんか無いんだからな。
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