第13話 黒 林冲 也 

「あいつはどこまで知っているのかな……」


月明かりの下、横浜の繁華街を歩いていた冲也は呟いた。


昼間に出会った掴みどころのない飄々とした亮の言葉を思い返しながら。

それと同時に消息を絶ってしまった兄弟子のことが思い出される。


かつて兄のように慕っていた男がこの街にいるらしい。冲也はそんな風の噂に一縷の望みをかけ、今日も独りでその足取りを追っていた。


▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 黒林冲也くろばやしちゅうやは、代々続く名門、黒林流古武術宗家の次男として生まれた。


幼い頃から厳しい鍛錬を積み重ね、高校生の頃には体術、剣、槍、棒、弓等の技を習得していた。


 冲也には武蔵という武芸においては天賦の才に恵まれた兄がいた。


兄、武蔵はその天才的な武術センスに加え、パワーとスピードにこだわった天下無双の格闘術を身につけていた。


 これに対して、冲也の武術は華麗且つ優雅さに加えて、変幻自在な技に特徴があったのだが、兄の武蔵とは対照的に柔らかで風を纏うようなスタイルであった。


中国武術に似た弧を描くような動きを軸に相手の技を受け流す守勢中心のスタイルは評価されず、冲也の存在は常に兄の陰にあった。


総代である父もまた、兄の武芸を善しとして、“優しい風のような気”を纏った冲也の武術スタイルには批判的であった。


 しかし、ただ独り、兄弟子の師範代 正宗江太郎まさむねこうたろうだけは、冲也の技を認めていた。そして、お人好しで優しさ溢れる冲也の良き理解者でもあった。

冲也もそんな正宗を実の兄のように慕っていた。



 高校2年生になったある日、事件が起こる。


 黒林流道場に広く他流派の猛者達を招いて、他流試合が催された。


この時、黒林流の代表として試合に臨んだ兄の武蔵は、鬼神の如き強さを示し他流派を圧倒する。


その試合後、完膚なきまでに叩きのめされた他流派の数名が、街中で冲也とトラブルになり、試合で負けた腹いせも相まって冲也と乱闘になってしまう。


冲也は自分の置かれている立場を慮って、手を出さずに凌いでいたが、相手方のタチの悪い執拗なまでの攻撃に思い余って反撃してしまう。


この乱闘騒ぎを知った師範代の正宗が駆けつけた時には、冲也が相手方数人に怪我を負わせてしまった後であった。


 正当防衛とはいえ相手に怪我を負わせてしまった冲也が警察沙汰になることは、黒林流派にとっては非常に都合が悪いことを悟っていた正宗は、自分が身代りになることで幕引きを図る決意をする。


 こうして、冲也を庇った正宗は、街での乱闘騒ぎの現行犯として警察に拘留されてしまう。


御多分に漏れず、道場外での乱闘は御法度とする黒林流道場の規律によって、正宗は破門となってしまう。それ以降、正宗は冲也の前から姿を消して行方を眩ませてしまう。


 冲也は総代である父親に、正宗が自分の身代りになったことを告げ、正当防衛であり無実だと訴えるが、聞き入れられることはなかった。


兄と慕っていた正宗が自分のせいで道場を追われる羽目に陥ったことを悔やんでも悔やみきれない冲也は、それから現在に至るまで、自分に課せられた使命であるかの如く正宗の消息を追い続けていた。



▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 冲也は過去の事件に後悔の念を抱きながら、今日も喧騒の街を彷徨う。


ふと足を止めて、街の灯かりが遮断された薄暗い路地の一角を見やると、そこには二つの人影があった。


それは冲也にとって、微かな希望の光に見えた。


「あいつらか……ホント……これが腐れ縁っていうやつなのかな」


 冲也は路地裏から踊り出た希望の光と合流し、輝き薄れる街の外れへと足並みを揃えて行く。


三人の遥か頭上には白い月が冴え渡っていた。

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