第4話 只者じゃあないよね②

 通学途中、商店街の入口で|輩≪やから≫だらけの揉め事に遭遇した亮。


その揉め事を観察していると、大勢のむさ苦しい輩どもの中に気になる男たちを発見する。


よくあるチンピラ同士の喧嘩、もしくは輩どもが得意な弱い者イジメだと思っていたが、実際に目撃したのは、まるで映画のような見事でファンタスティック過ぎる格闘シーンだった。



(うっわ〜、何なんだ、あの人たち! ちょっと常人離れしすぎでしょ〜!)


 赤毛のツンツン頭の9号の身のこなしと流れるような木刀さばきといい、その動きを読み切って9号の死角に入り二振り目を止めたスカした男といい、そして凄まじい闘気を放ちながら巨体のわりに常人離れしたスピードパンチを繰り出したハゲ、もとい大男の腕力。


あまりに衝撃的で、しかも華麗な技に、亮は驚愕と同時にどこか懐かしげな親近感を覚えていた。


というより、今、この場所に人間離れした技と闘気を持つ者が3人も揃っていることに奇妙な何かを感じたのだ。


(彼らはいったい、何者なんだろう……?)



 9号の華麗な一撃に、周囲の野次馬たちもすっかり静まり返っていた。


多勢の輩軍団もアホ面を並べて呆然と立ち尽くしている。


もちろんハゲ、もとい大男も目を見開いている。


「おい!お前、なに邪魔してんだよ。その手を離せ」


スカした男に攻撃を止められた9号は冷静な口調で振り返る。


「君はこいつらの仲間じゃないのか?」

「うるせえな。こんな奴等と一緒にするなって何度も言わせんなよ」


スカした男は木刀から手を離すと、呆然と立ち尽くす輩軍団の方に視線を投げる。


「君がこいつらとは違う種類だってことはわかったよ。だからって、君の次の攻撃はちょっと半端ないことになりそうだったから」


「ほぅ! 俺の太刀筋が読めるのかよ」

「ただの直感だけどね」

「安心しろ! すべて峰打ちじゃ!!」


「えっ......そのギャグ、カビが生えてるよ」


「ハッ! お前らが弱い者イジメされてる状況が気に入らねえから、このカス共を全部やっちまおうかと思ったのによ」


「俺は弱い者イジメなんか受けてないよ」


「ちっ! お前が暗い顔して俯いて地面なんかに睨みきかせちゃってたからよ、そう思っちまったんだよ」



 言い合う二人を呆然と見ていた輩軍団がようやく我に返って再び臨戦態勢に入る。


「おいおい、おめえらー! 仲良しごっこなんかやってんじゃねえぞ!」

「てめえなんかが俺ら全員をやれるわけがねえだろが!」

「なめやがってー!」



 吠える輩軍団が今にも全員で二人に突撃しかかったそのとき、


——ガッシャッーン!! バッリーーーン!!——


 ガラスの割れる音とともに、けたたましい非常ベルが周囲に鳴り響いた。


——ジリリリリリリリリリリリ…………!!


 

すぐ近くの銀行のATMボックスで鳴り響く大きな音に周囲が騒然となる。

 

鳴り響く大音量の非常ベルに驚き、慌てふためく輩軍団。


「おい! なんかやべえぞ!」

「逃げろーーー!」輩軍団は一目散に立ち去って行く。



▼ ▽ ▼ ▽ ▼



「あなたたちも早くここから退散したほうが良いですよ」


散り散りに逃げ出す輩たちを見送るように立ち尽くす3人は、その声の方へ振り返る。


「なんだぁ? てめえは??」9号が鋭い眼光を向ける。

「君は誰だい?」スカした男が冷静に問いかける。


「そんなことより、早くしないとおまわりさんが来ちゃいますよ。僕の後に付いてくれば逃げ切れますから行きましょう」

取り残された3人に声をかけたのは亮だった。


「確かに、かなりヤバい雰囲気だね。君の言う通りだよ」


「ちっ! やべえな、これは。さっさとずらかった方がいいな」


「おう! ここは三十六計逃げるが如かずだな」


 何故か3人の男は亮の言葉をすんなり受け入れると、亮と共に野次馬の人垣を掻き分けて走り出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



