第5話 紅一点
三國亮が諸葛亮の生まれ変わりだという記憶が蘇ったのは昨年の夏休みのことであった。
そのときは前世の記憶がすべて一気に戻ったわけではなく、何故か断片的に少しづつ記憶が蘇っている状態で、それは現在に至る。
だからといって
しかし、自分が諸葛亮孔明の生まれ変わりだなんてことは誰にも言えない。言ったところで変人扱いされるだろうし、何よりもその秘密を公にするメリットがまったくないから。
その後、希望する大学に入学できた。これから青春を満喫するための友達に巡り会い、この平和な現世で体験できるであろう素晴らしきキャンパスライフに期待を寄せていた。
そんなある日、この時代で生まれて初めての友達が現れた。正確には現時点ではまだ友達になったわけではない。しかし、亮はたった今出会った男たちが仲間になることを直感していた。
何故そう思うのか、明確な理由があるわけではないのだが......。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
亮と二人の男たちは、同じ学び舎へ向かっていた。その途中、スカした方の男が名乗りはじめる。
「俺は、
すると大男も続けて名乗る。
「
「なるほどね〜、謎が解けたよ」
「だからハ……じゃなくて、髪の毛を剃っているんですね〜」
亮は達也の頭を見つめながら、茶化すような言葉を投げた。
「今、ハゲって言いかけたよな?」
「いえいえ、そんなことないですよー。聞き違いですよ~」
「まあまあ、その件はもういいでしょ。 で、君の名前は?」
「あっ、申し遅れました。僕は、三國亮と言います」
「亮! 俺はハゲてなんかいないってことを覚えておけよ!」
それぞれが自己紹介を終えた頃、三人は大学の正門を潜り、構内に足を踏み入れていた。
前方に何やら賑やかな人だかりが見える。
「今日は揉め事が多いですね」
「おい、あいつ!」
背の高い達也が指さす方向をみると、赤毛のトンガリ頭が異様な存在感を放っているのが見える。
どうやら、騒ぎの中心にいるのは、あの赤毛の9号だった。
「あー、あいつはさっきのツンツン頭の男じゃないか」
「そう...みたいですね」
よく見ると、9号は柔道着を着た体格の良い男たち数人と言い争いをしている。
それを大勢の学生たちが大道芸でも観るかのように取り巻いている。
「あの野郎、また揉め事を起こしてるのかよ」
「あいつ、懲りない奴だなー」溜め息交じりの冲也が人だかりの方へ向かって行く。
「おい冲也、あんな奴は放っておけ!」
人だかりを避けるように迂回して行こうとする達也を尻目に、冲也は人だかりを掻き分けて騒ぎの中へ入って行く。
(あ~あ、冲也くんってお節介だな~)
「おい、冲也! 戻れって」
亮と達也は、慌てて、冲也の後を追って行く。
そのとき、
『———————!!』
突然、亮の脳裏に“得体のしれない術式の古代文字ような何か”が浮かび上がる。それが瞬時に亮の脳内に溶け込んでゆくような感覚を受ける。
(―――うッ! 何だ、これ!?)
