第16話 大町小町①

「ちょーっとーっ! あなた達、こんなこところで何やってんのよー!」


 その声は老舗ホテル正面入口の大階段の上から聞こえた。

四人が一斉に声のする方向を見ると、その声の主は大町小町であった。


 相変わらずの上からの台詞に真っ先に反応したのは史龍。

「うるせーなー! お前こそなんだよ! 偉そうに吠えやがってよー!」


「私はここで仕事があって来てるのよ! あなた達みたいなのにはわからないでしょうけど、有名ブランドの新作発表のレセプションにゲストで呼ばれてるのよ」


 小町をよくよく見ると、ブルーの光沢あるロングドレスに身を包み、衣裳にあわせた艶やかなメイクをキメて、一段と美しさが際立っているのがわかる。


が、そんなファッション誌から抜け出してきたかのようなメイクアップされた小町の光沢ある美しい唇から発せられる言葉は四人を罵倒するものだった。


「あのねー! 私のことがいくら気になるからって、こんなところまで追っかけて来て欲しくないわけ。さっさと帰りなさいよね!」

「なんだとー! 誰がお前みたいな奴のオッカケなんかするかよ! 俺たちには俺たちの理由があってここに来てるんだよ。おい、亮もお前らもあのバカに何とか言ってやれよ」


 カッとなって赤毛の髪の毛がいつも以上に逆立っているかのような史龍。しかし冲也は知らん顔といった体で俯いているし、達也は女神でも見ているかのように小町に見惚れてしまっていて史龍の声は全く聞こえていないようだ。


そんな中、唐突に亮が口を挟む。


「大町さん、やっぱりここにいたんですね。実はあなたに少しだけお話がありましてね」


「!!! はぁああ〜っ! おい、亮! どういうことだよ!」


 史龍が声を荒げると、冲也がそれに答える。

「彼女こそが、さっき亮が言っていたもう一つの条件ってのに関係があるってことだろう」

「さすがは冲也君ですね。お察しの通りですよ」と亮が感心する。


「な、なんだと〜!」


「なんだとーじゃないわよ! ツンツン頭は黙ってなさい。それから、あなた、名前ジョウだっけ? あなたってば昼間に私のことをバカにしたくせに、今更どんな話があるっていうわけぇ?」


「まあまあ、穏やかに話しましょうよ。僕は大町さんのことをバカにした覚えはありませんよ。むしろ、大町さんはまさに天井天下唯我独尊とでもいうべき完璧な女性だと思います。そして、何より貴女こそが、この現代世界の六鍵守護者ろくけんしゅごしゃなのですから。それから...僕の名前...間違ってますけど......」


「ろくけん? ろっ? なに? ロッケンロール?? 何の守護者ですってー?」


 小町は亮の名前を間違って呼んでいたことには全く触れず、聞きなれない言葉に反応する。


 亮は少しだけ苦笑いしながら、白い羽扇を取り出すと手のひらに盛られた雪のような粉を突然に羽扇で仰ぐ。

羽扇に仰がれた雪のようなその粉は空気中に舞い上がってゆく。


その粉がキラキラと光って舞い上がるなか、亮は話を続ける。


「大町さん、あなたはこの世を含めた全ての迷いの世界で、Keeper of the six keys(六鍵守護者)と呼ばれている方なのだそうです。六鍵守護者ろくけんしゅごしゃとは、六つの鍵を守る六人の守護者のことで、貴女はその一人だということのようです」


「ーーーー??」

「………………」


 誰もが亮の言葉を理解できていない。


 更に彼らの周囲には大勢の人々がいるのだが、不思議なことに小町、亮、そして史龍たち三人の会話を周囲の人々は誰もがまったく関知していないかのように見える。いつの間にか、まるで別空間の中にいるような状況になっていた。


 そのことに気がついた冲也は周囲を見渡しながら皆に伝える。


「おい、何か妙な雰囲気だと思わないか?」

「確かにな。このあたりだけが特殊な空間になっているように感じるぜ」

同じように違和感を感じた史龍が答えた。


「お気づきになりましたね。実は、僕らのいるこの空間に簡易的な結界を張ってみました。どうやらうまく張れたようなので、今は僕ら四人と小町さんだけが現世と隔離された状態にあるのですよ」


「なるほど! どーーーりでねぇ………って! おいっ!! なんだそりゃああ!」


「………おい、史龍、亮の言うことにいちいち反応してないで、いい加減に慣れたらどうだい。達也を見ろよ、一言も発しないで冷静なもんだよ………」

 

