17 軟禁ですか?

 時刻はそろそろお昼時でしょうか?


 私が居るのはフェスカ侯爵邸。

 早朝にモーリッツ様に連れてこられて、かつ、置き去りにされてからずっとこのお屋敷に居ます。

 午前中、アウグスト様は侯爵様のお仕事を手伝うのが日課だそうで、執務室に篭ってお仕事をされていますので不在です。


 そんな私の相手は侯爵夫人でした。

 二人でサロンでお茶をし、他愛も無い会話をしていました。

 最初はドレスやらのお話し、続いて本のお話し、さらに続いて夫人の趣味である歌劇の話でした。

 普段、外に出ないので歌劇は観ないのですが、原作は書籍ですから話は通じます。


 そんな事を言えば、今度ご一緒に歌劇を観に行く約束が入ってしまいました。

 これは墓穴でしょうか?



 夜会の際に庭の花が気になったと言えば、庭園の方に席を移してお茶を頂きました。

 花の説明を受けつつ、色々な珍しい花を鑑賞させて頂きました。

 さらにお土産にと立派な切り花の花束を頂きました。

 花を頂いて嬉しいのが半分、お土産=帰れると安堵したのが半分です。



 で、冒頭に戻りましてそろそろお昼時です。


 執務室からアウグスト様と侯爵様が仕事を終えて出ていらしたので、四人で昼食を食べる事になります。

 だから何で私はここに座っているのでしょうか?



「午前中は申し訳なかった。午後からは少し出かけましょうか」

 アウグスト様が糖度十二分の笑顔でそう仰いました。

 侯爵夫人が、あらあら仲が良いわね~と相槌を打つ中で、本が読みたいのです。だからそろそろ帰りたい……とか言えず。

「えぇ喜んで」

 と、社交辞令を返します。

 おまけの笑顔を付ければ、顔を赤くして視線を外されました。

 あれ~この猫懐いてきたと思ったのになぁ



 馬車が準備され、街へと向かいました。

 侯爵様の嫡男です、きっと護衛も一杯いるんだろうな~と思いつつ、貴族御用達の立派な店を見て周りました。


 たとえばこの前無理を言ってドレスを作って頂いた、エルゼ様のお店とかね。

「いらっしゃいませ、お嬢様」

 にこやかに出迎えてくれたのは、デザイナーで店主でもあるエルゼ様です。お忙しい方なのにわざわざご挨拶して頂けるとは、侯爵家の力は偉大ですね。


「お嬢様のお陰でドレスの注文が増えております」

 と、これは社交辞令。

 だって、もともと順番待ちの超行列じゃないですかこのお店……


 その会話の中で見せて頂いたのは、前回私が着た様なシンプルなドレスです。

「こちらはレディメイドなのですが、あの夜会以来、このような意匠のドレスが良く売れておりますわ」

 なるほど、私と同じ様な悩みを持つ人は案外多いようです。

 地味っ子にフリフリドレスはねぇ~、うんうん。


 ちなみにお隣にいらっしゃるアウグスト様も、しきりにあの時のドレスを褒めてくれます。気づけば、それほど興味を示さない私をそっちのけにし、二人は盛り上がり始め、話の流れが新しいドレスに行きかけた所で、

「アウグスト様、次のお店に行きませんか?」

 と、小首をかしげるポーズに笑顔を見せてアピールです。


 お高いオーダーメイドを何着も頂いてはあらぬ誤解を受けますからね!




 何とか上手く切り抜ければ、次は貴金属のお店でした。

 一難去ってまた一難。

 下手をすれば、ドレスなんて真っ青なくらいの額が出て行くこともあるから危険です。

 と言うか、ただの学友でしかない私をこんな店に連れて行くセンスが分かりません。


 アウグスト様は色々な宝石を手に取ると、しきりに私に当ててきます。首であったり、耳であったり、はたまた髪の毛だったりと大忙しです。

 特に私のアイスブルーの瞳と同じ色のアクアマリンのイヤリングはお気に入りのようです。

 是非とも買いましょうアピールは無視。


 ここも何とか事なきを得ることができました。




 若干気落ち気味のアウグスト様が、次に向かったのは本屋!

 俄然テンションが上がります。

 もしやゲームの攻略アドバイスを思い出したのでしょうか?

 確か私とのデートは本屋と花屋が好感度が上がるポイントだったはずって、私ってかなり地味じゃね……



 その辺りの機微は不明ですが、本屋に入りました。

 最近はダンスレッスンの弊害で読書時間が減ってますので、実は久しぶりの本屋さんです。 所狭しと本が並ぶお店の中を、まずは王道の新刊コーナーから見て周ります。


 あら、あの作者の新刊が!

 おっとこっちは続編ですね、ふむふむ。


 ふむ……。


 ……。



 先ほどから肩をちょんちょんと突かれる感覚があります。


 振り返れば、アウグスト様が遠慮がちに突いていました。

「なんでしょうか?」

 そう問い掛ければ、「そろそろ帰りませんか?」と仰います。

 はぁ? いま来たばっかりでしょ!? と、外を見ると、夕日が見えました。


 あっ、……数時間の記憶が無い。



 本にのめり込み、一緒に来た方を放置すること数時間とか、申し訳なさで一杯です。

 それでもアウグスト様はお優しくて、

「よければその本買って行きますか?」と、問われます。


 そんな私の手元には六冊ほどの本が……

 うぅこんなに手に取った記憶もない。

「イエ、ダイジョウブデス」

 断ってはみましたが、「続きが気になるでしょう、やはり買って行きましょう」と言われて購入されました。



「こんなプレゼントで申し訳ないですが、受け取って頂けますか?」

 そう言いながら糖度の高い笑顔を頂きました。

 なぜか鼓動が早くなり、「あ、ありがとうございます」と言うのが精一杯でした。


 後で思い出せば、あぁ! 笑顔を忘れた!! と、自己嫌悪です。


 そして馬車に乗り、辿り着いたのはフェスカ侯爵邸。

 あれ?



 どうしようこれ? と青ざめましたが、そんな心配は杞憂で、なにやら父や母に渡してくれと言う荷物が乗せられると馬車は無事、我が家へ向かって走っていきました。

 あわや晩餐までご一緒するかと……ガクガク。

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