36 再来、エッカルト
侯爵家に嫁いで始めての夜会シーズンに入りました。
侯爵家の爵位はまだお義父様にありますので、私達の参加する夜会は本来なら多くはありません。
しかし今年は結婚一年目と言うことで、お披露目の意味も込めて
そんな忙しい最中で、なにやら不本意な噂が上がっていると知ったのは、シーズンの半ば頃のことでした。
『フェスカ侯爵の嫁は清楚で可憐で、ダンスがとても上手だそうだ』
それは一体どこの嫁の話のことでしょうか……
前々から度々上がる清楚で可憐なの下りは旦那様補正による贔屓目が必須ですし、ダンスに至っては、いつも一杯一杯でステップを思い出しながら何とか踊っている状態です。
まったく事実無根な噂ですよ?
しかし噂と言うのは尾ひれが付きまくる物で、気がつけば侯爵家の若夫婦は社交界一のダンス上手とまで話が飛躍していたのです。
来ました、社交界一!
ないわー……
しかしそれを聞いたお義母様は大層ご機嫌でいらっしゃいました。
最近ご一緒するお茶会では、『うちの嫁が嫁でね~嫁なのよ~』と、嫁の間には
もうやめてください……
とある休日の昼下がり。
午前中の間に日課の土いじりも終え、屋敷の花瓶の花を変え終わり、リビングで本を読んでいると、急ぎ足のアウグスト様とお義母様が入っていらっしゃいました。
「リンデ、大変だ!」
私が本から顔を上げて、「どうしました?」と聞きますと、彼は一通の封書を差し出してきたのです。
どうやら夜会の招待状のようです。
それ受け取り裏面を見ると、署名欄には『エッカルト伯爵』と書いてありました……
うん、私は何も見なかった。
キョロキョロと左右を見てサイドテーブルに目をつけ、スッと封書をおいて読書を続けようと視線を落とせば、
「いやいや、駄目でしょう。何を流そうとしてるの!?」
アウグスト様から盛大な待ったが掛かったのです。
いえね、
そもそも私達はあの一件から出入り禁止でしょうに……、それにあの方の
そんな事をオブラートに包んで伝えてみます。
「リンデちゃん。実はね、エッカルト伯爵は大層ご立腹だそうなのよ」
お義母様はそう前置いて、今のエッカルト伯爵の現状をお話されたのです。
エッカルト伯爵ってばいつもご立腹だなーと思いながら、私はしぶしぶその話を聞きました。
大変不本意ですが、件の噂で今の社交界一のダンス上手はフェスカ侯爵の若夫婦である言われてしまっています。
そしてもう一つ、周知の事実でダンスと言えばエッカルト伯爵です。そりゃ夜会と称して毎年ダンスパーティまで開いているのですからね、これは当然でしょう。
では、その噂の二人がなぜエッカルト伯爵の
その二人が出ない中で、何がダンスの最優秀パートナーだと。
世間の方々の仰る事は至極ごもっともでした……
しかしながら私達がエッカルト伯爵のパーティに出ないのは、二年前に
むしろその節は有難うございますと言いたい!
「それが今年は来たのよ! あちらが誠意を見せて折れて来たのだから、こちらも誠意を見せるべきです」
なるほど、そう言う理屈になる訳ですか……
私がアウグスト様に視線を向けると、彼は『任せるよ』と口パクを伝えてきます。
「どうしても出席しないと不味いでしょうか?」
地味に出たくないのよーとアピールしてみますが、お義母様の返事は「出なさい」から変わりませんでした。
あれ、任されたはずが最初から決定権なんて無かった!?
エッカルト伯爵と言えば……
えぇ日々のダンスレッスンの時間が増加しましたとも。
だから出たくないとあれほど言ったのに。
そして万全を期して迎えた当日。私はエルゼ様の新作ドレス、その名も踊って回ると花が咲くのよバージョンを着て出陣です。
受付では前回と概ね同様な説明を聞きます。
しかしこの受付嬢、『最後に』のトーンがとても強い。さらに説明の終わりにもう一度『最後に』の件を繰り返し説明しだしました。
前科者でスミマセン……
私達が会場に入るや否や、周りからの注目度が半端無い。指を指す様な不躾者は流石に居ませんでしたが、会話の節々で「あれがフェスカ」だの、「噂の若夫婦」だの、「確かに清楚で可憐だ」とか、ぽろぽろ聞こえてくるのです。
う~ん最後は違くないですかね?
注目度が半端なくとてもとても居心地が悪い状態のため、私達は暫くは様子見に徹する事に決めて壁端に下がります。
ダンスホールでは複数のパートナーが踊り、曲が終わればミスをしたペアが徐々に抜けて行きます。相変わらず、序盤の曲で失敗するパートナーには容赦ない失笑と言う洗礼が入ります。
だからこのパーティ嫌いなんですよ……
見れば見るほど踊りたくなくなるパーティなのですが、全く踊らないと言うわけには行きません。嫌な事は早く終わりたいという心理から、私達はきっと人がもっとも多いだろう二セット目でダンスの輪に入りました。
ほら人間心理って初回より二回目ですよねーって奴です。
しかし!
私達が入るや否や、輪から抜けていくペアが続出します。
最終的にはかなりの数のペアが居なくなりまして、注目度が抜群になりました。
……これは何かの苛めですか?
そして曲が始まり……
って、
どう考えても先ほどの一セット目の曲とは難易度の違いすぎる曲に驚きを隠せず、アウグスト様を見れば、「こういう手で来たか」と、不敵にニヤリと笑っています。
あらカッコいいわ、私の旦那様。
つまりこれは、ダンス上手と言う噂の私達を狙い撃ちした嫌がらせと言う奴ですか?
と、小声で問うた私に、
「そうだよ、だから、しっかり踊りきろうか」と、今度は糖度十二分の笑顔を見せてくれました。
いつも通りの笑顔に、私の緊張も解れ、すべての曲を踊りきる事が出来ました。
曲がすべて終われば、難易度が馬鹿高い曲ばかりだった事もあり、残っていたペアは私達だけ!
会場から盛大な拍手が贈られたのです。
ふう満足です!
ある種の達成感を覚えて満足した私達は、やっぱり『最後のこと』などすっかり忘れてホールを出ようとしまして、今回は受付の人に必死に止められて思い出しました。
しかしその行動の一部始終見ていたらしいエッカルト伯爵からはさらに嫌われる結果となり、最後の最優秀パートナーの発表では、苦渋に満ちた顔の
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