 史龍と冲也は達也に目を向けるが……達也は相変わらずピクリとも動かず小町に見惚れてしまって、石のように固まっている。


「おーーーーい! こいつ、冷静どころか、あの女を見て固まっちまってるぞ!!」

「達也—っ! しっかりしろよ!岩みたいになってるぞ! メデューサでも見ちゃったのかー!?」


冲也は達也の腕を引っ張って身体を揺さぶるが、小町を凝視したままの姿勢は崩れない。


 それを聞いていた小町の形相が更に険しくなる。

「ちょーっとーーーっ!! 誰がメデューサなのよーーー!! 失礼にもほどがあるわよ!」


 小町の怒鳴り声で我に帰る達也。

「ん!? あれ? どうしたんだ? メデューサ? あのメデューサが何かしたのか??」


「コラコラコラーー! あなた達は、まだ私を愚弄する気なのーーー!」


「ん!? 彼女は何故に激怒しているのだ?」


「お前があいつを見て、石みたく固まっちまうから、こんなふうになったんだろ! あいつ外見は綺麗に着飾ってるけどよー、その正体はきっと恐ろしい妖怪かもしれないぜ! お前は惑わされちまってんだよ!!」


 呆れ顔の史龍が視線を達也から小町に移しながら答えると、達也も畏れおののいた様子。

「なんと!! 奇っ怪な!!!」


「あ~~、もうホント頭にくるわねーー! この私が妖怪? 魔物? あなた達みたいなのに言われるとホント、ムカついてくるわ!!」


 怒髪天を衝くかのような怒気を放ち、夜叉のごとき形相の小町はドレスの裾をたくし上げながら階段を降り出した。


その姿を見た達也が思わず、何かを唱え出す。

「ナウマク サンマンダ〜 バサラ…… 」


 そんな達也の魔除けの呪文は小町にはまったく意味はなく、当然ノーダメージの小町が階段を降りきると四人の前に立ちふさがる。


「はーーい! そこまでです!! 大町さん、あなたはとても美しく可憐ですよ。だから、そこの達也君はあまりの美しさに見惚れてしまっていたんですよ」


 亮の言葉に小町の表情は少しだけ穏やかになり、今にも飛びかかりそうな前のめりの体制からしなやかな姿勢に戻る。


「あら~、あなたはよ~くお解りになっているようね。そこのセンスの欠片もない腕力バカ達とは違うみたいじゃな〜い」


 小町は少しだけ冷静さを取り戻すと、亮以外の三人を見下すかのように挑発する。


「んだとぉーー!」

「随分な言われようだなー」

 史龍と冲也が小町の挑発に反応するが、達也はブツブツと小声で何かを念じている。


「悪霊退散、悪霊退散」


「...............」達也の呟きを聞いた史龍と冲也は、怒る気力が失せてしまう。


 そんな三人を尻目に亮が小町に話を続ける。

「この現世世界の鍵の守護者である大町さんは別名“詠唱の守護者”とも呼ばれているそうです。恐らくですが、この僕らの世界の鍵というのは、呪文、魔法の詠唱といった類いの物なのではないかと僕は推測しています」


 階下に降りた小町は先程までの剣幕とは違い、和らかな表情になって亮の話を冷静に聞いている。

それは、まるで小町に憑いていた悪霊の類いが退散したかのようで、つまりは達也の呪文が悪霊を祓った……………わけではなかった。


 憑きものが取れたような小町が切り返す。

「詠唱……っていうのは、何かを唱えるってことでしょう? その唱える行為そのものが、何かの鍵だというの? 鍵っていうのは物体ではないってことなのかしら?」


「今はまだ予測の域を超えられませんが、そういうことだと思います」


「あとひとつ、わからないことがあるのだけど、質問しても良いかしら?」

「もちろんです!」


「あなた、さっきから“この世界”とか“現世”とか、何か引っかかる言い方をしてるわね。仮に……だけど、この世界の他に違う世界があるということなのかしら?」

「答えはYESです! 僕らが生きているこの現世も含めて、6つの世界があると言われています。僕はそのことを知っているんですが、それを信じるか信じないかは皆さんの自由です」


「にわかには信じられないわね。」


小町は切り捨てるように即答するが、話を更に続ける。

「だけど、まあそれを立証することが出来るなら話は別よね。あなた、それを証明する方法とか持ってるわけ?」


「今、僕や皆さんがいるこの遮断された空間がそれを証明しているとは思いますが、もっと直接的に証明することが出来ますよ」

「あら、相当自信があるのね。わかったわ! じゃあ、いつ証明してくれるのか教えてよ」

「実は、僕もそのことを大町さんに相談しようと思っていたので大変助かります」


「ん? ……言ってる意味がよくわからないんだけど」


「つまりですね。それを証明するには、ある場所に足を運んでもらう必要があるんです。そして、それは大町さんだけでなく、ここにいる史龍君、冲也君、達也君の三人にもそこへ来ていただく必要があるんです」


 亮がそう言って三人を見やる。一瞬、何かを言いたそうな史龍も冲也も、そして先ほどまで何かを唱えていた達也も亮の意を酌み取ったかのように頷いた。


「そこに俺たちが捜している答えがあるということなんだね」

三人を代表するように冲也が答えた。


 三人の男たちの今までにない真剣な眼差しを見ながら小町も答える。


「わかったわ。条件次第だけど私もそこへ行くわ」


その言葉を聞いた亮は優しい笑みを浮かべながら、ゆっくり瞼を閉じた。


(癒し効果の高い芳香剤を撒き散らしておいて正解だったなー)


(あと、ちゃんと名前を覚えて欲しいよな~)


と、心の中で思うのであった。

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