08 ガンッ!?

 おかしいのです。

 日々ダンスの時間が延びている……


 夜会シーズンの今は学園の授業は殆ど無く。

 かといって夜会にも参加しませんので、日々趣味に生きていた私です。

 今までもそうでしたし、今年もそうなる予定でした。


 しかし今回は参加したくも無い夜会があります。

 そこで恥をかかない準備といわれれば、やむなしと多少の時間は割く所存です。

 ところが当初こそ読書の一部だったはずのダンスレッスンが、気づけば読書時間のほぼすべてを侵食していました。


 残されていた花壇の管理と言う名の土いじりの時間も、いつの間にか礼儀作法の時間に取って代わられています。

 歩き方や立ち振る舞いまで、基礎の基礎までみっちりと……幼少以来ですよ、頭に本を乗せて歩いたのなんて!


 それにしてもイレーネが厳しい。

 まじ容赦ないです。


 イレーネの口癖は「はい笑顔」「背筋伸ばして」「顎上げて」「下向かない」って所でしょうか?

 えぇ上達しない私が悪いんですね、分かります……



 長い長いダンスレッスンが終わると、家族で晩餐を頂きます。

 音を鳴らさないように(後ろにイレーネが居るんです)、細心の注意を払って食事をしている私に、お父様が言いました。

「リンデは最近良く食べるようになったね」

 ガチャッ!

 後ろに控えるイレーネからは即座に「お嬢様!」と小さな声でお叱りを受けまして~


 今のは仕方ないと思うんですよ、だって年頃の娘に対して「良く食べる」とかっ、普通言いますか? 気づいてても言わないでしょ!?


 そんな時でも笑顔を忘れず、

「そうでしょうか?」

 と微笑めば、

「うん、肉付きが良くなったよ」

 ガンッ!

 おっと、肉にナイフが刺さってしまったわ。

「ひぃ!」

「お、お嬢様!?」と、これは焦り声のイレーネ。


 よもや太ったなどと……、もう無視ですよ!!

 ささっと自分の分を食べ終えると、私は晩餐の席を立ち部屋を後にします。後ろではお母様がお父様を諭していました。



 食事を終えると入浴。

 今までの生活だと、入浴後は就寝まで本を読みます。本にのめり込んで夜更かしも多く、目の下にクマが出来る事もしばしば……

 面白い本って止め時って難しいですよね~


 しかし最近はと言うと、入浴後は翌日に疲れを残さないように侍女からマッサージと言う名のエステを受けます。

 お風呂上りのポカポカの状態で、疲れた体を揉み解されるととても気持ちが良いのです。

 だって気づけば朝なんですよ!




 私がダンスやら礼儀作法のレッスンを受けていると、ごく稀にお母様が見学にいらっしゃいます。

「イレーネに教えてもらえばバッチリよ!」

 そう言うときのお母様の目は、どこか遠くを見ているように感じます。


「お母様もイレーネから?」

 そう問い掛ければ、見る見る目が泳ぎ始め扇で顔を隠されてしまいました。お母様は挙動不審なまま、一切視線を合わせることなく無言で自室に戻って行かれました。


 昔の辛い記憶を呼び起こしたのでしょうか……

 私ももう少しで開けそうかも?




 夜会まであと一週間と言う頃、オーダーメイドのドレスが仕上がり、最終調整を行うためにドレスの試着を行う事になりました。

 試着とは言え、最終調整ですから当日と同様に気合の入った化粧が施されます。


 調整はほんの少し、サイズが上がる部分がありました……胸以外で。

 悔しいのでお父様を呪っておきます。


 調整を終えて化粧もバッチリ!

 鏡の中の女性は、もはや私の面影がありません。

 なお侍女らは絶賛(きっと社交辞令)、お母様に至っては唖然とされています。実娘に対してその態度はどうなんでしょうか?


 しかし鏡の中の自分よ、これなら多少は見れるんじゃない? と、錯覚できるほどには良い感じですね。

 この変身姿はデザイナーのエルゼ様にも予想外だったのか、物凄いほどの驚きの表情を見せています。願わくば良い方向で予想外であって欲しいと思います。


 そしてお約束の社交辞令では、

「お嬢様の可憐さと清楚さがとても上手く表れていますわ」

 なるほど地味を可憐と清楚に置き換えますか、物は言い様ですね。


 ドレスも完成し、私の特訓も最終段階へ?

 最終段階じゃ無かったら……ガクガク。



 ついに夜会当日を迎えます。


 予定では開始時間の前に、フェスカ侯爵家より我が子爵家に馬車が迎えに来きます。

 それに間に合うように余裕を持って準備を始めたはずが、準備が整ったのは予定時間の少し前。見れる程度まで私を変身させるには多大な時間が掛かるようです。


 ドレスばっちり、化粧ばっちりと鏡の中の自分を見ていると、執事のセリムよりフェスカ侯爵家の馬車がお迎えに来たと報告がありました。


 私がエントランスに向かえば、お父様とアウグスト様がお話されています。

 どこかで見た光景……


 こちらを向いてらっしゃったアウグスト様は、階段を降りてきた私に気づくと、会釈も忘れて目を見開き驚きの表情で固まりました。

 あれ、何か変かしら?


 あっ……扇!

 部屋に取りに戻ろうとすれば、侍女から扇がそっと手渡されます。

 狼狽を見せずなるべく優雅に受け取りつつ、他には、無いわよね? と頭の中で確認します。

 うん、大丈夫!



 さて気を取り直して、

「アウグスト様、本日はお迎え頂き有難うございます」

 シンプルなドレスを持ち上げてちょこんとお辞儀すれば、私の声にお父様が振り返り、そしてアウグスト様と同じく固まりました。

 二人揃って一体なんですか!?



 二人のフリーズは私がアウグスト様の隣に行くまで続いてました。

 意味が分からないので首を傾げて「何か変でしょうか?」と、問えばアウグスト様は取れそうなほど首をぶんぶん横に振られて「そ、そんな事はない。と、とても良くお似合いです」と、顔を真っ赤にして褒めて社交辞令くれました。


 そんなに振ると髪のセットが乱れますよ? とか、そんな事はおくびにも出さず、「有難うございます」と、笑顔で返します。


 えぇもちろんイレーネの教育の賜物です。




■幕間

 夜会に出かけた後の子爵夫婦の会話。

「お母さん! リンデをみたか?」

「えぇ見ましたよ」

「もの凄い変わりようで、一体どこの令嬢かと思ったぞ!?」

「運動してしっかりとした食事、それに十分な睡眠を摂ってますからね、健康的になったんでしょう」

「それにしても変わりすぎだろう?」

「あら、あの子、素は良いんですよ。だって私の子ですもの」

「ソウ、ダネ」

 このとき子爵様には肯定の返事しかなかったと言う。

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