第17話 大町小町②〜夢の扉開けるための言葉

 この現世における六鍵守護者である大町小町は、亮たち四人にとって正にキーパーソンである。

その小町は亮が張り巡らせた結界の内部にいた。今日、見知ったばかりの得体の知れない野郎達とともに。


 その野郎四人の中でも特にMr.マなんとかのような超魔術的なトリックを使う三國亮と名乗る男の胡散臭さは群を抜いていると小町は感じていた。


しかし、その胡散臭さとは裏腹に不思議な説得力もあり、胡散臭いというより“得体の知れない“という表現の方が正解かもしれないと思った。

その感覚が小町の好奇心に火をつけた。


だから、ここは敢えて、亮という男の提案に乗ってみようと考えたのである。

そう至ったのは、この空間全体に溢れ出ている心地よい爽快感や癒されるような優しく柔らかな香りが彼女に冷静な判断力を与えていたからでもあった。


そんな心地良さのせいなのかはわからないが、小町は最後にもうひとつ質問してみることにした。


「ねえ! あなた、名前は、あっ、ショウ? えっと亮? だっけ?」

「いい加減に名前くらいはそろそろ覚えてくれても良いかと思うんですけど………」


亮の返し文句を無視して小町は続ける。

「あなたの言う通りにその場所に行ってあげてもいいんだけど、ひとつ条件があるのよ」

「さっき私のことを“詠唱の守護者“とかなんとか、言ってたわよね?」


「はい、その質問にこの亮がお答えしましょう。 確かに!私、亮は先程そう言いました」


 名前を覚えてくれない小町にアテツケのような言い回しをする亮だが、小町はそれには全く触れることなく淡々と尋ねる。完全シカト話術(※注1)である。


※注1:相手が繰り出す話題や質問には一切まともに答えず一方的に自分に都合の良い話題を前面に押し出す高慢話術。これに悪意を込めるとカスプーチンやラブ●フ、キモゲーハーのネベン●アのような人間のクズが得意とする話法になってしまうので要注意。



「それって、私に魔法とか言霊みたいなものを使う力があるってことなの?」

「もちろん、そういうことになりますね……但し、それには大町さんご自身も(・)覚醒する必要があるかもしれませんが………」

「も(・)??って、他にも覚醒した人がいるってことなの?」

「あ〜、それはその、深い意味はありません」


「まあ、いいわ。そんなことより、本当にあなたの言う通り私が詠唱の守護者だとしたら、試しに何か呪文とか唱えてみたいのよ。ねえ、あなただったら、何か簡単な魔法とか呪文とか知っているんでしょー? それを教えなさいよ! 私が本当に呪文を唱えることができたら、あなたの言う通りにするから」


