20 変わりつつある学園生活(あ)

 俺は相も変わらず食堂では同じ席に座り、食事を取っている。

 一つ変わったのは、モーリッツが一緒に食事を取るようになったことだろうか。しかし奴は俺の正面の空席には座らずに隣に座っていた。

 二人で食ってるのにこの並びはおかしいと声を大にして言いたい。



 フォークでサラダを食べているとき、

「おぃ、あれ見ろよ」

 と、モーリッツが前方に向かって指をさしていた。指を差すなよ……と苦言を言いつつそちらの方を見てみれば、どうやらリンデが列に並んだのを言っているようだ。


「何がおかしいんだ?」

 そう問い掛けてみると、「いいから見てろって」と言われた。

 仕方無しに大人しく見ていると、どうやら前の子が彼女に先を譲っているようだ。それも何度も何度も、リンデが恐縮そうに前に出たり、または遠慮しているのだろう、手を振って拒否すると下手な芝居を見せて彼らは列を抜けて行き最後尾に回った。

「なっ? おもしれーだろ」

 ケラケラ笑うモーリッツ。


「あれはもしかして俺と同じことなのか?」

 俺が侯爵だからと言う理由で、列を譲る者が後を絶たないのだ。もちろん最初は断ったのだが、次第に断わらない方がお互いに後腐れが無く列も早く進むと悟り、今は断るのをやめていた。


 暫くすればリンデは列の先頭に辿り着いた様で、昼食のプレートを手にしていた。

「おぃ、拾ってやれよ?」

 モーリッツに言われるまでもなく、俺は立ち上がりリンデの方へ向かっていた。



 隣に座るモーリッツはまさかこのために? と錯覚するが、気のせいだろう。

 俺はリンデを正面の空席に座らせた。



 正面に座る彼女は、何やら浮かない表情を浮かべている。

 食事もそれほど進んでおらず、彼女はサラダをフォークで突きながら、稀に口に運ぶ事を繰り返していた。

 家で食事を食べた時はもう少し食べたように思うが、今日は体調が悪いのだろうか?



 そう言えば彼女をここで見かけるときは、常に一人だったのを思い出す。不思議に思い、普段から一人で食べているのかと聞くと、顔を真っ赤にして否定された。

 話を聞くと、一人なのは読書の時間を割く為に、食事を早く切り上げるからという理由だと教えてくれた。

 折角なので一緒に図書館へ行ってよいか? と聞けば、

「図書館は共有の施設ですから、私の許可は不要ですよ?」と、平然と言われてしまった。


 そう言う意味ではなかったのだが……


 欲しかった回答が貰えずに気落ちしていると、隣のモーリッツに慰められた。

 おいこら、その可哀想な子を見る目はやめろ!



 授業を終えた後の休憩時間に、突然モーリッツが声をかけて来た。

「アウグスト、2-Dへ行くぞ」


 2-Dと言えばリンデのクラスだ。

「何しに行くんだ?」


「馬鹿かお前は、前回の夜会と一緒だよ。あいつを囲いに行くんだよ」

 移動する中、モーリッツが言うには、あの夜会に参加した貴族はフェスカ侯爵にとって友好的な貴族だったということ。逆を言えば、友好的ではない貴族がフェスカ侯爵に恥をかかせる目的で、リンデを狙う可能性があるということだった。

 そして「ユンゲルの事もあるからな」と、苦笑気味に話した。

 思いのほか頭が回るモーリッツに驚きつつ、俺たちはリンデのクラスへ急いだ。



 俺たちが2-Dの教室に入ると、少しばかりクラスがざわつき始める。それを無視し、普段なら、あえてお互い干渉しないだろう貴族の令息らを中心に、挨拶がてら声を掛けていった。

 理由なんてどうでもいい。なぜなら貴族は言葉の裏を読むからだ。


 さらに友好的な貴族の令息たちにも声をかけておく。

 こちらは元婚約者のユンゲル伯爵令息に対する予防線だ。モーリッツの話では、奴はクラウディア嬢の策謀でかなり追い詰められていると聞いている。

 しかしそのことが逆に奴を追い詰めて、よからぬ行動を取らせるかもしれないからだ。

 俺が四六時中、見守れるわけではないのだ。人の目は多いほうがいいだろうと、これもモーリッツの案だった。

 話しかけた令息らは概ねの事情を理解してくれ、幸いにも協力を得る事が出来た。



 それが終われば今度はリンデの近くへ行き、アピールをするのも忘れない。


 一回だけでは効果も薄かろうというモーリッツに同意し、二日目以降は本屋で知った彼女好みの本を持参しプレゼントをするようにした。

 彼女は毎回恐縮して断ってくるのだが、本のタイトルを見せれば続きが気になるのか最後には受け取り笑顔をくれる。


 幾ら夜会シーズンで授業が少ないとは言え、毎回訪ねていたのだ。そんな俺の行動の反響たるや相当なものだった。

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