第15話 告白

 冴え渡る月明かりの下、街はずれの小さな公園で彼ら四人は集う。

意図して集結したわけではないが、何かに引き寄せられているかのように合流した。


 この国は小さな島国であるが、それでも彼らひとりひとりにとっては広大である。当然、この街だって決して狭くはない。

そうだというのに昼間に出会ったばかりの四人の男が、今またこんな場所で一堂に会したのだ。


普通、こういうあり得ないシチュエーションを『奇跡だ!』とか『運命だ!』という調子で感嘆するはずなのだが、ここに集う亮以外の三人のリアクションはそれとはまったく異なるものだった。


いや、内心はそのように感じているはずなのだが、彼ら特有の“つまらない意地“が先行してしまう性格のせいだからなのか感動的で劇的な雰囲気はまったくない。


 達也は早速、三人の男達の下に駆け寄るが、近づいてくる達也を見つけた史龍が突っかかる。


「なんだよ! おい、デカいの! お前まで、調子こいて登場しちゃってんじゃねえよ!」


「―――――――んぐっ!!」


いきなり先制攻撃を受けた達也は言葉を詰まらせながらも反撃する。


「んだとーーっ! キサマこそ、何故ここにいる!? そもそもここは、俺のいつものジョギングコースなんだぞ!! キサマの方こそこの場所にいるのはおかしいだろー!!」


「バーカ! この場所はお前の持ち物なのかよ! お前の家の庭だったりするのかよ。ここは公共の場所なんじゃあねえのかー? 天下の往来ってやつなんだからお前に『来るな』とか言われる筋合いはねえんだよ」


「おいぃぃぃーー! そもそも貴様が俺に登場するなとか言ったくせにーーー!」


と、小学生レベルの口喧嘩が始まるが、それを止めるように亮が口を挟む。

「はいはい、お二人とも軽〜い挨拶はそれくらいにしましょう」


「これが挨拶.........なのかい?」一応、冲也が小声でツッコミを入れる。


「お前らよー、亮からいろいろなことを聞き出したいもんだから、亮を尾行してきたんじゃないのかあ?」


「おい史龍、それはお前の方なんじゃないのか!? その言葉をそっくりそのまま返すよ!」

ムッとした表情で冲也が言い返す。


「何言ってやがる!! 俺がそんなセコい真似するわけねえだろ!! たまたま通りかかった路地裏でダッセーカス野郎どもに絡まれていた弱っち〜い亮を発見しちゃったもんだから、仕方なく助けてやっただけだっつーの!」


「亮、本当にそうなのか?」


冲也が確認すると、達也も続けて亮に問う。


「亮、そしてお前は弱っちいのかぁ?」


「はい、確かに史龍君の言った通りなんですよ。僕って、ホント弱っち〜いもんですから世界の嫌われ者のような輩に絡まれちゃいまして〜、ホント仕方ないですよね〜、アハハハハ、ハ〜」


頭を軽く掻きながら、照れ笑い混じりに答えた亮はさらに続ける。


「でも、史龍君だけでなくて、冲也君、達也君の二人までがこうして一堂に会するなんて、なんだか面白いですよね。こういうのが“青春”の一幕だったりするものなんですかね.........意図的に仕組んだ訳でもないのに、なかなかに不思議な感じがしますよね〜」


「何か意味有り気な物言いだよなー」


 怪訝そうな面持ちの冲也の言葉に、亮は少しだけ間をおいてから一気に話の核心に触れて行く。


「で、史龍君に限らず、冲也君、達也君の二人も僕の話を聞きたいと思いますか?ただ、昼間話した内容よりも突飛な話に聞こえてしまうかもしれませんけど……それでもよろしければ......お聞きになりますか?」


「もちろんだよ!ここで会ったのも何かの知らせかもしれないし、せっかくだから話を聞かせてくれよ」


冲也が答えると達也も異論なしといった表情でうなづいた。


「俺も、さっき、お前と約束したから、もちろん文句言わずに聞くぜ!」


史龍はそう答えながら冲也と達也をチラッと見やってから亮に目線を移す。


 その目線を受けた亮はゆっくりと話し始めた。


「まず、皆さんに言っておかなければならないことがあるんです。それは、僕が何者なのか? ということについて。そして、それが皆さんにどんな因果をもたらすのか? その話をした後に、皆さんが最も知りたがっている行方不明になってしまった大事な方々の情報をお伝えします。但し、それは僕が知る限りの情報です。そして、信じるか信じないかは......皆さん次第です。よろしいですか?」


三人は昼間の態度とは一変して、亮の前置き(警告)に静かに同意した。


 亮は三人の表情を見極めると本題に入る。


「今から話すことは作り話でも嘘でもありません。すべて真実ですが、信じる信じないは皆さんの判断次第です。―――――――さて、実は僕は三國亮であって、ただの三國亮ではありません。

不思議なことなのですが、僕は前世の記憶を持ったまま、この現代に生まれてきた……というより生まれ変わったという方がわかりやすいでしょうか。しかも、僕は遥か古の生まれだったのですが、とある方術の実行中、思わぬ事故によって術式が暴走したために異世界へ飛ばされてしまったのです」


ここまで話を聞いたところで早くも達也の眉間にはシワが寄りまくっている。

そんな達也の表情には目もくれず亮は続ける。


「そして、この世界とは違う裏世界とでもいうべき摩訶不思議な世界を旅する途中、志半ばでそのまま一度目の人生を終えました。

ところが、異世界で一生を終えた僕が生まれ変わったのは、僕のいた時代よりも遥かに未来のこの世界だったというわけです。輪廻転生というやつなのでしょうか、或いは一種の異世界転生なのかもしれません。でも、生まれ変わったことに気がついたのはまだ最近のことで、今はまだ前世のすべての記憶が蘇っている訳ではないんです。何故かはわかりませんが、少しづつ段階的に記憶を取り戻しているという状態なのです」


