第29話 白い月

 黒いフードを被った男が噴水広場に辿り着くと、その広場の中央でひとりの男が出迎えた。


 その男は身長が高く筋肉質だが均整の取れた身体で、中量級の格闘家のようなスタイル。髪の毛は長く黄色いバンダナを頭に巻いている。


 男は広場の中央に設置された円形噴水の縁に座り、黒いフードの男の到着を待っていた。


「王子さん、さっきの、あの光はなんだったんですか?」


黒いフードの男を“王子”と呼ぶその男は周囲を警戒しながら訊ねた。


 “王子”と呼ばれた黒いフードの男は、先程まで自分がいた北のビルの方角を見据えながら答える。


武松たけまつくん、君もあの光を見たのか?」


「そりゃあ、あれだけデカい光でしたから嫌でも見えましたよ!」


「それは、そうだよな……しかし、あの光は何か見覚えがあるというか……」


「何か、あの光に思い当たることでもあるんですか?」


「薄ぼんやりとそう思うだけで、ひょっとしたらって程度のことだから……」


「王子さんが、そう思うっていうなら結構気になりますね。なんてったって王子さんの直感というか洞察力は我らの中でもずば抜けていますからね」


「あの光は、例のビルの内側から外へ飛び散るように拡散していったんだよ。その時の独特の光……あの光を俺たちは以前に見たことがあるような……否、見たはずだと思うんだよ。だからあのビルに戻って、確かめたいことがあるんだが……」


「王子さんがそこまで言うんだったら戻りましょうよ! 北のビルへ」


「しかしな、今回の俺たちの第一の目的は例の手がかりの回収だからな。それに正宗の方も気になるから、ここは一度拠点に戻るのが正解だよ」


「確かに、あっちも無事に戻れたかどうか心配ですよね」


「そう言うことだな」


 二人は拠点に戻ることで合意すると、再び、南に向かって走り出す。


 黒フードの男、王子おうじは一瞬足を止めて北のビルのある辺りを振り返るが、すぐに武松の後を追うように走り出した。



▽ ▼ ▽ ▼ ▽


――――北のビル、内部


 三界門で転移陣が展開され、三國亮と青春を謳歌する予定だった愉快な仲間達、九紋史龍くもんしりゅう黒林冲也くろばやしちゅうや智深達也ちしんたつや、そして大町小町おおまちこまちの五人は、白く輝く光の柱のような転移陣に飲み込まれると、宙を浮遊するような感覚と幻惑に見舞われながらフワフワした意識の中、転移空間を巡ってこの場所に放り出された。

 

 この世界に放り出される直前に眩い光に包まれ、あまりの眩しさに五人は、夢から覚めるかのように意識をはっきりと戻した。


 それと同時に、その眩い光は四方八方へと拡散するように消え失せてしまった。


 その後、五人はそれぞれが辺りをゆっくりと見渡してみる。

暗闇の中、目を凝らしてじっくり周囲を確認すると、よくありがちなビル内部のような場所のように思える。


「―――ここは一体……どこだ? 今、夜なのかな? 暗くてよく見えないな」

と、冲也が口を開いたのを合図に、皆は思いついたことを取り敢えず口にするかのように話し始める。


「さっきのあの眩しいのは何よ!? ……って、今度は急に暗くなるし、暗くて良くは見えないけど……ここってただの普通のビルなんじゃないの。中世の街並みみたいなファンタジーな異世界かと思ったのに……そうではなさそうよね〜、ガッカリだわ〜」


「月の灯りが差し込んでくれるおかげで、少しずつ暗闇に目が慣れてきたな……何だかSix Roadなんて偉そうにいう割には、こりゃあ、ただののオフィスビルの中じゃねえかよ」


史龍がそう言いながら窓際へと歩き出す。


「どこぞの異世界というよりは、ここは俺たちのいた世界と変わらないように見えるぞ。どこの世界もみんな似たようなものということなのか?」


達也もそう言いながら史龍の後について窓側へ向かう。


 幅広く張られた窓ガラスの外には、白い満月が夜空にクッキリと浮かび上がり、その月灯りが亮たち五人のいるビル内部を照らしてくれている。


 どこか風流な十五夜の月夜を想起させる夜空の大きな満月を眺めながら、史龍と達也は物思いに耽っているかのようにも見えた。


「ここがどこなのかは分からんが、これほど立派な満月が拝めるというのも随分と風流なものだのう」

達也が老人のような台詞を口にする。


「デカタツ! お前はどこかのジジイかよ! しかし、まあなんだ、月が綺麗とかっていうよりも普段見てるやつより相当大きく見えるぜ。こいつは俺たちが知っているお月さんじゃあねえぞ! ってことは、やっぱりここは別の世界ってことになるのか……」


 史龍はそう言いながら目線をビルの下方へと下げていく……が、次の瞬間、驚愕する。


「おいおい、なんだ、こりゃあ……マジなやつなのか!?」


「なんだぁ、史龍のくせに、何をビビっているような台詞を! まったく、らしくないぞお」

と、余裕の達也が史龍の顔を覗き込む。


「チッ! このバカ……お前も下を見てみろよ!」


 達也は史龍の言葉に誘われて窓の下に視線を遣ると、何やら妙な何かの群れがビルを取り囲むように蠢いている。


「むうっ! こりゃあ……まさかの死霊の類ってやつでは……」


「こいつらはゾンビって奴なんじゃあないのか! こんなもんはゲームとかアメリカの映画やドラマでしか観たことねえけどよぉ! どうやらマジで、とんでもねえ世界に連れて来られちまったってことだぞ」


 史龍は他の三人がいる方向へ振り返って声を張り上げる。


「おい、お前ら緊急事態だぞ!!」


 史龍の唯事ではなさそうな声に冲也と小町はすぐに反応する。

しかし、亮は史龍の言葉には全く動じずに持っていた羽扇を大きく拡げて、目を閉じたまま何かを念じるように呟いている。


「赤毛が髪の毛逆立てて、何を慌てているのかしら」 

小町は史龍を罵りながら窓際に近づいて行く。



「いいから、お前らも窓の下を見てみろよ!」


 小町の茶々には反応せずに真顔で叫ぶ史龍の様子に、唯ならぬ気配を察知した冲也が急いで窓の下を見た。


「 ――――!! 」冲也は絶句する。


 その様子に場の空気が張り詰めて行くのを感じとった小町の顔もみるみる緊張で強張っていく。きっと窓の下には得体の知れない何かがいると直感した。


そして、何故かそういう嫌な予感は100%的中すると言うことを証明するかのように、小町は窓の下を覗き込んだ。


「 ――――!! 」


思わず両手で口を抑えながら後ずさる。


 「大当たり!」という思いが脳内を駆け巡るのだが、かなり不味い状況下にあるという現実は理解出来ている。


 しかし一方で、こういう時の悪い予感は絶対当たってしまうのは何故なんだろうと、どうでも良いことまで考えてしまう。

 余裕がある訳ではないが、思考回路が現実逃避でも促しているかのようだが、小町の場合は混乱している訳ではなく不思議なことに全く冷静な状態であった。


 そして、ハッとして何かを思い出すように、そこにいるであろう不思議極まりない男のいる方へ振り返った。


そうして見据えた先には、尚も何かを念じるかのようにブツブツ呟いている三國亮がいた。


 更に、亮が持つ羽扇が暗闇を照らすように白く輝いている。


 闇夜を照らす満月の灯りと同期しているかのように……。

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