11 夜会開催
夜会の始まりを中から見るのは初めての経験です。
子爵家主催で夜会は開かれませんから、きっとこれが最初で最後の経験ですね。
開催前にエントランスや受付にはお客様がいらっしゃいまして、開催の数分前にホールのドアが開けられるということらしい。
もちろんドアが開いても参加者は紳士淑女の皆様なので、駆け足ではなく人の波がゆっくりと進んでいきます。
数分掛けて入場された後は、主催者からの挨拶で夜会が開催となる運び。
私の役目は、出だしのダンスです。
主催者側が踊ったら、後はフリーの流れがこの国の主流なのです。
大丈夫、練習したし!
先ほどドアが開きまして入場が始まりました。
ドアを開けて最初に見えるのは、真正面でちょっと段になっている主催者の席。
そしてそこに、なぜか座る子爵令嬢……(ついでに並び順がおかしい)
入場している最中、そこかしこから視線がビシバシと刺さっています。
場違いな! と言うことでしょう。えぇ自分が一番存じてますから見ないで下さい。
侯爵様より開催の挨拶が行われ、ダンスへ~の流れ。
のはずが……
アウグスト様にエスコートされまして、開催のご挨拶中の侯爵様のお隣へ引っ張り出されます。
し、視線が痛い!
「嫡男のアウグストと、こちらの可憐な令嬢をご紹介します。ギュンツベルク子爵令嬢のディートリンデ嬢です」
知名度が圧倒的に低いですからね、紹介も必要ですよね~とか、言ってられない!
会場はひっそりと、そして次第にザワザワと。
おっと、笑顔笑顔っと。そしてドレスを持ってちょこんとお辞儀です。
なぜか巻き起こる「ワァー」と言う歓声と拍手に内心ビクッとしますが、平常心平常心。
突然大きな声とか、私の心臓はバクバクなのですから勘弁して下さい。
そしてダンスは、侯爵様と侯爵夫人は参加されずに、私とアウグスト様だけの独壇場になりました。
どうしてこうなった?
開催してすぐと言う事もあり、参加者の皆様のお酒量もまだ少ないからか、そこかしこからビシバシと視線を感じます。
ちなみに掛けられた曲は地味にステップが難しい、難易度の高めの曲でした。
い や が ら せ だーぁ!
一瞬だけ引きつった笑みが漏れますが、笑顔です。
貼り付けろっ笑顔!
顔は笑顔で、しかし頭は次のステップを思い出す。何とかギリギリ曲についていきます。
そんなあっぷあっぷな状態で、
「今日は両親が申し訳ない」
と、アウグスト様から謝罪を頂戴します。
まって、いま一杯一杯なの! とか、言えるわけなく。
にこりと笑顔を向けておきました。
何とかステップミスも無く、ダンスパート終了!!
周りからは盛大な拍手が巻き起こりました。
社交辞令ありがとーと感謝を込めてスカートを軽く持ち上げ笑顔で会釈です。
いやー何とかなった~。そう言えばアウグスト様が何か言っていたような?
チラリと視線を向ければ、相変わらずの糖度の高い笑顔が返ってきました。
お、この猫慣れて来たかな?
主催者独演会が終われば、参加した方々のダンスが始まります。理不尽な事に、その後の曲は一般的で難易度の低い曲でした。
解せん……
私があと一曲だけアウグスト様にお付き合いし、主催者席にエスコートされて戻りますと、早速とばかりに年配の貴族の方々に囲まれてしまいます。
私はただの本日用の雇われ令嬢ですのに、皆さん真剣にご挨拶と自己紹介されていきます。おまけに先ほどから子爵より上の爵位の方ばかりで恐縮してしまいます。
ふむ。
子爵令嬢とは言え侯爵主催のパーティで主催者席に座っている。ならば社交辞令で挨拶だけでもと、こういうことですね。
社交辞令には社交辞令を、私も笑顔でご挨拶しておきました。
それにしても名乗られた後に、決まって「本日はおめでとうございます」と言うのはどんな社交辞令でしょうか?
