第12話 九紋 史龍②
その日、夜の帳がおりて街中が輝きだした頃。
亮は繁華街の路地裏で、お揃いのようでお揃いではない赤い派手なジャージを着た三人の元同級生に囲まれていた。
「おい、三國! 随分久しぶりだなー! お前が突然、お勉強が出来るお利口ちゃんになって、えらい優秀な大学に合格したなんつーデマが聞こえてきてよー、本当かどうか知りたいなー、なんて思ってたところだったんだよー」
「僕はちょっと先を急ぐから通してくれないかな〜」
「あららら、俺達、中坊ん時からの親友だろー、連れないこと言うなよー、なあー、みんなも三國と話がしたかったんだよなー」
「そうそう、お前っていい奴だったよな!いつも俺達にお小遣いを恵んでくれてさー! 俺ら今日も金欠でさぁー、あの頃みたいにお小遣いを恵んでくれたりしたら、とっても嬉しいんだけどなー。頼むよ、親友の三國くーーん!」
亮を取り囲んでいるのは中学時代の同級生で、当時は亮の天敵のような存在のヤンキー三人組だった。
彼らはカビの生えた古典的な手口でカツアゲしようと亮を路地裏へ連れ込んで、これまた古典的な脅し文句を並べたてている。
昔の亮であれば、腕力には、というより自分に自信がなく、すぐに金で解決しようとしただろう。
しかし、今の亮はそんな愚行を考えることはなかった。
頭と性格の悪い奴らは暴力に頼るのがセオリーだが、頭のキレる奴はその暴力を回避する術を幾通りも持つからだ。
「いやー、友達のいない僕に親友なんて呼べる人はいなかったはずだけどな〜。おかしいな〜、まさか皆さんが僕のことを親友だと思ってくれていたなんて知らなかったな〜」
元同級生のひとり、イジメっ子Aがヘラヘラと笑いながら亮の肩に手を回してくる。
「俺達って、いつもお前に優しくしてやってたよなー。実はその親友の俺達が困ってるんだよ、金がなくてさー! お前なら親友が困ってる時は助けてくれるはずだよなー!」
「
亮に肩を組むように絡み付いているイジメっ子Aは“きんぺえ”と呼ばれる見るからに狡賢いハンバーグ顔をした小太りの男である。
その
しかし亮は、そんな二人の鼻つまみ者に対して少し余裕の笑みを浮かべながら答える。
「それは困りましたねー、暴れたいなら勝手に暴れてくれても構わないんですけど、暴れられても今の僕には何もしてあげられませんからね〜」
薄ら笑いを浮かべて、おちょくるような亮の発言に虚言癖のぷうちんが声を荒げる。
「なんだとコラっ! 調子こいてんじゃねえぞ三國!! やっちまうぞ!」
核兵器でも保有しているかのような勢いで、ヤクザさながらの凄みを見せるぷうちんだったが、その背後から赤いジャージ軍団を茶化すようなデカい声が聞こえてくる。
「おーーい!! そこにいるのは亮だろー? お前、こんなカス連中なんかに、なーに絡まれちゃってんのよー! ホント弱っちいなー、助けて欲しいのかー?」
ぷうちんが声のする方へ振り返ると、そこには9号いや、元9号こと史龍が不敵な表情で立ち塞がっている。
「なんだっ………てめっ......んっ!!! あーっ! あ、あんたは!!」
ぷうちんは目の前に現れた史龍を見るや、先程までの威勢は一気に消え失せ目は見開いたままで、まるでヘビに睨まれたカエルのように呆然と立ち尽くす。
更に、一番格下っぽいイジメっ子Cが史龍の姿を確認すると、化け物でも見つけたかのように叫び出した。
「おいおい、やべえよ! こいつ、この前の怪物みたいに強え奴じゃんかよ! なんでこいつがここいるんだよ!! マジ、やばいって!」
説明ついでに、この見るからに三下奴な赤いジャージ軍団3人目、イジメっ子Cのあだ名も記述しておこう。感の鋭い賢明な方々であれば、既にお気づきであろうが、この男はあだ名を“マサオキラー”と云う。
自分の得や保身のためなら例え味方・身内であっても平気で裏切り、切り捨てるクズで、世界一ダサい髪型で偉そうに威張っていることからついたあだ名である。ロケット花火を飛ばすのが大好きで最早趣味になっているらしい。
話を戻して、
亮の肩に手を回して偉そうにしていた小太りの金平は、亮を突き放すようにして素早くその場から遠ざかりながら、ぷうちんに注意を促す。
「ぷうちん、そいつはやべえぞ! 早く離れろ!!」
「んなことは、見りゃあぁぁ、わかんだよ!」
ぷうちんは、かなり動揺しつつも金平の一言で辛うじて声を上擦らせる。
「な、なんだよ! あんたには関係ねえだろー!」
隠しきれていない動揺のせいか、お約束のテンプレ文句を述べてしまう。
テンプレ文句を述べられた方の史龍は、余裕の表情で言い返す。