「おい、バカ女! お前の魔法とか呪文とか、そんなのはどうだっていいんだよ。だいたいお前なんかに魔法が使えるわけねえだろ! 亮を困らせてんじゃねえぞ!」

小町の話を黙って聞いていた史龍が赤毛をツンツンさせながら毒突いたが、小町は史龍の挑発を無視して続ける。


「ねえ、亮だっけ? 喧嘩しか能のない野蛮なバカの言うことなんか放っておいて、早く教えなさいよ」

意外にも冷静な小町の様子を見て、亮は小町に近づいて行く。

「では、夢の扉を開く……というやつを教えましょう」


亮は羽扇を大きく開いて、何かを唱え始める。


「Super…califragilistic… expiari …docious」

「えっ?? 何それ? なんかどこかで聞いたような? なんて言ったの?」

「ではもう一度、唱えますから、私に続いてゆっくり復唱してくださいね」

「わかったわ、いいわよ」


もう一度、羽扇を仰ぎながらゆっくりと唱える。

「す〜〜ぱ〜〜あ かりふらじりすてぃ〜くす いくすぴあり〜ど〜しゃす」

全員が見守る中、少し緊張気味に目を閉じながら復唱する小町。

「スーーパーーカリフーーラ・ジリース・ティクス イクスピアリー ドゥー シャス!!」


 すると、小町の足下に、白い蒸気のようなものが発生し渦を巻き始める。


「——————————!!!」

「ん!! マジかよ、なんか空気が動いているぞ!!」

「これは………竜巻か?!!」


全員が小町に注目する中、小町の詠唱によって創られたのは小さな竜巻だった。

その竜巻は徐々に威力が増している。


「————————! 私ったら、凄っ!! 凄すぎるわ!! やっぱり私って何をやらせても天才なんだわ」


小町は自画自賛しつつ、腕を組み斜に構えながら「どーだ」と言わんばかりの上から目線で亮を見やる。完全に天狗状態になっている。


そんな鼻高々な小町の周囲を竜巻が威力を増しながら足下から取り巻くように吹き上がる。

竜巻の起こした上昇気流(アップドラフト)が小町のドレスの裾を捲り上げて、みるみる両足が露出してゆく。


「うわうわっ!! ちょっ、ちょーーっと!ストーーーップ!!」

自分の衣装が捲り上がっていることを感知した小町が必死にドレスを押さえ込む。


竜巻の威力は一向に衰えることなく、尚もドレスを持ち上げる。

「ダメぇーー、ちょっ、ストーーップ! い〜や〜、わあ〜、こっちを見るなーー!」


マリリン・モ●ローのようなポーズで必死にドレスを押さえる小町が叫ぶ。

しかし『見るな!』と言われても、この状況では目を背けるのは逆に困難だと言わんばかりに目の前の野郎どもは微動だにせず、風と格闘する小町を眺めている。


小町が自分で創り出した竜巻と格闘している光景がおかしいのか、それともマリ●ン状態になっているポーズがセクシー過ぎて思わず見蕩れているのかはわからない。


「大町さん、その風を嫌うのではなくて、その風を纏うイメージを創ってください。その風は貴女を困難から守るための魔法のベールなんですよ」

亮は必死の小町にアドバイスする。


「ええーーっ、このエロい竜巻が私を守るってえ~、あり得ないでしょ!どう見ても私を辱めているの間違いでしょーー!!」

「大町さんの全身を風が包み込んでいきます。早くイメージしてください。そうすればアップドラフトは治まりますから」

「わかったわよ!とにかく服を着るようにイメージすればいいのね」


小町が瞼を閉じて風を纏うイメージを創り出す。すると竜巻のアップドラフトは治まり、しばらくして風そのものが止んだ。


「—————ふう〜」小町はそのまましゃがみ込んで一息ついた。


 その騒ぎの一部始終を見ていた野郎三人が映画でも見終えたかのように感想を述べ出す。


「—————なんか、見たいってお願いしたわけじゃあないのに、なかなか楽しい余興だったね」

「ちっ、ドギツイ色のパンツ履きやがって!女はやっぱ純白だろうが!!」

「あれがガーターなんとかというものかー!おかげで俺の荒んだ心も一気に晴れやかになったようだ!何やら華やいできたような!」


「このどすけべ野郎どもーーー! 勝手に覗いてんじゃーーーないわよーー!」

小町は顔を真っ赤にして三人を睨みつける。


「覗いたわけじゃあないよ」冲也が冷静に反論すると史龍も呼応するように言う。

「お前が勝手に見せてくれたんだろうがよ!お前、露出狂なんじゃあねえのか?」


「なんですってぇぇーー! 誰が露出狂よーー!」


声を荒げる小町を制すように亮が口を挟む。


「まあまあ、大町さん、落ち着いてください。彼らは悪気があって見たわけではないんですから」

「はあああぁぁぁ?! 元はと言えば、あんたが妙な呪文を教えるから、こんなことになったんでしょう。どうしてくれんのよー! なんで、こんな奴等に私の下着を見せなきゃあならないのよーー」


小町に激怒された亮は、少し思案顔で答える。

「決して妙な呪文ではありません。この呪文は夢の扉を開けるためのやつ…のはずなのですが、西洋のものは私も初めてでして、ちょっと検証してみないと……」


「あたしのドレスをめくっておいて“夢の扉が開いた”とか訳のわからないことを言ってんじゃあないわよーーー!! 私のドレスを何かの扉と勘違いしてるんじゃあないでしょうねえ!?」


「そんなことはありませんよ〜。少々手違いはあったにせよ、見事に呪文の詠唱は成功しましたし、まあ、それより大町さんの潜在能力が思ったよりも非常に強いものだったということの方が驚きですよ」


 と、そこへ史龍が割り込む。


「もういいだろう! こいつのパンツのことなんかよ。ちょっと見えたくらいで大騒ぎするなよ!」

「はああ! ちょっと、エロ赤毛! あんた、他人様のパンツを勝手に拝んでおいて、何を偉そうに言ってるのよ!」

「拝んでなんかいねえっつーの! 勝手に見せておいて何言ってやがる!」

「見せてなんかいないわよ!」

「もうパンツの話なんかどうでもいいだろ!そんなことより、お前が詠唱に成功するのが条件だったよな。これで亮の指定する場所に行くってことで正式に決定ってことだよな」

「もーーーぅ!! いいわよ!もちろん約束だから、そこに行くわよ!私に二言はないわ」


「よーし! 決定だな。おい亮、これで謎解きの鍵が全部揃ったっつうことだよな」

「大町さんが快く承諾してくれたので、これで、あとは彼の地へ行くのみです!!」


 感激一入の達也が思わず小町に礼を述べる。

「よーーーし! これで武松(たけまつ)の行方が分かるぞ! ありがとう! 紫の君」


「............誰が“紫の君”なのよ! こいつらホント頭にくるわね!」


 何に対する礼なのかよくわからなくなっている達也を横目に冲也が尋ねる。


「ねえ、亮! それで、その場所ってどこにあるんだい?」

「その場所というのはN県にある城下町です。少し遠いのですが、ちょうど今の季節は新緑が綺麗で最高ですよ」

「あら、確かに場所は悪くないわね。それで? そこへはいつ行けばいいわけ??」


「来週の週末あたりはいかがでしょう? すぐにでもと言いたいところですが、諸々準備もありますし、学校も休むわけにはいきませんから」

「来週末だったら、ちょうど仕事も入っていなかったはずだわ。タイミングいいわね」


「俺も週末だったらいつでも問題ないよ」

「俺はいつでもいいぜ!」

「来週末で異論はない!」


こうして日程は全員一致で決まった。

更に集合場所、時間、移動手段などもこの場で即決すると、皆の心に希望が灯る。


 念のため、全員の連絡先の交換も終えたところで、亮はおもむろに羽扇の要を左掌に叩きつける。


『 パッシーーーッン!! 』


周囲の空気感はその音とともに変わったように感じられた。



「そうと決まれば、そろそろここから退散しましょ―――――――う」


亮の言葉が、小町、史龍、冲也、達也の四人の意識の奥深くに溶け込んでいった。


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