確か本日はプレイヤーのモーリッツ様の為に開いた夜会だったはずですが、もしかして誰かの誕生日だったのでしょうか?
■
ご年配の貴族の方々の挨拶の波が収まれば、少し間が空き余裕が生まれました。
ふと会場を見渡してみると、流行のピンクのフリフリドレスを着飾った公爵令嬢のクラウディア様が、グラスを片手にふらふらと……
ってあの人何して?
あぁ手に持ったグラスの中身を他の令嬢のドレスにぃ!?
グラスの中身を掛けられた令嬢の隣にはモーリッツ様らしきお方が。
あれ? これってイベント回収されてませんかね……
まさかの出遅れですか?
……私は、一体なにをしにここに来たのだろう。
そんな光景を目にしばし呆然としている間に、気づけば今度は若い貴族の方々がご挨拶に来ていたようです。
何人かの挨拶を受けている間に、モーリッツ様が妹令嬢の手を取って近づいていらっしゃいました。もちろん先ほどドレスに飲み物を掛けられていた令嬢です。
ドレスには酷いシミが……、妹令嬢は若干涙目。
あぁこんなだったな~と、ゲーム画面でお馴染みの顔を見つめます。
少しばかり逃避していた私に、目の前まで来たモーリッツ様から声が掛かりました。
「ディートリンデ、だよな?」
自信なさげ問い掛けですが、初対面の相手に呼び捨てとかどうなんでしょうか?
もちろんその辺りの機微は一切出さず、イレーネ直伝の鉄壁笑顔で挨拶を返します。
ちなみにアウグスト様は、モーリッツ様からのファーストコンタクトを取られたからか、仏頂面です。しかしそんな顔でも整って見えるとはイケメンは得ですね……
「いやあ見違えたよ、すげードレス似合ってんだな」
貴族とは思えない口調ですが、そう言えばそう言うキャラでしたっけ?
後ろではその非礼っぷりに妹令嬢があわわとし、先ほどとは別の意味で涙目になっています。きっと気苦労が耐えないタイプなのでしょうね。
イベントはつつがなく回収はされてしまったので、私は憤った鬱憤をぶつけておく事にしました。
「始めまして、ギュンツベルク子爵のディートリンデと申します。お名前をお伺いしても宜しいですか?」
だってね。私ルートに一切入らなかったのですから、私達は初 対 面ですよね!?
この時の私の声のトーンは普段の二段階ほど低いかったらしく、アウグスト様が慌て気味に、「ブレンターノ伯爵家のモーリッツだよ」と仲裁してくれました。
知ってるっつーの。
ご自分の非礼に気がついたのか、モーリッツ様が慌てて自己紹介を。ついでに妹令嬢のファニー様のご紹介をしてくれました。
さて、モーリッツ様はアウグスト様としばし談笑。
会話はこれが二度目だと思うのですが話は弾んでいるようです。素晴らしい補正力です。
余った私はと言うと、先ほどからじぃーっと妹令嬢の視線を受けています。
何ですかね、この視線……
耐えかねて問い掛けてみれば、「ドレスがとても斬新で、見惚れておりました」だそうです。
なんと正直な娘でしょうか、社交辞令なしにはっきりと「ドレスが」と言うところが好感が持てます。
「エルゼ様にデザインして頂きましたの」
しばしの間、妹令嬢とドレス談義をして過ごしました。
残念ながら夜会はしっかりとイベント回収が行われて終了したようです。
本家悪役令嬢の早業には舌を巻くばかり。
本当に私は何をしにきたのか……?
■幕間
来客のご挨拶の隙間を狙い、私はアウグスト様の袖を摘まむと、
「本日はおめでとうございます」
と、笑顔でご挨拶です。
「え?」
「ん?」
あれ、何か違ったかな?
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