4人は喧嘩現場からかなり遠ざかったところで、息を切らせながら足を止めた。


「おい、お前! あの非常ベルはどういうことだ?」

9号が亮に尋ねると、ハゲの大男も怪訝そうな顔で続ける。


「俺も突然のことでまったく訳がわからん! あんたは何かを知っているふうだな」


「あ~、あれは、僕が鳴らしたんですよ」亮が平然と答える。


「————あんたが!?」


「そうですよ。これ以上面倒が大きくなる前に皆さんを助けようと思って鳴らしたんですよ」


 亮は悪びれもない口調で続ける。


「あんな町の真ん中で大暴れしたから、警察官が駆けつけるのは時間の問題でした。でも、あの状況で皆さんに『警察がきますよー!喧嘩はやめてくださ~い』なんて言ったところで止まるわけないですよね。だから、これ以上怪我人が増える前に、皆さんには有無を言わさずに退散してもらったというわけです」


「はあ?? お前、そんなことで俺の勝負の邪魔をしたのかよ!!」

「いやいや、邪魔なんてとんでもない」


「ちっ! まあいい。確かに警察沙汰になると厄介だからな」


「へえ~、君ってあの場で全く関係のない俺たちのために、そんなことを考えてくれたのかい?随分と優しいね。ボランティアのつもりなのかい?」スカした男が問いかける。


「そういうのとは少し違います。ただ、あなたたちを見ていて、こうした方が良いと直感で判断したからなんですよ」

「あんなチンピラが大勢いる中で躊躇もせずにかい?」

「その通りですよ」

「まあ嘘を言っているようにも思えないし、君も相当、肝が座っているんだね」


 平然と答える亮にスカした男も同調した。


「でも、どうやってあのベルを鳴らしたんだ?」大男は未だ怪訝そうに言う。


「たまたま道端の植栽のところにお誂え向きのブロック破片が落ちていたので、それを有効活用させてもらったというわけです」


「おいおい、まさか……」

「なにーっ! お前、それを窓ガラスに投げつけたってことかよ!」

大男の言葉を遮って、9号が声を上げた。


「あら、察しが良いですね〜、さすが、木刀を隠し持って歩いているだけのことはありますねぇ」


「なんだとぉー、それが何か関係あるのかよ!」


「まあまあ、こうしてみなさんと退避できたわけですから、言いたいことがあるのはわかりますが、いろいろ不問にしていただければ幸いなんですがね~」


 悪びれのない亮の言い分は納得しがたいのだが、乱闘を起こしている3人にはそれ以上の反論は出来なかった。


「そのようなやり方が善しとは思えんが、この場は礼を言うべきだろう」大男が頭を下げた。


「そうですね。君がいなかったら、もっと大事おおごとになっていたよ。それにせっかく大学に入学したばかりだったから。ありがとう!」


「なんか納得がいかねえなー!でも、ここはヤサ男(亮のこと)に免じて引き下がってやるぜ」


9号はそう言って、亮の顔をマジマジと見据えた。


「おい、お前! 只者じゃあねえな!」


「!! 僕が...ですかー?いやだな~僕はただの学生ですよ。それを言うなら“只者じゃあない”のは皆さんの方ですよ」


「まあいい、俺の勘違いかもな! それじゃあ、俺は行くぜー、じゃーな!」


9号はそう言い残して3人の前から去って行った。



▽ ▽ ▽


“大学に入学”と聞いた亮は、スカした男に声をかける。

「ところで、君も大学に入学したばかりなのかい。実は僕も今年大学に入ったばかりなんだ」


すると大男も話に割り込む。

「なんと奇妙な! あんたら二人とも俺と同じ大学1年生なのか」


「……えええーーーっ!??」

 

「またまた、そんな御冗談を。おじさんはお坊さんでしょ~」

「そうだよ、おじさんがいくら良い奴だと言っても、そういう嘘はつかない方がいいと思うよ」


「貴様らーーー! 俺は嘘なんかついてないぞ!」


「いやいや、だって~、あっ、なんでもないです」

声を荒げる大男の頭部に視線を向けた亮は、それ以上言葉を続けるのを控えた。


「ったく、人をおじさん呼ばわりするなど、冗談にもほどがある」


「まあまあ、君も大学生だったなんて……ホント奇遇なことですよね」


 スカした男は笑いを堪えながら少し歩き出した。

「じゃあ、俺はこっちへ行くから、これでお別れだね」


「おい、俺もこっちへ行くんだよ」大男がスカした男と同じ方向を指差している。


スカした男は大男の視線を外して、亮を見やる。


「今更、驚かないけど……じゃあ、君もこっちへ行くんだよね」


「はい! どうやら皆さんと同じ大学のようですね」



 亮にとって生まれて初めての仲間が出来る瞬間だった。

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