さらに、亮の眼に映る景色に異変が起きる。眼に映る景色がモノクロームになり、亮の視界から色彩が消えてしまう。
「なんで!?」亮は一度両目を閉じて両手で軽くこすった後、おそるおそる眼を開けてみるが、見える景色は色彩がなくなったまま。それでも色のついた場所を探すように周囲を見渡す。
揉め事の中央に眼を向けたそのとき、白銀に光り輝くひとりの女の子が視界に飛び込んでくる。
「ちょっとーー! あなた達、私の学校で何をやってるのよー!」
白銀に光る女の子の透き通るような声がキャンパスに響き渡る。
女の子の光はさらに増して行く。すると、その光に呼応するかのように、新たに光り出す人影が現れた。
その光る人影は三つ。それは揉め事の中心人物である9号、それを止めに入って行く冲也、そして冲也を追いかける達也の三人だった。
しかし、ここに集まっている亮以外の学生たちには、この不思議な光は見えてはいない。もちろん亮のように瞳に映る景色がモノクロームに見えてもいない。
白銀の女の子の登場で、揉め事に集まる学生達は更にざわめきだした。
「おい、あの子って!!」
「あーっ! あれ小町じゃね?」
「大町小町だよ」
「ええーっ!? うそーっ、本物なの??」
「小町だってよーー!」
「もっと近くで見ようぜ!」
「私も近くで見たいー!」
周囲の学生たちは大町小町と呼ばれる女の子のもとに近寄って行く。
小町に近づこうとする学生たちの流れに飲み込まれる中で、亮は光り輝く四人の姿を追い続けていた。
一方で、押し寄せる学生たちを近づけまいとするかのように威圧感を放つ9号が叫ぶ。
「なんだ、てめえはよー! 女はすっこんでろよ!!」
「ちょーっとぉー、そこの赤毛のツンツン頭。ここは私たちみんなの学校なのよ。こんなところでムサくるしい男どもが揉め事なんか起こすと、他の生徒たちのいい迷惑なのよ!今すぐにこの場から立ち去りなさい!!」
大町小町の声はよく通る声で、しかも透き通った美しい声質だからなのか、彼女の言葉には説得力が増している。
そのせいか、彼女の登場でこの場の空気は一転した。周囲の学生たちの意識までも支配するかのような空気感を醸し出す。実際に周囲の学生たちを完全に味方につけてしまっているかのように見えた。
この空気感をいち早く悟って形勢不利とみた柔道着の集団は、そそくさとこの場から退散して行く。
「あっ、待てよ、てめえらーー! 逃げんのかよ!」9号の叫びが虚しく人混みにかき消される。
走り去る喧嘩相手から小町に視線を移した9号は怒りをぶちまける。
「クソっ! このバカ女が! お前のせいで間抜けな状況になっちまったじゃねえかよ!」
「あいつらはバカなあなたと違ってお利口さんなのよ。何やってるのよ、あなたもさっさとこの場から逃げ出しちゃえばいいのにさー」
「なんだとーっ......くっ!」9号は周囲に押し寄せる人の群れを見て言葉を詰まらせる。
「あら、私に殴りかかってこないわけ? 情けないのねー」
「おい、俺はなぁ、女には手を上げねえ主義なんだよ。けどなー、殴ってもらいてえっつうんなら話は別だぜー!」
「おーい、やめなよー! みっともない」冲也と達也が制止に割り込む。
「あーーっ! なんだよ、まーた、てめえらかよー!」
「こんな大勢の前で女の子なんか相手にしてるとカッコ悪いよ」
「こいつの言う通りだぞ。いくら喧嘩したいからって女はまずいぞ! 男にしろ! 男に!!」
「 ―――――――! 」
論点が少しずれているのに諫めるような達也の台詞に9号は絶句する。
二人の男の乱入に少し戸惑う小町だが、変わらず強気に口を開く。
「ちょっとーー、あなたたちは何なの? そこのツンツン頭の仲間なの?」
「違うよ。俺たちは、彼が暴れるのを止めに来ただけなんだ」
冲也が冷静に否定すると、達也も続けて言う。
「お主の眼は節穴か! よく見ろ! 俺たちがこんな赤毛ツンツン頭の仲間だと思うとは」
「なんですってーー!」
「てめえも俺の髪型をバカにすんのかよ!」
更に輪をかけて論点がズレまくる達也の言葉に思わず反応してしまう小町と9号。
それを見た冲也は堪らずに達也を静止する。
「ちょっと達也、君が口を開くと収集がつかなくなるから、少し黙っててくれるかな〜」
「もうー! あなたたち一体なんなのよー!」
イラつく小町が声を張り上げると、さらに怒りのやり場のない9号が怒鳴る。
「それは俺の台詞だろうが!!」
「だからー、いちいち彼女の言葉につっかかるのはやめた方がいいって!」
四人の会話はまったく噛み合わず、妙な四竦みのような状況をつくってしまう。
一方で、そんな彼らの光り輝く姿を目の当たりにしている亮が呟く。
「そうかあ、彼らって……彼らこそ間違いなく、“
亮の眼に映る四人の輝きは大きな光の柱となって、天を貫くかのように真っすぐ空を駆け上がって行く。
「—————————!!」
そして、その光の柱に当てられて亮の記憶の扉が、またひとつ開かれる。
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