26 婚約それから

 今いるのは、フェスカ侯爵邸のサロンです。

 目の前のソファーにはアウグスト様が座っていらっしゃいます。


 そんなアウグスト様は、先ほどから私の方・・・を困った表情で見ています。

 私の方、つまり向かい側のソファー。

 そんな私の右手にはお母様が、左手には侯爵夫人が座っています。


 はい、吊し上げの時間ですね。


「ねぇアウグスト。どうやらわたくしの育てた子の中に愚息が居るようなの。とても悲しい事だと思わない?」

 言われたい放題のアウグスト様は、もはやまな板の上の鯉です。

 地味っ子過ぎて、恋は盲目補正が働いているとは思いも寄らなかった私も確かに悪い。

 でもね、清楚で可憐だよ? だれそれって思うのは仕方がないと思って頂きたい。



 だからと言って本人を無視して、先に親の許可を求めるのはダメでしょう?


 そう、愚痴っぽく言ってみました。

「だって避けられてて話させてくれないどころか、会ってもくれないんだもん」


 うっ……。



 痛くなくもないお腹を突かれました。



「もう少し、分かりやすく好きアピールをして頂けていれば、えと……、私も、気づいたかもですょ?」

 言っている途中で恥ずかしくて赤面してしまいました。

「学園では毎日ランチに誘ったし、本をプレゼントしにクラスも尋ねたんだけど」



 うっ。



 やーめーてーお母様ズの視線がぁ~


 って痛っ!

 ちょっとお母様! 閉じた扇で物理的に突くのは止めて下さいね!?



 この辺りが頃合だったのでしょうか、アウグスト様がスッと立ち上がりますと、それを見たお母様ズも立ち上がり、さささっと退席なさいました。

 三人ともまるで事前に打ち合わせでもしてあったのか? と思うほどの素早い動作でした。


 残されたのは私達二人。


 アウグスト様は、まるで騎士の様に私の前に跪いて手を取ります。

 そして糖度十二分の笑顔で仰いました。

「ディートリンデ、生涯あなたを愛すると誓います。僕と結婚してくれますか?」



 嬉しさで涙が流れます。

 焦るアウグスト様に、私はしっかりと

「はい、喜んで。私もお慕いしております」と返事をしました。

 貴方の笑顔に比べればとてもとても糖度が足りないけれど、笑顔でニコリと返します。

 私は無事婚約のお返事を返す事ができた事にホッとしました。



 まさかの両想い~とぽぁぽぁと喜んだのは束の間の事でした。


 周りがばたばたとし始めまして、やってきましたのは侯爵様と執事のヨアヒムさん。

 そんなヨアヒムさんの手にはなにやら書面と、ペンが。


 ヨアヒムさんが手にしているのは、婚約届。

 って、どこから、なんで、どうして? とかパニックに入ります。しかしいつの間にやら戻って来たお母様に諭されて、この場で署名させられました。


 この婚約は親同士の約束ではなく、当人同士の事です。ゲームイベントの冒頭で解消された親が決めただけの婚約とは重みが違います。


 もしこれで婚約破棄されたら立ち直れない……


「婚約破棄はしないでね?」

 首を傾げて可愛くアピールしてみると、「もちろん」と、頬に口付けされました。

 不意打ちに驚き、顔が熱くなります。



 数時間後、書面は無事受理され、私達は公的に婚約者同士となりました。なお早馬で走った使用人には金一封が出たとか出ないとか?


 そう言えば……

「私ったら侯爵様と侯爵夫人に許可を頂いていないわ」

 今さら気づきましたが、侯爵夫人からは問題ないという回答を貰います。


「でもね~」

 と、にこやかに続けられ、

「お義母様。お 義 母 様よ。はい、言ってみて~リンデちゃん」

 お義母様からはとても良い笑顔で迫られました。




■幕間

「旦那様、お嬢様、お祝いの品が届いております」


 侯爵家と正式に婚約したと言う話は、瞬く間に広まり数日後にはギュンツベルク家には、数々のお祝いの品が届いていた。

 花だったり、お菓子だったり、小物だったり、ベビー用品だったり。


 はぁ? ベビー用品!?

 誰よこれ!?


 『ブレンターノ伯爵』

 あっ、モーリッツ様ですか……





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 とあるゲームのエピローグ

『男二人だけの寂しいクリスマスかー、まさかこの日をお前と過ごす事になるとは』


『くくっそうだな。あんなに頑張ってたのに、残念だったな』


『みんな元気かな……』

『ああ、あの娘は~……』

『で、……。ディートリンデは新しく婚約が決まって幸せになったぞ』


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 久しぶりのお出掛けです。

 お隣にはアウグスト様、チラリと視線を上げれば糖度の高い笑顔が返って来ます。

 随分とこの笑顔も慣れた気がします。


 アウグスト様は、私が転ばないようにと、しっかりと腰を支えてゆっくりと歩いてくれています。

 時折、優しげな視線が私の胸の辺りへ。

 もちろんいやらしい意味ではなく、私が抱いた赤ちゃんを見ているのでした。


 婚約から二年で学園を卒業しそのまま結婚に至りました。

 周りからは少し早くないか? と言う声もありましたが、お義母様の「早く孫が見たいわ~」アピールに屈しました。


 見えてきたのは本日の目的地。

 フェスカ侯爵邸!

 今は我が家と言うべきでしょうか?


「あ、お母様ー!」

 庭から走ってくるのは、四歳になったばかりの息子だった。

 その後ろからは、お義母様がゆっくりと歩いてきます。

「ただいま~リーンハルト」

 そう言いながら息子の頭を撫ぜてると、気持ち良さそうに目を細めます。

 ふふふ、まだまだ甘えたい盛りね。

 そしてお義母様に「ただいま戻りました」と、ご挨拶です。


 第二子の出産の為、実家の子爵家に里帰りしていたのでした。

 お義母様は私から娘を受け取り、嬉しそうに抱きあやしています。


 そして一言。

「この子は、リンデちゃんに似てるわね~」


 うっ……


 そうなんです、息子はアウグスト様に似て将来イケメン予定なのです。でも残念ながら娘は地味っ子な私に似てしまいました。

 確実に将来悩みますよね、ごめんね。地味っ子な母を許して……

「絶対、綺麗な子になるわよ!」


「当たり前だろ、リンデに似てるんだからな」

 結婚生活も五年経ちましたが、今日も旦那様の盲目補正は健在でした。



~完~

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