「ああ〜っ、なんだてめえはよ〜、なんで俺様がてめえなんかの指図を受けなきゃなんねえんだよー!」
「ぷうちん、ホントにやべえって! 逃げるぞ!」
完全に気圧されするぷうちんに詰め寄る史龍を見て、この場から早く逃げ去りたいマサオキラーがぷうちんの腕を引っ張って後退りして行く。
そこへ、ほんの少し前まで、亮にヘッドロックでも決めるかのように絡み付いていた小太りの金平は、早くも敵前逃亡体制に入っている。
「おい、お前ら早く逃げんぞ! こっちだ!」
亮は慌てふためく元同級生達のあまりに滑稽な姿に可笑しさが込み上げ、我慢出来ずに吹き出した。
『ブゥーッ、アーッハッハッハーーー』
吹き出した笑い声が合図になったかのように一目散に逃げ出す赤いジャージの三人組を静かに見送った史龍は、腹を抱えて笑っている亮を見やる。
「おい、亮! 得意技の石投げで店のガラスでも割ってその隙に逃げれば良かったのによー。なんで、こんな路地裏なんかであんなカスどもにカモにされかけてたんだよ」
亮は元同級生達の姿がよほどツボにはまったのか、未だ込み上げる笑いを無理矢理に止める。
「ふ〜ぅ、面白かったな〜、彼らったら史龍君の顔を見た途端にビビりだしちゃって〜、どうせなら定番の『覚えてやがれ〜』って台詞も聞きたかったなあ〜」
「おい、いつまで笑ってんだよ!」
「いや〜、ごめんなさい.........史龍君、助けてくれてありがとう! 彼らは中学の時の同級生で当時からやんちゃな人たちだったんですよ。僕は彼らと違ってイジメられる側だったから、だから今でも僕のことをカモだと思ってるみたいで………」
「くそったれが! 胸くそ悪い話だぜ!!」
史龍は、大笑いしていたかと思えば急に落差のあるしんみりとした亮の話に同情するかのように言葉を吐き捨てた。
「あれ〜、なんか嬉しい反応だなー。やっぱり史龍君は優しいんですね」
「んなわけねえだろ! 俺は弱い物イジメとかってのが大嫌いなんだよ。男ってのは強え奴とだけ勝負するもんなんだぜー。っつうか、お前もダメだよ! いじめられる奴もその根性がダメダメなんだからよ。もっとシャキっとしないとな」
「そうですよね。僕は根性ないし喧嘩はからっきしで腕力もないので……そういえば彼ら、史龍君を見て、随分と怯えていましたけど、何かしたんですか?」
「あんなカスどものことなんか一々覚えてねえよ! この街に来てから何組かのカスどもをボコってきたからなあ、大方あいつらもそん中のどっかのカスなんじゃねえのか」
「でも、おかげで助かりましたよ。史龍君がここらへんを通るんじゃあないかな〜なんて期待はしていたんですけどね」
「なんで俺がここを通るかもなんて思うんだよ。変な奴だ……いや、お前ならなんか妖し気な仕掛けでもしそうだな。俺にGPS端末を仕込んで行動を把握とか......してないだろうなー?」
「そんなことしませんよ〜」
「まあいいや。なんとなくそんな気がしたって程度の話だろー」
「気がしたっていえば、気がしたんだけど〜、ほら! 今日僕は史龍君に三回も会ってますよね。昼間に2回も遭遇した訳ですから“二度あることは三度ある”なんて諺もあるくらいですからね」
「まあ、確かに偶然もここまで重なると違和感も生まれるよな。俺もお前をこんなところで発見したときは正直、妙な感覚だったからな。逆に“三度目の正直”なんてこともあるわけだよな。だから、昼間の話の続きをここで聞くのも悪くねえよな」
「う〜ん、そうきましたか。—————まあ、こうして一日に三回会うということそのものが奇遇なことですから、なんだか天命のようなものを感じてしまいますよね」
「だよな! 俺の捜索活動も早く終わりにしたいんだ。マジで頼むぜ!」
「最も僕にとっては“3”という数字はいろいろと訳有りの数字なんですよ。特に出会いに関するナンバーとしては吉兆この上ないので、ここで特別に話をするのも何かのお導きなのかもしれませんね」
史龍は予想を反した亮の言葉に一瞬、怪しさを感じたが、すぐにこれ幸いといった調子で手を叩いた。
「よっしゃぁあーーー! そうしてくれると俺もお前を助けた甲斐があるってもんだぜ!」
「それじゃあ、とにかく話せることは話しますが穏やかに聞いてくださいね。それと、この話の立証については後日になるということだけは忘れないでくださいよ!」
亮は『3』という数字がもたらす巡り会いの尊さを忘れてはいない。
同時に思う。
この路地裏を照らす
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