 亮の突飛な話を困惑気味に聞き入っていた三人は何れも怪訝そうな表情に変わっていた。特に達也の大きな身体からは『イライラ』というカタカナ文字が浮き出ているかのように苛立ちはじめている。

そんな三人の顔を見ても動じることなく亮は淡々と話を続ける。


「それから……今日ここにいる皆さんと出会ったのは単に偶然とか、たまたまとかいう偶発的な出来事ではなくて、全員が出会うべくして出会ったのではないかと思っています。

僕が持っている羽扇の記憶がそう告げているんです。そして僕の持つ羽扇は、皆さんの共通点である“人捜し”についても、その行方を知るための鍵となる場所を示してくれています。」


「ん?? ちょっと待ってくれよ! その“場所”というのは、三者三様にあるということなのかい? ………それとも………」

思案顔の冲也の質問に亮が答えを被せる。


「そうです!! 冲也君の“それとも”の方が正解ですよ!」


「ちょっと待て! なんだ、それともって? どういうことなんだ??」


一生懸命に聞き入っていた達也の質問に冲也が答える。


「俺の捜している人、史龍の捜している人、そして達也の捜している人、その捜し人は三人いるのだから、亮が言っている“行方を知るための場所”というのは、それぞれ三人ともに違う場所になるはずというのが普通の考え方だろ?」


黙ってうなづいている史龍をチラっと見た達也は同じようにうなづいた。


冲也が続ける。


「でも、どうやらそうではないらしいのさ」


「はあ? だから、それはどういうことなんだ?? さっぱりわからん」


うなづいてみたものの、達也はやっぱり混乱気味だった。


「そこからは僕が解説しますよ」亮が話を引き継いだ。


「皆さんが捜している人はそれぞれ皆違う人達ですが、行方不明者を捜すための情報を得られる場所というのが一箇所だけあるんです。だから、三人ともにその情報を知るために同じ場所へ行かなければならないということです」


「亮、それってつまり警察に行け! とか言うんじゃないだろうな!」


「―――――――!!! プーッ、クックックー! そう来ましたか!」


亮は達也のいかにも最もな台詞に思わず吹き出してしまった。


それを無視して、沈黙していた史龍が口を開いた。


「わかったぜ! そこへ行ってやろうじゃねえか! お前がどこの何者だろうが、お前の扇子が記憶してるとか意味わかんねえこともあるけど、それがなんだろうが、そんなことはどうだっていいんだよ。本当にその場所はあるんだろうな!? あるならさっさとそこへ連れて行け!!」


「俺もその場所を知りたいな」


「おう! 警察じゃないのなら、とにかく俺もそこへ行くぞー!」


三人は反論することなく亮の話を受け入れる。


 亮にとっては思惑通りの流れとなった。そして、この現代で初めて出来た仲間達とのこうしたシチュエーションが、憧れていた“青春”というものなのかと思うのであった。

そう考えると“青春”を体感している喜びがジワってくる。


「このちょっとした一体感がまさに“青春”って感じですよね! 皆さんにはその場所に行ってもらう必要があります。もちろん、その場所は本当に存在しています。………但し、もうひとつの条件が揃わないと……そこへ行く意味がなくなるんですよね~」


「おいおい! ま〜だなんかあるのかよー! もう充分に話を聞いたじゃねえかよ」


「亮、なんなんだ!? まだ難しい話が続くのかよ!? 少し脳を休ませないと、俺の思考回路が停止寸前なんだぞ!!」


苛立つ史龍と達也を抑えて冲也が言う。


「せっかく我慢して奇妙な話を聞いてきたんだから、最後まで亮の話に付き合うのも悪くはないと思うんだけどな」


「冲也君がそう言ってくれていますので、話を続けようと思います……が、その前に少し歩きましょう!」


「歩くって、どこへ行くっつうんだよ?」


「あっちの方ですよ!」


そう言って亮が指をさしたのは、海沿いに聳えるマリンタワーがある方角だった。


指さす方角を見ながら冲也が言う。


「わかったよ。俺たちはついて行くしかないってことだろう」


 亮と愉快な仲間たち四人はその方角へ歩きだす。

史龍は渋面で亮に続いた。冲也と達也も無言で後をついて行く。


 しばらく歩いたところで突然、足を止めた亮は口を開いた。


「そろそろ、もうひとつの条件が現れる頃ですかね〜」


四人が立ち止まった場所、そこは古い歴史のある洋館のような造りの老舗ホテルだった。正面入口には石造りの大階段があり、それが重厚感を醸し出している。


足を止めたその場所で、冲也たち三人は亮に詰め寄ると我慢して溜めに溜めていた言葉を一気に発した。


「ここに何かの秘密が隠されているということなのかい!?」


「このホテルが何かの鍵になるってことなのかよ!?」


「よかったー! 俺たちを騙して本当は警察に行くんじゃないかと思ったぜ!」


「まあまあ、少し落ち着きましょうよ。達也君はまだ“警察”が正解だと思っているみたいですけど.........」


亮が達也に軽いツッコミを入れようとしたその時、ホテルの大階段の上から透き通るような美しい声が響き渡った。


「あーーっ!! ま〜た、あなた達なの~!! ホント、ダサイんだから、こんなところまで私を追っかけてこないでよーー!」


美しい声なのだが.........それは罵声だった。


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