第26話 渡り人(ユー)たちはヒーロー

 九天玄女は、早いところさっさと旅立たんかーーい!という本音を抑えながら締めの言葉を投げかける。


「さて、渡り人ユーたちよ、他に質問は……」


 史龍、冲也、達也の三人はそれぞれが捜し求めていた手掛かりを得て、希望に満ちた表情を浮かべている。その表情には、デビューを勝ち取ったアイドルのよう……ではなく、未知なる世界へ足を踏み入れる怖さや不安のようなものは一切ないように見えた。


 そんな彼等の前に一歩進み出た小町は九天玄女を睨むような目つきで口を開く。

「盛り上がっているところ悪いんだけど、何で私がそんな得体の知れないような場所へ行かなきゃならないのよ。大体、私には行かなきゃならない理由がないのよ! 後ろにいる暇人たちとは違って仕事もあるんだから。私、売れっ子だからスケジュールも埋まっちゃっているし、そんな暇はないの」


「――――あっ! 確かに……」史龍が迂闊だったとばかりに声を漏らす。


「確かに小町には、この先に進む理由がないよな」

 冲也が冷静な口調で史龍の続きのセリフを奪い取って、九天玄女を見据える。


「何か言いたいことでも?」九天玄女が冲也に目線を移す。


「言いたい事?......ありますよ。俺たち野郎どもはこの先を目指す明確な理由があるんだけど、残念ながら彼女にはそれがないようだ。でも、よくはわからないけどこの先に進むには守護者である彼女がいないと俺たちの目的に辿り着くことが出来ないようなことを女神様は言われていたのでね......」


「それで……我に何とかせい……と」


「何とかしろなんて偉そうなことを言うつもりはないんだけど、こんな場所にまで来た理由ってやつが彼女にもあるんじゃないのかな?......なんて思ったんだけど。つまり、女神様はそれを知っているはずだろうなあ、と普通は考えるはずじゃない?」


「ちょっと、あなた! 何を訳のわかんないこと言ってんのよ。私自身に理由が見当たらないのに、他人が知っているなんてわけがないでしょー!!」


「これこれ、他人って誰のことなのかいな? 我は人ではなく神であるぞ!」


「あー、それは悪かったわね。人じゃあなくて、女神様如きにはわかるはずがないでしょー!」


「如き………って………まあ、善いわ善いわ。其方は守護者じゃから今回は特別に許すがのお」

 

 余裕の表情で配慮を見せる九天玄女を尻目に冲也がツッコミを入れる。


「小町、君はちょっと黙っていてくれないかい。俺は女神様に質問しているんだよ。ややこしいから!」


「はあああああ、勝手に私の話で盛り上がってるくせに、何で私があんたに指図されなきゃいけないのよ」


「小町はうるさいんだよ。ホント、お願いだから少しだけ黙っていてくれよ」

「そうじゃ小娘! 其方はうるさいのだ。そこで静かにしておれ」


「わかったわよ! じゃあ、私にも意味がわかるように説明してちょーだい」


 人と神からの同時攻撃に、ようやく静まる小町。


「善し善し、では答えるぞ。いかにも、我はそこの小娘守護者のことは何でもお見通しじゃ。だから小娘がこの先のSIX Roadを目指さなくてはならない明確な理由……というより其方ら人類の未来を守る使命があることも知っておる」


 九天玄女がそこまで言うと、皆の顔色が変わる。


「おいおい、マジでそんなこと言っちゃうのかよ」

「我はマジ・・であるが、何か文句でもあるのか?」史龍の呟きに即反応しつつ、九天玄女は続ける。


「まあ黙って聞きなさい。そこの小娘はこの三界スリーワールドに存在する六つの鍵を守る守護者=Keeper of the six keysのひとりだということは既に理解しておるな。その六人の守護者には明確な存在理由というものがあるのじゃ。それは守護者に与えられた使命であり絶対的な務めなのである。つまりはこの三界のパワーバランスを保つために不可欠な存在とも言えるのじゃよ」


「おいおい、ますます意味がわかんねえぞ」

 

 若干呆れ顔の史龍を冲也がフォローする。


「何だかよくはわからないが、それはこの世界を守るヒーローみたいな存在ということなのかな?」


「………ヒーローとな? う〜ん……ヒーローとはのぉ……そうよのぉ〜」


 答えに詰まっている九天玄女の素振りを見た達也が瞳を輝かして進言する。


「女神様は我らの世界に存在するヒーローをご存じない様子! 不肖この私めがヒーローについてご説明しましょう!」


「其方は何を申しておるのかのお??」


「まあまあ、私に説明させてくだされ。ヒーローとは、宇宙の彼方Mなんたら星雲からやってきた胸に妙な電球見たいなのをくっつけたウルトゥーラな宇宙人とか、チープな風車みたいな物をベルトにつけてマフラーを巻いてインドの兵隊の軍事パレードのような曲芸バイク乗りを披露する改造人間とか、三人とか五人で

