21 エルゼ vs アンゼルマ

 今の社交界で流行っているドレスは、フリフリ感満載の可愛らしいドレスだ。


 これはエルゼの作ではなく、ライバルであるアンゼルマのデザインであった。


 流行のドレスはアンゼルマ作とは言えど、エルゼもやはり有名なデザイナーである。ドレスの注文をすれば半年待ちになるのは当たり前なほど繁盛しているし、そもそも今のドレスの前はエルゼの作品が流行っていたのだ。

 だからどちらも甲乙付け難いデザイナーである。


 だが今、流行しているのはアンゼルマのドレスだ。ならば最先端と言えば、アンゼルマだと皆が言うのだ。



 そんな中、先日フェスカ侯爵家私の家で夜会が行われた。

 そこで発表されたディートリンデが着たエルゼ作のドレスが、新たに注目を浴びていた。

 ディートリンデの清楚さを表現した見事なドレスは、髪や瞳などの見た目が派手ではない令嬢を中心に流行り始めている。


 ディートリンデがいる限り、きっとこの流れは止まらないだろう。



 いまや最先端に返り咲こうとしているエルゼとは別に、私も少しホッとしていた。

 やはり最先端のデザイナーに作らせたドレスと言うのはステータスであり、侯爵であるなら持っていて当たり前だったのだ。

 しかしアンゼルマはフェスカ侯爵家とはそれほど懇意で無いので、少々不自由な時間を過ごしていた。


 リンデちゃんのお陰で肩身の狭い思いをしなくなったわ。



 アンゼルマと懇意にしていた、あの侯爵夫人は今頃どうしているだろうか?

 一人でほくそ笑んでいると、執事のヨアヒムが来客を告げてきた。


 来客は件のエルゼである。

「ねえ、エルゼ。今度の夜会で着るドレスをお願いできるかしら?」







 今日もアンゼルマの店には数多くの令嬢が足を運んでいた。


 先ほどから店に展示してある、レディメイドのドレスを貴族の令嬢が眺めている。

 暫くウロウロとしていたのだが、令嬢が御付の使用人を介して質問をしてきた。

「失礼。お嬢様は最近流行りだしている清楚なドレスをご所望なのですが、こちらでは扱っていないのでしょうか?」


 またこの質問だ。

 ここ数日、どの令嬢も同じ質問をしてくる。

 この令嬢はきっと事情を知らず何気なくそう言ったのだろう。


「どうかなさいましたか?」

 苦渋の表情が出ていたのだろうか、御付の使用人から心配されてしまった。


 わたしは表情を取り繕うと、ここ数日何度も言った台詞を伝えた。

「いえ、お嬢様。申し訳けございません。あのデザインは『ベアトリクス』で作られた物でして、勝手に使えば盗用と疑われてしまいます。ですので、わたしのお店では同様のものは取り扱っておりません」


 それを聞いた令嬢は、

「あら、エルゼ様のデザインだったのね。いいわそちらで購入する事にいたしますわ」

 そう言い終えるとさっさと店を後にした。


 何人目かの令嬢が出て行ったのを見送り、「くっ、また見返してあげるわ!」と、わたしは憤慨したのだった。









 夜会で着るドレスの採寸をする為に、ギュンツベルク子爵家を訪問していた。

 以前より懇意にして頂いているフェスカ侯爵家からの依頼であったので、当然ながら最優先で作業を請け負ったのだが、実はこの仕事はそれほど乗り気ではなかった。



 ギュンツベルク子爵令嬢と言えば、パッとした噂も無くとても地味だと言われている。さらにデビューの年以降、社交界には一切参加していないと言う。

 フェスカ侯爵側から、何とか目立たない令嬢を着飾らせる事で取り繕おうという意図が透けて見えたのだ。

 だからしぶしぶ子爵邸を訪れたのだった。



 しかし採寸の時に初めて見たギュンツベルク子爵令嬢のディートリンデ様は、大層可愛らしいご令嬢だった。


 どこが地味なのか!?


 確かに髪の色は鈍色で暗めだ、しかし肌は病的に真っ白なのに健康そのものでツヤと張りがある。そして注目すべきはその涼しげな瞳の色だ。

 白黒のキャンパスに映える淡い水色の双眸。


 かの令嬢を目にした瞬間、私は瞬時にドレスの完成図が浮かんだ。

 下手に飾り立てる必要は無い、彼女が持つ自然な雰囲気そのままの状態を上手く生かせば良いのだと。しかし自然のままと言うのは逆の意味で苦労するデザインだったと思い知った。

 スッキリとした装いに、瞳と同じ色のアクセントの大き目のリボン。他の令嬢が着ればどこも映えるところが無く逆にみずぼらしく見えるだろう、しかし彼女ならば?


 頭に浮かんだドレスのデザインを殴り書けば、徹夜で仮縫いまで仕上げる。

 これほど充実し、苦労したのは久しくなく。また同時に暫く味わっていなかった高揚感をも感じることが出来た。

 そして苦労の末に出来たドレスを、ディートリンデ様に試着していただく。

 そのお姿をひと目見て、『これは当りだ!!』と、確信を覚えた。



 あの夜会以来、かようなドレスの注文が殺到している。どうやら新しい流行が始まったのだろう。

 しかしまったくの同じドレスであれば、逆にみずぼらしく見えてしまうのだから少しばかりアレンジし、ややゴテっとしたドレスに仕上げている。

 あのドレスが着こなせるのはやはりディートリンデ様だけなのだ。


 また本日もフェスカ侯爵から、ディートリンデ様のドレスの注文が入っていた。

 もちろん最優先で作業させて頂きますとも!!

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