10 フェスカ侯爵邸(あ)
夜会の日になると俺は、ディートリンデを迎える為に馬車でギュンツベルクの屋敷へ向かった。
応対した執事に要件を告げれば、すぐにギュンツベルク子爵が出てこられて挨拶を交わした。
「今日はわざわざ有難うございます。あの
確かに少し変わったというのには共感できるな。
こちらの方が家の爵位が高いとは言え、相手は当主だ。失礼の無い様に礼儀を尽くして挨拶をすれば、あちらも爵位を気にして挨拶を返す。そんな挨拶合戦をしている間に、ディートリンデが降りてきたようだ。
視線を向ければ、いつも眠そうだった瞳はぱっちりと開き、涼しげな水色の瞳が眩く光る、そして不健康だった肌の色は艶やかになり、ほんのりと朱がさしていた。
そしてドレスは、流行の飾りたてた意匠ではなく、簡素な感じではあるがディートリンデの清楚な雰囲気をより良く見せており、とても良く似合っていた。
食堂でチラリと見かけたとき、その変わりように驚いたのだが、今日のは格別だ。
あの時でさえ見惚れたというのに……
「アウグスト様、本日はお迎え頂き有難うございます」
彼女はとても綺麗な笑顔で微笑んだ。
この笑顔が今は俺だけに向けられていると思うと感動を覚える。
しばし見惚れて固まっていたらしく、彼女は小首を傾げながら、
「何か変でしょうか?」
と、不安げに見上げる表情がまた可愛いかった。
あ、あぁ?
何とか「そ、そんな事はない。と、とても良くお似合いです」とだけ言う。
これは……うん。
屋敷に帰ったら真剣に父に相談してみよう。
■
屋敷に帰ると早速、リンデを両親に紹介するため会場の準備が進むホールへ向かった。
今後の話を進めやすくする為にも、父か母のどちらかでもリンデを気に入ってくれると良いのだが。
しかしそんな心配は杞憂で、両親の前にリンデを連れて行けば、俺が何か言うより先に母が大興奮してしまった。挨拶もそこそこで母に強奪されていくリンデ。
予定とは違ったが、どうやら母は味方に引き込めそうで安心した。
「父上、実は折り入って相談があるのですが?」
そう言って切り出すと、
「アウグスト、お前。あの令嬢と正式に婚約する気は無いか?」と、逆に聞かれる始末だった。
「は?」
「だから正式に侯爵家の嫁として迎えないかと、聞いているのだが?」
父はリンデを見ながらそう言った。
その話は、まさにこれからどうお願いしようかと頭を悩ませていた話だ。まさか父の方からそんな提案があるとは、願ったり叶ったりの話で逆にこちらが驚いた。
「実は父上にその件をお願いしようと思っていました」
父は視線はあちらに向けたまま、「やはりお前も乗り気だったのか」とニヤリと笑った。
「ギュンツベルク子爵令嬢と言えば全然パッとしないと噂されていたのだが、なんのなんの物凄い美少女じゃないか。驚いたぞ」
そして「あんな子が私の義娘になるとはなー」ともはや決まったも同然と言う父。
侯爵との縁談を断る貴族は居ないという自負の表れなのだろう。
しかし、ギュンツベルク子爵違う。
「実は父上、その話なのですが……」
そう言って伝えたのは、ディートリンデとギュンツベルク子爵の侯爵家への扱いだった。
つまり、あの二人は家柄なんてこれっぽっちも見てないぞと言うことだ。
「は? 侯爵家に嫁げるんだぞ、何を馬鹿な」
「ですから、そう言う家柄ではないのですよ。だから困っているのです」
「ふむ、では仕方が無い。エスコートの依頼は出してやるから、あとはお 前 が 頑 張 れ!!
いいか? あんなに機嫌が良い母さんは久しぶりに見た。意味は分かるな? 分かるよな!?」
そして、「頼んだぞ!」と言って俺の肩を力強くガシっと叩いた。
夜会の開催まであと少しと言う時、
「アウグスト、こちらに来なさい」
そう母に呼ばれて近づけば、
「貴方とリンデちゃんを開催の挨拶で紹介するから、しっかり挨拶を考えておきなさい」
といわれて驚く。
「今日参加してくる貴族なら、きっとその挨拶の意味を理解してくれるはずよ」
なるほど、リンデと一緒に挨拶することで婚約間近とアピールするのだろう。
外堀から埋め始める母が頼もしくもあり、戦慄をも覚える。
さらに母は、
「あと主催者のダンスは貴方たちが踊りなさい、いいわね?」
そして母はほくそ笑み、続けて「ちょっと難しめの曲をかけるから」と言った。
「それは構いませんが、リンデはダンスが得意なのでしょうか?」
それを聞き呆れ顔になった母は、「馬鹿ね、令嬢のミスをさりげなくフォローする事で好感度を上げるのよ。いい? 貴方が失敗したら許しませんよ!」
その笑ってない目、怖いって。
■幕間
馬車の中。
思春期の少年のような自分に驚き、もはや動揺が隠せない。
さっきから隣に座るリンデからとても良い匂いがしているのだ。それにぽぅとしていると、気づけばそちらに向いていたらしく、彼女がチラッと俺に視線を向けるのだ。
それに悪反応してしまい露骨に視線を反らしてしまう。
あぁまたやってしまった……
幸いリンデは気づかなかったのか、また何事も無いかのように正面を向いた。
危ない、ドキドキしながらそう思う。
そ、そうだ会話しないと!
そう言えば俺は、普段ほかの令嬢と何を話してたっけ?
……猛禽類って呼んで会話なんてしてねえや。
あっまた良い匂いが……(ふりだしに戻る
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