戦隊ととうを組んだかと思うと何故か最後にはロボットを操縦しちゃう妙な奴等のことなのですよ。おわかりになられましたかな? やはり、あまりご存知ではないですかな?」


「………はあ? だから其方は何を述べておるのかの? 別にレクチャー等は不要なのだが…………。では、我も一つだけ教えてやろう。其方が言う三人とか五人で戦隊ととうを組んでるヒーローどもは、あまり意味もないロボットなどを操縦して戦ってしまうのは何故なのじゃ? 其方は知っておるのか?」


「……おお、言われてみれば、あれだけ強い者どもが、しかもチームととうを組んでおるにも関わらず、何故ロボットなんかに乗ってしまうのだろうか? 考えてみれば最初からロボットで戦えば良いはずなのになあ」


「それはのお、大人の事情なのじゃよ............おもちゃメーカーである番組スポンサー様に媚を売るために無理矢理に意味のないロボットを登場させておるのじゃ。そして、そのロボットを商品化して幼気な少年達に散財させようと企んでおるからなのじゃ! どうじゃ、理解出来たかのう? しかと心に留め置くのじゃぞ」


「「「……………」」」


 皆、絶句しているが空気を読まない、否、読めない達也だけが笑顔で応える。


「さすがは女神様!! 大人の事情までご存知とは、感服致しました! ならば、もう一つだけ、昭和の昔に一世を風靡したヒーローについてご教示くだされ」


「いやいや、もうそのジャンルの話は十分だろう。このあたりで本題へ......」


 九天玄女の言葉を遮って、目をキラキラさせた達也は尚も絡む。


「惑星ウイーから追放されたゴリラみたいな奴を追って、他所の星から地球を助けにやってきたエージェントヒーローがいるのですが、このヒーローは何故、内股っぽいスタンスで怪獣と戦っていたんでしょうかねえ?? 地球に来ると重力の関係で内股になってしまうのでしょうか? あと、どうして宇宙からやってきた系のヒーローは皆、日本人に成りすますのかなあ? と考えると夜も眠れなくなるんですよねえ〜。 やっぱり日本は他の先進国よりも食べ物が安くて美味しいからなのでしょうかねえ? 水もタダで飲めて、おまけに美味しいし、トイレだってウォシュレットタイプが多いですからねえ」


「………いや、もうその手の話はそのくらいにしておこうぞ」


「いかんいかん! これは質問が過ぎましたかな。もう少し毛並みの違ったヒーローについて述べた方がよろしいですかな?  例えば、笛を吹くと地底から出現する奴とか、カレーばっかり食ってるくせに子供相手になぞなぞ対決してる奴とか――――」


「………いや、もう結構じゃよ。ホント、気持ちだけ受け取っておこう」


 達也のよくわからない薀蓄うんちくが場の空気を一変させるが、気を取り直した九天玄女は再び小町に向かう。


「さて、小娘守護者よ。其方は嫌でも他の守護者達と接触しなければならないのじゃよ。其方が望もうが、望むまいが、何れ運命が其方を他の守護者たちのもとへと導くことになるじゃろう。其方が動かずとも、向こうから其方のところへ接触してくることになるからのう………。しかしじゃ、もしも他のRoadの守護者達が好戦的なタイプで、其方の住む世界の大切な者達や同胞に危害を加えたり、破壊行為などを受けたとしたらどうするのじゃ?」


「――――えっ?? どういうこと?」


「其方は、口は悪いが平和的で争いを好むようなタイプではない。しかしのう、他の守護者達が皆、其方と同じ性質とは限らぬのじゃよ。或いは、彼等のRoadで発生する厄災によって、必要に迫られ、其方の世界を攻撃してくるようなことがあるかもしれないということなのじゃよ」


「ククク…口が悪いって言われちゃってるよ」史龍がボソッと呟く。


「あんたは黙ってなさいよ!!」

史龍のチャチャに喝を入れ、続け様に九天玄女に反撃する。


「ちょっと待ってよ! 私が行かないと、私の大切な人達に危害が及ぶとかって、そういうことかしら。そんな脅しみたいな話があっていいの? だいたい、あなたは神様なんでしょーー、そういうのは神様あなたが何とかするのが筋なんじゃあないの!」


