第7話 邂逅
亮はその名前を聞いて思い出した。
(そういえばこの梁山院大学の学生だと噂で聞いたことがあったな)
むさ苦しい野郎どもの小競り合いの中に、突如飛び込んで来たのは
大町小町は、ファッション雑誌『GanGam』の売れっ子専属モデルとして活動しながら、シンガーソングライターとしても活躍する女子大生アーティスト兼モデルである。
恵まれた容姿に加え、音楽面でも作詞作曲能力だけでなく、音感、声域の幅、声量、声質の何れをとっても類い稀な才能を持つ逸材で、最近リリースした新曲もヒットチャートベスト10入りするアーティストとして人気を誇っている。
だから当然、その名は広く世間に知られている。
「もっと近くで見ようぜ!」
「小町にここで遭えるとはラッキーだな!」
「写真、写真、写真撮ろうぜ!」
『大町小町』の名を連呼しながら詰め寄ってくる学生たち。
彼女のド派手な登場が、学生たちの群れを引き寄せてしまい人だかりは更に膨らんでしまう。
亮はせっかく知り合えた友達候補をこの騒ぎの中央からどうにか助けようと考えていた。
と、その時、この騒ぎに駆けつけてきた警備員二名を見つけると、彼らに協力を要請することにした。
「警備員さん! 私は大町の事務所の者です。ちょっと助けてもらえませんか?」
亮の姿を見て少し不審に思う警備員の返答を待たずに、亮は大声を張り上げながら人垣を掻き分けて騒ぎの中央へ向かう。二人の警備員もその後に続いて行く。
「皆さーーん、大町の事務所の者です。すみませんが、ここを通してくださーい!」
後に続く警備員も吊られるようにして声を上げる。
「学生の皆さん、道をあけてください!! 一カ所に固まらないようにしてください!」
警備員の姿を見た野次馬たちは素直に道をあけてくれたため、亮はすんなりと小町たちが言い争っている場所まで辿り着いた。
人集りの中央では、あちらこちらで、小町を撮影しようとスマホを掲げ、シャッター音が鳴り響いている。
「おいおい、こいつら何を撮ってやがるんだよ! クソがっ!」
周囲の騒ぎが先ほどまでと一変していることに気づいた9号は、四方八方でスマホを掲げる野次馬たちを見回すと少し呆れたような口調で言う。すると、すかさず小町が揚げ足を取る。
「あなた、何を勘違いしちゃってるわけー? 撮られてるのは私だけで、あなたじゃあないのよ。だから、あなたなんかが彼らを怒る筋合いじゃあないのよ!」
「お前とか俺とか、そういうことを言ってんじゃねえんだよ! こいつらがヘラヘラ間抜け面して寄って来てんのがムカつくんだよ、てめえこそ勘違いすんなよ! 性格だけじゃなくて頭も悪いのかよ!」
「はあぁぁ〜、なんですってぇーー!」
口を尖らせる小町の次の台詞を遮って9号が続ける。
「だいたいよー! なんだってこんなバカ女にクソどもがたかってくるんだよ」
9号の台詞を聞いた冲也は驚いたように声をかける。
「ちょっと、あんた、彼女のことを知らないのかい??」
すると9号ではなく、その言葉を待っていたかのように達也が反応する。
「おい、冲也! 彼女って、何か特別な、もしかして有名人なのか?!」
「————!! ここにも知らない奴がいたよ」
冲也は呆れ顔でお手上げのポーズをとった。
「そこのデカいのと同じで、こんな偉そうな女なんか知るわけねえだろ!」
「ちょぉっとおー!! あなたねーーー!! さっきから男のくせにグチグチグチグチ女々しいわねー。最っ低のクズ男ね!」
周りの人混みを気にしていた冲也が二人の舌戦に割って入る。
「ちょっと、二人ともやめなよ! こんな大勢の前で! 少しは人目を気にした方がいいよ!」
冲也の忠告を聞いて言い争っていた二人は周囲を見回すと、軽く舌打ちをして口を噤んだ。
そこへ亮と二人の警備員が大声を張り上げながら中央へ押し入ってきた。
「皆さーーん! 写真撮影はやめてくださーい! アンオフィシャルな写真撮影はご遠慮いただいておりまーーす」
警備員達もいつの間にか、亮の考えを把握しているかのように、小町たちの脱出路確保のサポートをしてくれている。亮はそれを見て、さらに大声でスマホを掲げている学生達に向かって叫ぶ。
「皆さん! 道を開けてくださーーーい!」
すると、まるで“モーゼの海割り”のように人垣が左右に割れ、脱出路が出来上がった。
▽ ▽ ▽
二人の警備員の協力的な働きもあって、騒ぎの中央から脱出した亮たち五人は警備員の詰所にいた。
亮は警備員の聴取に応じている。小町、9号、冲也、達也の四人は警備小屋(詰所)の奥にある警備員の控え室で一息ついていた。この部屋は警備員の休憩室として使われているバックヤードである。
