第30話 月 英

 窓の下に得体の知れない化け物が群がる光景を見てしまった小町が、亮の方へ振り返って叫ぶ。


「ねえー、ちょっとー! あれは何なのよーー!」


 あれは何かと亮に訊いたところで答えを示してくれると思った訳ではないが、この意味不可解な状況について訊くことが出来るのは、理解し難い行動によって自分達をここへ導いてきた亮しかいないだろうと瞬時に判断した。


 しかし、その亮は夜空に浮かぶ月の灯りのように白い光を放つ羽扇うせんを拡げて、ブツブツと何かを唱えている。


 小町の声に反応して、窓際に集まっていた他の三人も振り返って無言で亮を見つめている。


 しばらくして、白く輝く羽扇うせんをパタンと閉じた亮が、窓際に佇む仲間に向かって口を開いた。


「皆さん、どうやらここはSix Roadのひとつ『餓鬼道』のようです」


「なんだよ、それ? っていうか、そんな説明よりもお前も外に群がっているゾンビみたいなのを見てみろよ! あれは何なんだよ! ゲームか映画の世界みたいになっちまってるけど、この先はどうするんだよ? あれとガッツリ戦えってことなのか?」


 誰よりも真っ先に、史龍が言いたかったことを吐き出すように述べると、小町が割って入る。


「ちょっとおー! 先に私が彼に訊いているんだから勝手に割り込んでこないでよ! あんたが入るとややこしくなるでしょー!」


「クッ………」


若干、最もなことを言われて史龍が口を閉ざすと、小町が続ける。


「違う世界に転移するのは賛同したけど、こんな醜い奴等がいる世界なんて聞いてないわよ! 普通は中世のヨーロッパのようなお城とか、白馬に乗った騎士とか、そういうファンタジーの王道のような美しい世界に移るものだと思うじゃないのよ。これは一体どういうことなのよ! もう一回、あのゲートを開いてやり直しなさいよ!」


「ええっ??」

史龍が呆れ顔で、“こいつは何を言ってるんだろう?”という表情になる。


「やり直す?? おい、亮! お主はそんなことが出来るのか!?」

屈託のない物言いで達也も小町に重ねてくる。


「ちょっと落ち着いてください。流石にそれは無理ですよ。僕は女神様でも神でもないのですから……」


「だろうねえ、小町もそんな子供みたいなことを言って亮を困らせちゃいけないよ」

冲也はこんな状況下にあるというのに相変わらず冷静だ。


「大町さん、そして皆さんも落ち着いて聞いてください。どちらにせよ、ここは僕らが前にいた世界とは異なる世界だということは理解しているはずです。我々の第一の目的は“餓鬼道”というこの世界の鍵の守護者を探すことで・・・それから、我々全員は九天玄女様のご加護を宿しているのですから何も案ずることはありませんよ」


「そういえば、あの女神様の加護を受けたような、だけど、それほど受けていないような、飛ばされる直前だったからイマイチ微妙な感じなんだよな〜、特に何かの力に目覚めたような感覚もあんまりないんだよなあ……」


 いつもと変わらず冷静な冲也が、亮の意見に否定的に返した。


「そんなことはないですよ。皆さんは元から九天玄女きゅうてんげんにょ様の加護を持って生まれてきたんですよ。ほら、皆さんはそれぞれが武道に長けているのがその証拠です。もとの世界では、少々リミッターのようなものが掛けられていたはずなので、さほど強烈さはなかったかも知れませんが、それでもその辺の武道家たちよりも皆さんの方が遥かに強いはずです」


「――――んっ? 女神の加護を持って生まれた……って? どういうことだい?」


「確かに! ハッタリとは思わないが、妙な話だ……かなり気になるな」


冲也だけでなく、黙って聞いていた史龍も同調する。


「亮、その話って、転移陣が出現した時に、どさくさ紛れにあの女神が言ったことと関係あるんだよね?」

「.........そういやあ、なんか俺たちをソウゾウ?……創造したとかなんとかって言っていたな……」


「僕も皆さんのことは、まだ知ったばかりなので詳しいことや、エビデンスになるような情報も全て得ている訳ではないんですが、先程、元の世界から転移する前に九天玄女きゅうてんげんにょ様はここにいる全員に加護を与えていました。で、その九天玄女きゅうてんげんにょ様は確かに創造主なのでしょう。恐らくは、創造主といっても人間を粘土細工のように造るわけではありませんが、皆さんに生まれながらにして特別な能力を与えられたのだと思います」


「へえ、だから俺たちのことを誰よりも知っているって口ぶりだったってことなのか……だけど、俺たちの力が常人離れしていると言っても、まあ知れている程度だと思うんだよなあ」


「それなんですが、先ほどの話の続きになりますが、僕の考えではSix Roadに入った皆さんのパワーはリミッターが解除されているはずだと思います。だから元来有していたパワーや能力を100%引き出せるはずですよ」


「なるほど……ね」そう言って冲也は微笑む。


「ほう〜、俺の本来の強さかあ……ちょっと試してみたくなるじゃあねえのよ」


 亮の話を黙って聞いていた史龍は、正拳突きの構えを見せる。


 さらに丹田に気を集中させてから、一気に右腕を突き出した。


 ―――――ブオォン!!


 史龍の前方にある空気が突きの威力によって押し潰されたように歪むと、拳から繰り出された圧による衝撃波が一瞬のうちにビルの壁を直撃した。

壁がミシミシと音を立て、縦一直線にヒビが入ってゆく。


「……………えっ、何なの、これ」史龍の正拳突きを見ていた小町は目が点になる。


「おおーー! 史龍、お主なかなかやるのお」


 ニヤっと笑った達也の顔が引き締まる。

 史龍と同じように、左右の拳を握りしめ前屈立ちの構えから正拳突きを繰り出す。


―――――ブオォン!!  ズッドオオオーーン!!


 史龍と同じように拳からの衝撃波が、摩擦音を立ててビルの壁を激しく直撃する。

そのまま壁に大きな穴を開けてしまう。


「おおっ! 確かにいつもにも増して俺の“気”そのものが漲っているような感覚だぞ」


 更に目が点になって沈黙していた小町が視線を冲也に向ける。


「あんたは、もうやらなくていいから」


「フフフ…」

と笑って、冲也は肩をすくめた。


 一方、亮は史龍と達也のリミッターが解除されたパワーを確認して、次の行動の幅が拡がることを確信する。


「ほら、お分かりになったようですね。皆さんにもようやく自覚が芽生えてきたようで何よりですよ」


「亮、そんなことより、君のその羽の扇子だけど、何故、白く光っているんだい?」

肩をすくめていた冲也が訊ねる。


「ああ、月英げつえいのことですね」


 亮は、そう呟いてから窓際に向かって歩き出すと、白く輝く羽扇うせんを再び拡げる。


 すると、羽扇うせんは月の灯りを受けて、その明かりを吸収するように輝きを増した。そして羽扇が映写機のように光を射出すると空気中に3Dホログラムのような映像が映し出される。


 そこに映し出されたのは、ひとりの美しい女性だった。


「皆さんにご紹介します。彼女は僕の前世での伴侶、つまり、僕の奥さんで名は月英げつえいと言います」


「―――――はあ?」

「奥……」

「さ……」

「ん……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三界SixRoad〜歴史上もっとも知略に長けた俺は青い春をエンジョイするため三界六道を制覇する〜 火夢露 by.YUMEBOSHI-P @him69

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