「………また、その切り返しかね。まったく、其方らは異世界転移もののテンプレがよほど嫌いと見えるのお……。そこまで聞けば『私がなんとかしなきゃ!』とか『そういうことなら私に責任があるからやらなきゃ』とか『異世界に召喚された勇者としてこの世界を統べる』とかなんとか使命感に燃えるような発言があってもよかろうに……」


「全然わからないわよ! そんなよくわからない話を聞いて私が納得するわけないでしょー。今の私にとって大事なことはモデルの仕事や歌を歌うことなのよ。それなのに、宇宙の彼方から地球を侵略しにくる宇宙猿人的な何処かの守護者に会いに行って何とかしろとかなんとか勝手なこと言ってるけど、私個人の事情は尊重されないってわけ??」


 怒涛のラッシュに九天玄女はもちろん、亮たち四人も圧倒されるが、赤髪ツンツンが口を挟む。


「お前、うるさいって!! この方は一応は女神様なんだぞ、失礼だろが!」

「お前って言うな―!! 頭が赤いくせに何よ! あんたこそ黙ってなさいよ!」


「お前も黙って聞けよ! この女神様はなー! 俺たちの住む世界のことを想ってだなあ、つまり、お前が俺たちと一緒にSix Roadへ旅立てば、この世界が平和になるって言ってるんだよ! そこまで言われたら、普通は“やってやろうじゃあねえの!“って感じになるはずだろう?」


「なーーーに、それ? じゃあ私の自由とか意志は尊重されないわけ? 勝手なこと言われて、それを断った私が一方的に悪い奴みたいに言われるのは逆におかしいでしょーーー!」


「だって、お前、それがヒーローって奴なんじゃあないのかよ!」


「それが、私個人の事情とどう関係あるのよ。私が人柱になって、私が犠牲になって、そのSix Roadに行って宇宙猿人的な奴に会えば、私たちの世界は平和になるってことかしら? 言っておくけど私は歌は歌えるけど、変な眼鏡を両眼に当ててジュワ!っとか言って変身したり、ダサい風車のついたベルトを巻いて“おやっさん”とか呼ばれてるオッサンの整備したバイクに乗るとか、月よりの使者的な感じでネーミング的には“仮面”ってついてるけど全然仮面っぽくなくて、むしろ不審者にしか見えない布を顔に巻いてる奴みたいになるのは無理よ! 絶対に出来ないわよ! あと、なぞなぞも得意ではないわ」


「いやいや、だからそういうヒーローの話じゃあないんだっつーの! あと、宇宙猿人ってなんだよ!」


「えっ! さっき、そこのデカハゲが、ヒーローのそういう話をしていたじゃないのよ」


「ちょっとちょっと嫌だなあ〜小町さん、俺はデカいけどハゲじゃあないんですって! これは剃っているだけなんですよー。あと、小町さん、まさかの宇宙猿人がお気に入りとは、趣味が悪いというか、なんだか俺、可笑しくて笑っちゃいますよー」


「んだとおおーーー! このデカハゲーーーー! お前が妙な話するから混乱したんだろうがーーー!」


「おい達也! お前もこういう時はホント黙っててくれって!」


 この場を収拾させようと冲也が割って入る。


「そうよ! 私の話が昭和レトロだみたいなこと言わないでよ」


「その話はもういいから、とにかく女神様の話を聞こうよ」


 冲也から振られた九天玄女が気を取り直して話を続ける。


「小娘よ。もう一度よく聞きなさい。其方の意思がどうであれ、他の守護者とはどういう形になろうが必ず接触する運命にあるのじゃよ。状況によっては他の守護者と反目しあうこともある。であれば、先手を打って小娘から他の五人に接触した方が被害は最小限で済むかもしれんという訳なのじゃよ」


 九天玄女の話を聞いた小町の脳裏に妹の小梅の姿が浮かんでくる。

確かに大切な妹が幸せに暮らすこの世界に妙な破壊者を招く訳にはいかない。


 そう考えて、小町は決心をする。


「わかったわ! そういうことなら、私もこいつらと一緒に行くわ」


「さすがは小町さん!」

「お前………」

「まあ、そう考えるのが普通だろうね」


「ちょっとあんた達、勘違いしないでよね! 私はあんた達の面倒事に巻き込まれたから仕方なく行くだけなの。そして、私の大切な家族を守るために行くのよ」


 そう言って目を閉じると、小町は大きく息を吐いた。


 ここまで無言を貫いてきた亮は、九天玄女めがみ小町こむすめとの長い押し問答の末、ようやく納得のいった小町の魂にも小さな炎が宿ったようだと感じていた。


 そして、達也のミラクルなヒーロー話うんちくが結果的に九天玄女の説得を後押ししたのかもしれないと一瞬は錯覚したものの.........

やっぱりそんなことはないと思い直すのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る