亮はこの騒ぎについての聴取に協力する代わりに、この警備員詰所にしばらく身を置かせてもらおうと企んだのである。
それは、騒ぎの熱りが冷めるのを待つためであったが、同時に今ここで四人に確認しておきたいことがあるからだった。
その後、亮の聴取はスムーズに終わり、亮は四人がいる控え室の扉を開けた。
部屋の中では、再び小町が9号に突っかかっていた。
「ちょっとーー、何であなたまでここにいるわけー?」
「うるせーなー、俺はあいつに聞きてえことがあるんだよ!」
「あいつ……って、誰のことよ!」
そこへ絶妙のタイミングで部屋に入ってくる亮。
9号は部屋に入ったばかりの亮に視線を投げる。
「あいつだよ」
「あれって......誰??」小町は冷ややかな眼で亮を見た。
小町の冷たい言葉に少しショックを受けた亮は、それを隠すかのように自分の顔に右手人差し指を向けながら無言で佇む。
そんな“あれ”呼ばわりされた亮のもとへ冲也が寄って行く。
「また、君に助けられちゃったようだねー。ありがとう!」
達也も冲也に続いて同じように亮に礼を述べた。
喧嘩相手の小町を無視して9号も亮のもとへ詰め寄る。
「おい! お前、やっぱり只者じゃあねえだろ」
ただでさえ、凄みのある態度と形相で詰め寄る9号に思わず後退りする亮。
「ちょっと落ち着いてくださいよ〜」
後退りする亮の前に躍り出て9号を遮る冲也と達也。
「お前ら、邪魔なんだよ! 俺は後ろの奴に話があるんだよ」
目の前に立ち塞がる二人と9号の間に一触即発の気配が漂う。
しかし、亮はその空気を打ち消すかのように再び冲也と達也の前に出ると、場のムードを和やかに変えようと試みる。
「ちょっと待って! 先ずは自己紹介しましょう。僕からいきますね。僕は三國亮といいます。今年この梁山院大学に入学しました。先に言っておきますが喧嘩はからっきしなので腕自慢をお探しでしたら他をあたってください。では、次の方どうぞ」
そう言って、冲也に視線を送る。
「......ああ、俺ね。俺は、黒林冲也。亮......そこの彼と同じくここに今年入学したばかりだよ。ちなみに俺の実家は“黒林流古武術”の道場をやっている。だから基本的に喧嘩はできないんだ。次は達也、君の番だよ」
「俺の番か! 俺は、実家の五台寺という寺の次期住職になる予定の智深達也だ。高校時代は何度か荒行も行ったことがあるから精神力は誰にも負けん。それから腕力でも今まで負け知らずだ! 次は、貴様の番だぞ、トンガリ頭!」
「誰がトンガリ頭だ! 俺の髪型をバカにすんじゃねえぞ! だいたい、てめえみたいなハゲに言われる筋合いはねえんだよ。だからお前らに名乗る必要もねえんだよ!」
「キ、サ、マーーーー! 誰がハゲじゃああーーーい! ゴアァァアーーーー!」
(ま〜た、はじまっちゃったよ〜)
9号のハゲ発言にブチキレる達也を亮が止めに入ろうとするが、それよりも早く小町が怒鳴り込んでくる。
「ちょっとーー! あんたたちいい加減にしなさいよ!! そんなことでイチイチ揉めてんじゃないわよ、みっともない! だいたい、あんたはツンツン赤毛のくせに根性ないわねーー。自分の名前も満足に名乗れないなんて臆病者にも程があるわよ。ダッサいわね!」
(ええーー! この人、さっき自分が先頭で揉めていたくせに、思いっきり自分のことを棚の一番てっぺんまで上げまくっちゃってるよ)
亮は小町の性格をある程度理解出来たような気がした。
自分を棚に上げるというかなりの“上から発言”に9号も呆れ顔になる。
達也も小町の妙な迫力に目が点になっている。
少し間をおいて9号が上からの発言に、子供のような意地を見せる。
「お前が言うなよ、バカ女!! 名前くらい何度でも名乗ってやるっつうーんだよ。よーーく聞けよ! 俺の名前は、
「言われなくても名乗るわよ! 知らない人もいるみたいだから一応名乗っておくけど、私
かなり上からの小町が名乗り終えるのを見計らって、亮は持っていたバッグの中から羽扇を取り出す。
他の三人はあまりに傲慢で横柄で、不遜な小町の台詞に空いた口が塞がっていなかった。
何故か勝ち誇ったような表情の小町とポカーンと口を開けた三人に向かって、亮は白い羽扇を大きく拡げて見せる。
「君たち! この白い羽の扇子に見覚えはないかい?」
四人の視線が羽扇に集まる。
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