第2章 餓鬼道篇

第28話 アンデッド・タウン

■□■ 餓鬼道篇 ■□■


 

 この世界はアンデッドに支配されているようだ………。


 今、この辺りを彷徨っている奴等は少し前までは同じ人間だった………とは、とても思えないような、意思も人格も知能も持たないただの動く屍どもだ。

 生前に強欲であった者、嫉妬深い者がこの世界に堕ちて亡者アンデッドとなって彷徨う。そして、この世界の人々に苦しみを与え続けている。

 

 一体、こいつらの存在になんの意味があるのだろうか?

 

 こんな奴等に人類が駆逐されようとしている。生者である人間にとって変わってこの世界を支配するのは死人なのだろうか。


 生者の血肉を求めて彷徨い歩くだけの化け物が、群れとなって蔓延るこの世界。

俺がいた元の世界もこんなことになっていたりするのだろうか?

否、それはないだろう。俺のいた世界が、こんな馬鹿げた肥溜め以下の世界と同じはずはない。



▽ ▼ ▽ ▼ ▽


―――――三界門さんがいもんからこの世界に飛ばされてから、どれだけの月日が流れたのだろうか?

―――――元の世界に帰ることが出来るのだろうか?


 ふと、脳裏にそんな疑問が過ぎる。


「そんなことを考えている場合じゃあないか……」


 全身黒い衣装、黒パーカーに黒のワイドパンツ、黒いフードを被った男は、そう呟いて自身が佇むビルの屋上から下方を覗き込む。

街の北側に建つ無人のオフィスビル、このビルの周りを取り囲むように無数のアンデッドが群がっている。


 続いて男は、空を見上げて風を受ける。

「今夜は満月か……こんな世界のくせに見事な月夜とは……奇妙だが、風流なものだ」


再び、死人の群れに目を遣る。


「さあて、例のブツも手に入れたし、あとは…どうやってここを脱出したらいいものか……」


言いながら男は背中に背負った剣を抜く。


 するとその刃が神々しく輝き出し、男はそのままビルの下を目掛けて剣を上段から振り下ろす。

剣が起こす風圧ならぬ光の風がアンデッドの群れを貫く。

刃にも見えるような光の風を受けたアンデッド達が黒いチリとなって消滅してゆく。


「“聖剣クサナギ”よ! あいつらを成仏させてやれ!」


 続けて、横から右薙の形で一振り。

ビルを囲むように群がるアンデッドたちが黒いチリとなって空気中に溶けてゆく。

男の二振りによって、十文字の道が開いた。


俺の剣こいつは、お前らが嫌う聖なる光を纏った剣だが、成仏させてやるんだからありがたく思えよな」


 誰に向かって言う訳でもないが、そう言うと180度ターンして屋上から下階に続く階段の扉へ向かって走り出す。

そのまま何も警戒することなく、徐に扉を開けて階段を駆け降りて行く。

 

 いくつかのフロアを降った辺りで一度立ち止まって、階段の下方を覗き込むように見渡した。

 ビル屋内は窓から差し込む僅かな月明かりだけが頼りだから、階段下を覗き込んでも暗闇が広がるだけである。

その闇の底からアンデッドたちの呻き声がウシガエルの合唱よろしくビル内部に響き渡っている。


「なんだよ! もうビルの中に入り込んでやがるのか」


 黒いフードの男は足音が立つのを気にしたのか、静かに歩きながら階段を降りて行く。

下方からのアンデッド達のドスの効いた呻き声の合唱が徐々に大きくなる。


「このビルって何階建てだったかな?」


 階段のフロアナンバーサインは『3』と表記されている。


「随分と降りてきたな......まあ、ここからなら無理なく行けるな」


 そう呟いて、階段通路からフロア中央へ躍り出た場所は、恐らくオフィスだったであろう空間と思われる。

書類やファイル、OA機器などが散らかった荒れ放題のオフィスで、外壁側に幅広く張られた窓ガラスから月明かりが差し込んでいる。


 黒フードの男は、倒れていたキャスター付きの椅子を片手で掴み上げると窓に向かって引き摺っていく。

そのまま躊躇することなく、窓ガラスに向かって椅子をブン投げた。


 ―――― ガッシャャアーーーーン!! ――――


 窓ガラスの割れる大きな音と共に、投げられた椅子はビルを囲むように群がるアンデッドの頭上へと落ちてゆく。


 黒フードの男は、そのまま怯みもせずに窓へ向かって猛ダッシュ。

背負っていた剣を引き抜きながら、窓枠へ飛び乗るとそのまま右足で蹴って窓の外へ飛んだ。

空中で上段に構えた剣を振り下ろし、再び光の風圧が地上のアンデッドの群れを浄化してゆく。

着地と同時にそのまま光の浄化が造り上げた道を蹴って一気に駆け出すが………。


 その時!


 オフィスビルから電磁波のような衝撃と共にビル全体が白く光り輝き出した。

後方からその異変を感じとった男は駆け出そうとした足にブレーキをかけて振り返る。


 目の前が真っ白くなるほどの眩しい輝き、それが光線となって四方八方へ拡散して行く。

その様子を確認した男は、光が消え去り再び闇に染まっていくビルを黙って見つめている。


(どうする? 引き返してビル内を確認した方が良いのか?……それよりも入手したこいつを少しでも早く持ち帰るべきなのか?)


 ビルの輝きは消え失せ、再び周囲は闇に包まれる。唯一、頼りになるのは月明かりのみ。


(それにしてもあの光……どこかで見たような光だったが……)


 男は、見覚えのある白い光の正体を知るためにビル内へ戻るかどうか思案するが、四方の闇から呻き声を上げながらアンデッドどもが迫り来る気配を感じ取り、決心する。


「やっぱり、先ずは奴等と合流するのが正解だな」


 自分自身に言い聞かせるように呟いて、ビルとは逆の方向へと走り出した。


 アンデッドの群れの真っ只中を突破すると、そこから1Km程先にある噴水広場に辿り着いた。

そのまま広場中央の円形噴水に向かって行くと、もう一人の人影が見えた。


 噴水の縁に座っていたその男が立ち上がって、黒いフードの男を迎える。


「ご無事でしたか!?……….王子おうじさん」

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