09 フェスカ侯爵邸

 フェスカ侯爵家へ向かう馬車の中。


 私が表面上の笑顔の裏でプレイヤーへの妨害方法を考えていると、時折隣のアウグスト様からチラチラと視線を感じます。

 何か御用かとそちらを向けば、露骨に顔を背けられる始末。


 そんな露骨な、見てませんよアピールも片手を超えました。


 これは一体……

 どこからどう見ても挙動不審です。


 こういうやり取りが軽く両手を超える頃には、アウグスト様は顔を真っ赤にして額に珠の様な汗をかいていらっしゃる。


 体調でも悪いのかと、問い掛けてもしどろもどろに「大丈夫」と言われます。

 本人が大丈夫と言っているのだから~と、思いたい所ですが……、これ絶対大丈夫じゃないよね?


 せめて汗でも~と、ハンカチを取り出して近づけば……

 ズザザッ!!

 と、物凄い勢いで車内の限界位置まで避けられました。

 流石は侯爵家の馬車はお広いですね、……じゃなく。


 差し出した手が非常に気まずいですが、一旦撤退です。



 よくよく思い出してみれば、私は仕方なく誘われた令嬢でした。

 私とアウグスト様は食堂の一件を除けば、ほぼ初対面の相手です。ゲームをプレイした記憶があるので、私には初対面に感じませんがアウグスト様は違います。

 人見知りな猫とでも言いましょうか、少し距離を置いた方が良さそうですね。


 視線を向けられても~見ない~見ない。我慢我慢~。


 それにしても私が振り返らないと、無遠慮にマジマジと見つめられるのですが……

 もうね、ガン見ですよこれ。

 果たしてどこまで我慢すれば良いのか?


 チラッ?

 バッ!


 どうやらこの大型の猫はまだ慣れないようです。



 馬車に揺られつつも視線に耐える事、数十分。

 馬車は大きな門を潜り、フェスカ侯爵邸に入ったようです。


 馬車の窓から見える屋敷は、流石、侯爵家です。

 裕福とは言え所詮は子爵な我が家とは大きさが段違い、さらにお屋敷だけではく敷地の広さも比べ物になりません。



 視界に入るのは色取り取りの花が咲いた庭園。

 綺麗に整えられていて、花の配置にもセンスを感じます。きっと凄腕の庭師が丁寧に管理しているのでしょう。

 私が勝手に色々植えている我が子爵家とは大違いですね。



 暫くすると馬車が屋敷の前に止まりました。ドアが開けばアウグスト様がすっと先に降りられ、私の前に手を差し出してくれます。

 先ほどの挙動不審っぷりは既に無く、紳士様に早変わりです。



 エスコートされて玄関に入ると、使用人の方々がお出迎えしてくれました。

 角度の揃った綺麗なお辞儀で声を揃えて「いらっしゃいませ!」ですよ?

 流石は侯爵家です、使用人のレベルが超高いです!


 そして数も凄い……

 あっこれは今日が夜会だからかな?



 アウグスト様は執事らしき男性と二~三言ほど会話した後、

「うちの両親を紹介するよ」

 糖度十二分な笑顔を向けてそう仰いました。

 おぅ……やっぱり避けられないのか。


 執事さんの後に続くアウグスト様と私の図。

 ご案内と言っても、エントランスの目の前の扉を開ければ受付用の部屋があり、その奥のひときわ大きな扉の前に連れて行かれます。

 その扉を開ければ本日のパーティ会場でした。どうやら会場の準備は終わっており、身なりの良い夫婦が最後の確認をされているところのようです。

「父上、母上。ただいま戻りました!」


 お二人は「おかえり」と挨拶をし、その後の視線はこちらに釘付けになります。

 これは挨拶待ちですね、分かります。

「始めましてフェスカ侯爵様、フェスカ侯爵夫人。ギュンツベルク子爵のディートリンデと申します。本日はお招き頂きまして有難うございます」

 よし、噛まずに言えたわ。

 そして笑顔で締めっ、これ大事!



 言い終えるや否や、「きゃぁぁ!!」と甲高い声がフェスカ侯爵夫人より発せられました。テンションが淑女の常識レベルを振り切ってます。

 な、何事!?


「なんて可愛らしいご令嬢かしら!!」

 侯爵夫人の社交辞令とは思えない驚きっぷりから、一体どこにそんなモノがいるのか? と、私も驚きを隠せません。

 実は後ろに?

 と、キョロキョロしてしまいます。



 さらに侯爵夫人の興奮は続きます。

「そのドレスも斬新で良く似合ってますわ。流石は有名デザイナーのエルゼ様ですわねっ!」

 あぁ可愛らしいとはドレスのお話ですね、納得しました。

「申し訳ございません、お礼が遅れました。本日の夜会の為に、こんな素敵なドレスを頂きまして有難うございます」

 危ない危ない、フォローはギリギリ成功ですよね?



 私の何が気に入られたのか、私は侯爵夫人に連れられ会場内の花の配置の最終確認に付き添う事になりました。

 アウグスト様はお父上である侯爵様とお二人でお話中ですが、時折お二人の視線をひしひしと感じます。

 テンションが高いままの侯爵夫人が心配なのでしょうかね?



「ねえ、リンデちゃん。この花瓶だけどあっちの花瓶と交換したほうが良いかしら?」

 いつの間にか愛称で、ちゃん付けになってますがスルーします。

 ちなみに、侯爵夫人と呼べば、「お義母様でいいわよ」と仰いますが聞こえません。



 さてくだんの花瓶ですが、片や使用人が持つもの、片や設置済みな綺麗な花瓶と、きっとどちらも高価な物なのでしょうが、鑑定師でもない私には違いなんぞ分かりませんよ……

 そもそも侯爵家の優秀な使用人の方々が、抜群のセンスで花を刺して配置されていますので、素人の私が言えることは何も無いのです。

 しかし侯爵夫人からは幾度と無く意見を求められると言う、良く分からない試練を味わっています。



「そうですね、この花瓶は少し花を間引いてはどうでしょうか?」

 花瓶を聞かれての答えがこれとか自分でも首を傾げますが、我が家では見慣れていないほどの花の量だったので気になったのです。

 まぁ格の差からでる貧乏人の意見です。


 しかし侯爵夫人はその答えがお気に召したようで、手の開いている使用人に指示を出してしまいます。

 夫人の指示通りてきぱきと動き出す使用人の方々。

 うぁぁ、申し分けなさで胸が一杯に……


「ねえねえ、今日の侯爵家の夜会、なんか貧相じゃなかった?」とか言われたら私の責です。ごめんなさいごめんなさいぃ!




 そんな事をしているうちに、夜会の開催時間を迎えてしまいました。

 私の席はと……、侯爵様・侯爵夫人・私・アウグスト様?

 ちょっ、並び順がおかしくないですか!?

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