22 ダンスパーティ、ガチなやつ

 エッカルト伯爵は、社交界ではある意味で有名な方だ。先ほど、そのエッカルト伯爵から俺宛に夜会の招待状が届いたのだ。


「アウグスト! エッカルト伯爵から招待状が届いたんですって!?」

 手紙が届いたのは先ほどだと言うのに、我が母上様はどうやら耳が早いようだ。


「ええ、先ほど届きましたよ。もちろん欠「出席なさい!」」

 有無を言わさぬ言い方だ。


「しかしあのエッカルト伯爵ですよ、リンデが何と言うか」

「リンデちゃんなら大丈夫よ~、むしろ母は貴方のほうが心配です!」

 俺は母親にはっきり言われて少しへこんだ。



 エッカルト伯爵、彼の主催する夜会は夜会にあらずダンスが得意な人が集まるダンスパーティなのだ。流される曲は難易度が高いものばかりで、踊れない者には容赦なく失笑が起きるという。

 参加者は終始踊りっぱなしなので体力も必要で敷居も高い、……と言う噂だ。


 噂止まりなのは、身近な人間に行った者が居ないからだ。


 そもそもダンスが上手くないと、彼の招待状が来ないのだから仕方が無い。そして今回、フェスカ侯爵家では始めてエッカルト伯爵からの招待状を受け取ったのだ。


 きっと先日開いた我が家の夜会の噂を聞き、招待状を送ってきたのだろう。

 確かにあの曲がミス無く踊れるなら、ダンス上手と言わしめるだろうが……


 でも俺、地味にミスしてたんだよな。

 幸いにもリンデが上手くフォローしてくれて目立たなかっただけなのだ。

 それを思えば、母の心配もごもっともである。



「良いですか? エッカルト伯爵の夜会に出たとなれば、社交界でとても良い噂になります。ぜひ参加するのです!」

 そんな興奮気味の母だが、一つ大切な事を忘れていると思う。


「上手く踊れれば、ですよね?」

 そう言えばキッと睨まれて、「今すぐ特訓です!」と、俺は無理やりホールに連れて行かれたのだった。







 私が自室で本を読んでいると、執事のセリムから夜会の招待状が届いたと報告を受けた。

「お嬢様、フェスカ侯爵様から夜会のエスコート依頼が届いております」

 あら、またですか。

 アウグスト様からは、最初のフェスカ侯爵家の夜会を入れて、これで三度目のお誘いだった。

 雇われ令嬢である所の私のポジションはそんなに都合が良いのでしょうか?



「無碍にお断りも出来ませんから、了承しておいて」

 私がそう言うと、「しかしお嬢様、エッカルト伯爵の夜会だと書いてありますが宜しいのですか?」と、セリムが心配そうに聞いてきた。


 エッカルト伯爵、エッカルト伯爵? う~ん聞いたこと無い名前ですね……

 まあ誰の夜会でもやる事は一緒でしょう。どうせ雇われ令嬢ですしね。

「大丈夫よ」


 この軽く言った返事で、後々酷い目にあうとは私は思いもしなかった。



「ねえリンデ。エッカルト伯爵の夜会に行くんですって?」

 次回の夜会の予定が、どうやらお母様にもお話が伝わったようだ。

「ええ参加を承諾しましたわ」


「まあ本当だったのね。貴方がエッカルト伯爵の夜会に……」

 さも思案げなお母様に不安を覚えて、

「あ、あの、何か不味かったでしょうか?」


「いいえ、大丈夫よ。まだまだ時間はありますからね」

 ニッコリと笑顔を見せるお母様。


 あっこの笑顔……ダメなやつだわ……

「わ、私、お部屋で本をよ「イレーネ! すぐにダンスの練習よ!」」

 こうして私はダンスレッスンにドナドナされていったのです。







 エッカルト伯爵の夜会当日、ギュンツベルク子爵邸にリンデを迎えに行った。

「ディートリンデ嬢、本日はよろしくお願いします」

 そう言って挨拶をするが、彼女からの反応が無い。


 おや? と首を傾げると、遅まきながら返事が返ってきた。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

 そして可憐な笑顔を見せてきたのだ。


 気のせいか?



 なにやら疲れているように見えるのだが……

 まあ疲れているといえば、俺も人のことは言えないだろう。昨日も終日ダンスのレッスンを強制されたのだ。

 その疲れたるやかなりのものだ。



 リンデを馬車に乗せて会場に向かうと、時折、隣からあくびをかみ殺すように「くぁ」だの「くふぅ」だのと言う可愛い声が聞こえてくる。

 チラと見ると彼女はいつも通りの涼しげな表情で座っていた。

 そして、俺の視線に気づいて「どうかしました?」とばかりに小首を傾げるのだ。

 くっ可愛いな……


 そしてまた暫く走れば似たような声が聞こえる。隣で平然としている彼女を見て、どうやら俺はかなり疲れていて幻聴が聞こえるらしいと結論づけた。



 エッカルト伯爵の屋敷に着くと、受付にいた使用人からこの夜会のルールのようなものの説明を受けた。

 ダンスの曲は数曲がセットになっており、どんどん流れる曲の難易度が上がっていくと言う。

 ミスがあれば自己申告で輪から抜けていくそうだ。

 最後まで踊りきれれば、盛大な拍手が贈られるでしょうと、さらに最後はエッカルト伯爵から最優秀パートナーの発表があるそうで、それに選ばれるのは大変な名誉だそうだ。


 主催者の挨拶などが終わり、会場ではダンスが始まろうとしていた。

 俺たちは最初は参加者も多いことからきっと踊りにくいだろうという判断もあり、様子見の為に二人で壁端に下がって眺めていることにした。


 そしていよいよ曲が流れ始める。

 序盤の簡単だと言われる曲でさえも、普通の人からすれば十分に難しい曲でありその曲の選択に少しばかり驚きを感じた。

 そして曲が終われば、しっかりと踊りきれなかったパートナーらには噂に違わず、周りから容赦ない失笑が起きている。


 なんと居心地の悪い夜会だと、俺は少しばかり眉をひそめた。



 居心地の悪さから、正直に言えばもう帰りたくなっていたのだが、流石に一曲も踊らずに帰るわけにも行かず、リンデとタイミングを合わせてダンスホールに入っていった。


 容赦ない失笑を聞いたことで俺もリンデも緊張している事が丸分かりだったが、お互いに微笑み合えばいくらか緊張も和らぐのを感じた。さらに曲が始れば、楽しそうに踊るリンデを見ているうちに、先ほどの緊張が嘘のように体が動くのに驚いた。

 流れる曲それぞれは、確かに難しい曲ばかりであったが、相変わらずリンデのダンスの腕前は素晴らしく、彼女のフォローもあり俺たちは最後まで踊りきることに成功した。

 偶然にも、そのセットでは最後まで残ったのは自分達だけだったようで、盛大な拍手を貰い満足して帰路についたのだった。


 そう、踊りきり満足した俺たちは『最後はエッカルト伯爵から最優秀パートナーの発表がある』ことなど、すっかり忘れてしまっていたのだ。



 そして後日。

 エッカルト伯爵は大層ご立腹だったそうだ。最優秀パートナーに選ばれたペアが会場に既に居ないとか、過去に前例が無い失態だったそうで……

 当然伯爵は「二度と呼ぶか!」と大層お怒りだそうだが、呼ばれないのは好都合。むしろありがとうございますと逆にお礼を言いたい。

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