第14話 智深 達也
その日の夕方に帰宅した
しかし昼間の出来事によって胸中穏やかでなく、瞑想どころではない状態だった。
かなり内容の濃かった今日一日の出来事が脳内を巡り廻る。
特に白い羽の扇子を拡げる亮の姿が脳裏に焼き付いてしまい、必死に脳内から追い払おうとするがまったく消えない。亮だけでなく、今日出会った大学の仲間たち、イケメン武術家の冲也、赤毛のツンツン頭の史龍、そしてアーティスト兼モデルの超イイ女の小町、皆の姿が次々に雑念となって脳内に浮かび上がてくる。
さらに行方不明となっている親友のことが思い起こされる始末。
最早、無の境地などはほど遠く、雑念に囚われまくっている達也は自分自身を戒めるように声を張り上げた。
「いかん! 俺としたことが、全く集中出来ないぞ!!」
今一度、雑念を振り払うべく座禅を解いた達也は、慌ただしく筋トレをはじめる。
腕立て伏せ、腹筋、背筋を段取り良く淡々とこなしてゆく。
己の肉体をトレーニングによって追い込むことで雑念を振り払うつもりであったが、それすらまったく効果はなく、頭の中は今日起きた様々な出来事に支配され続けてしまう。
「よーーし!! こうなったら走るしかない!!」
何故、走るしかないのか? 達也らしい考えなのだが、少々理解に苦しむところもある。だが、達也はそう考えるとランニング用のスニーカーを履いて外へ飛び出して行く。
そのシーンだけは、どこか“青春だな〜”と思わせるようであった。
空には見事な三日月が浮かんでいる。
その月明かりの下、大きな身体を揺らして達也は駆け出した。
▽ ▽ ▽
生まれた時から体格に恵まれ、体力も腕力も人並みはずれていた。また、幼少時より禅の教えを叩き込まれて育ってきたから精神面、肉体面、両面ともに厳しい鍛錬によって鍛えあげられてきた。
達也には兄弟はいなかったのだが、兄弟以上に仲の良い幼馴染みがいた。
その幼馴染みの名は、
武松は父親の友人の息子で達也とは同い年だった。
武松の父親が海外へ旅立つことになり、11歳の年に五台寺に預けられてきた。それ以来、達也と武松は実の兄弟のように一緒に暮らしてきた。
そんな武松と達也の二人は互いに切磋琢磨しながら日々の厳しい鍛錬に励んだ。いつでもお互いがお互いを認め、そして高めあうようにして、ふたりは成長を続けて行く。
高校生になったある日、武松の名前が天下に轟く事件が起きる。
街で開催されるサーカス団の公演を観に行った達也と武松の二人は、猛獣ショーに出演するトラが檻を破って観客に襲いかかるという事件に遭遇してしまう。
逃げたトラを捕獲しようと必死になるサーカス団員が次々に負傷する中、達也と武松は捕獲の助太刀に入る。
二人は日頃の鍛錬で培った絶妙のコンビネーションでトラに攻撃を仕掛ける。
達也は猛獣使いが使用していた鞭を使ってトラの動きを封じると、武松が放つ気合い十分の大きく鋭い殺気がトラの闘争心を押さえ込んでゆく。
トラがすっかり気圧されて怯んだところに、武松の一撃必殺の拳がトラの鼻っ面に炸裂。見事トラを殴り倒してしまう。
こうしてこの事件以降、武松は『虎殺し』という異名を持つようになる。
———————そして、高校2年生の夏。
その夏のある日、武松の下に突然父親が舞い戻った。武松の父親は、武松を連れて親子で修験道を極めるための旅に出るつもりだと達也に告げた。
夏休みの間だけ山に籠って修行に励むのだと、達也は軽く考えていた。だから気持ちよく武松を送り出した。
ところが、夏休みが終わっても、武松は戻らず、それっきり音信はプツンと途絶えてしまう。
そのまま月日は流れ、その年を越しても、さらに大学受験シーズンを迎えても、武松の音信は不通のままであった。
達也は親友の行方を突き止めるために、知る限りの情報網を使って行方を追うが、まったく行方はわからず終い。
どこかの険しい山奥で人知れず事故にでも遭ったのではないか?
などという憶測もたつのだが、類い稀な精神力と強靭な肉体を持つ武松がそう簡単に事故や遭難に遭うとは思えない。
きっと今も日本各地を元気に逞しく行脚しているに違いないと信じて止まなかった。
▽ ▽ ▽
「———————だって、あいつは『虎殺し』の異名を持つ男だからな」
達也は息を切らせながら、そう呟いて足を止めた。
悩んだ時には必ず走るいつものコース。その折り返し地点は繁華街を抜けた一角にある小さな公園。達也はこの場所で一息入れる。
少し大股になって両足をしっかりと地面に踏み込ませ、身体をくの字に曲げて両方の膝にそれぞれの手を置くようにして乱れた呼吸を整える。
しばらくして顔を上げた達也は、目の前の状況に一瞬眼を疑ったが、すぐに直感で運命のような光景を受け入れた。
「...............なんと奇遇な! あいつらが何故ここにいるんだ!?」
達也の眼前に現れたのは、昼間に出会った三人の男達だった。
ここに共通点を持つ男達が、再度、亮の前に集結した。
——————これは運命の巡り会いなのか? それともこれも仕組まれた出会いなのか?
すぐ近くの繁華街の喧噪とは真逆に、四人の周囲は厳粛な空気に満ちて行く。
それは、あの超絶に福耳の貴人との出会いを彷彿させるかのような.........しかしあの頃の主従関係とは違う『水魚の交わり』を予感させる空気感であった。
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