16 馬車はそんなに走ってないよ
二度目になるお屋敷を訪問、ばぃフェスカ侯爵邸!
ただいま玄関の前でございます。
何が驚いたって、この企画の行き当たりばったりの杜撰さだわ!
「アウグストをお願いします」
と、先ほどから玄関でフェスカ侯爵家の執事を相手に話しているのは、モーリッツ様。
「ですから、ご予定のないお方はお取次ぎできません」
丁寧ですが、しっかりとした拒否の受け答えに共感できるのが、侯爵家の執事さんです。
侯爵家執事さんの応対を聞く限り、アポなしで来られて、ほいほい娘を送り出す我が子爵家の行く末の方が気になったわ。
って、話ではなく。
そう、この会話を聞いての通り。
なんとアポなし!
誰が誰とダブルデートだと?
二人で残った馬車の中では、先ほどから妹令嬢が申し訳なさそうにペコペコしてます。
この姿はもはや水飲み鳥みたいです。
何度かのやり取りの後、モーリッツ様はついに諦めたのか馬車のほうへ戻って来ました。
その後ろにはホッとした表情の執事さんが見えます。
うん、あんたはやりきったよ!
しかしこれで帰宅となれば私は一体何しに来たんだろう……、甚だ疑問ですね。
だが収穫はありまして、我が家に帰ったら執事の教育をしてやる勢いです!
そうやって唸っている内に、モーリッツ様が馬車のドアが開けられました。
乗り込むかと思いきや、
奴は強引に私の手を取り、引きずり出しやがった!
えぇ比喩ではなくマジ引っ張り出したのです。
「きゃぁ!」
私らしからぬ可愛い悲鳴が出ましたが、余りに突然の事なので仕方が無いと思いたい。
そして強引に手を引かれ、連れて行かれるのは侯爵家の玄関の前、はっきりと言い換えれば執事さんの前です。
そしてモーリッツ様はニヤリと笑い、
「ディートリンデがどうしても逢いたいと言ってるんだけど、伝言して貰えるかな?」
おい、いつから私が逢いたいことになった?
あれほど鉄壁の守りを見せた執事さんも、私を見ればすぐに「伺って参ります」と走って行かれました。
あぁなぜこの様な無作法の片棒を担ぐ事に……
約十分後、なぜか私は侯爵家の食卓に座っていました。
私のテーブルの前には、豪勢な朝食が並べられています。
そうだなぁ、選択できるパンの種類やジャムの種類が多かったり、皿の大きさやら模様が高級そうだったりかな?
その朝食の先、つまり向かい側の席には、侯爵様と侯爵夫人が座っていらっしゃいます。
食卓に座っているのは私含め三人のみで、アウグスト様はモーリッツ様とお話中のため、席を外されてます。
満面の微笑みを浮かべながら、侯爵夫人が、
「さあ、リンデちゃん食べて~」
と、朝食を薦めてきました。
アウグスト様が不在なのに良いのかと聞けば、問題ないと言われるので素直に頂くことにしました。
だって、朝食食べてませんからね、私。
「いただきます」
イレーネの指導通りのテーブルマナーを思い出しつつ、緊張しながら食べ始めます。
必死になぜに私がここで朝食を食べているのかは考えない方向で……
侯爵様は寡黙な方ですが、侯爵夫人はとてもよく喋ります。
基本的に質問に受け答えするだけですが、口に物を含んでいる時は話さないようにと指導されているので、食べる暇が無いほどの勢いです。
しかし不思議かな、話し掛けられれば私の手は止まりますが、話し掛けているはずの侯爵夫人のお皿の上は綺麗に食され無くなっていくのです。
解せん……
一向に衰えを見せない侯爵夫人の口撃にあっぷあっぷしていると、アウグスト様が戻っていらっしゃいました。
使用人にて新たにテーブルに配膳されるのはアウグスト様の分です。その皿の品は、目の前の私の物に大変酷似しております。
私のテーブルだけメニューが数品前で止まって進んでいない事実!
彼は席に着席し(私の隣です)
「モーリッツは帰ったよ」と、私に言いました。
おや? と、あれだけプレイヤーに固執していたはずなのに、この対応は意外でした。
「お友達でしょう。宜しかったのですか?」
そう問えば、「心配されるような事は無いですから、大丈夫ですよ」と、笑顔です。
隣に座るアウグスト様のオプション効果は覿面で、彼が戻られてからは、侯爵夫人の口撃の数も減り、ついに私のお皿も進むようになったのです。
何とか朝食を終えまして、気づきます。
あれ、私置いていかれてるんだけど……
どうやって帰るのこれ?
そんな私を、侯爵夫人はお茶に誘われました。
この誘いを断る術は無く、
しかし疑問が残ります。
なぜプレイヤーがこのような行動に出たのか。
アウグスト様の対プレイヤーへの態度。
なぜ私を残して帰ったのか。
だからね、私は一体どうやって帰ればいいの!?
問題は山詰みです……
■幕間
侯爵家執事のヨアヒムが、突然の来訪者を主人に報告するために走ってきた。
普段から落ち着いた壮年の執事が、走りこんできたことに屋敷の主人は驚いていた。
「どうしたヨアヒム?」
「アウグスト坊ちゃんのご学友が尋ねていらっしゃいました」
「何だと! こんな朝早くから誰だそんな無作法者は!」
主人は怒り心頭、もちろん自分はお怒りになるのを理解し追い返す努力をしたのだ。
だからこそ事情をすべて説明した。
「なるほど……」
主人も判断つきかねるのか、言葉を濁していた。
「あれを呼べ」
主人が言うあれとは奥様、つまり侯爵夫人である。
「きゃぁぁ、リンデちゃんが来ているの? 一緒に朝食食べましょう。あと一人分をすぐに準備して頂戴!」
ディートリンデ嬢の来訪を聞いた奥様のテンションは跳ね上がる。
余程あの令嬢がお気に召したらしい。
そう言うと奥様は玄関に急がれました。
「奥様お待ちください、ご学友のモーリッツ様はどのように?」
「あー、そうね。アウグストを呼んで適当に対処させときなさい」
畏まりましたと、執事はアウグスト坊ちゃんの元へ向かった。
■幕間2
俺は突然尋ねてきたモーリッツと話す為に、エントランスに向かった。
モーリッツは不思議な奴だ。奴とは初対面に近い存在にも関わらず、何故か奴からの頼みは嫌ではなく、聞いてやりたくなる。
もちろん俺にそう言った趣味は無い。無いったらない!
足早にエントランスに顔を出せば、モーリッツが俺に笑顔で手を振ってきた。
「こんな早くに何の用だ?」
と問えば、
「朝早くに悪いな、今まで世話になった分を返そうと思ってさ」
と、はにかみながら何やら不思議なことを言い始めた。
世話も何も、相変わらずあの日の夜会以外でほとんど接点はないのだから、こちらにはそんな覚えは無い。
俺が首を傾げていると、
「お前が居てくれた、それだけで助かったんだよ」
恥ずかしげも無く、そんな歯の浮くセリフと言ってのけ、「ディートリンデによろしくな」と、言ってエントランスを後にした。
何がしたかったんだあいつ?
とは言え、ディーとリンデを連れてきてくれたことには感謝しよう。
俺がモーリッツと呼び止め「ありがとな」と言えば、奴は振り返らず、手を上げて去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます