第10話 追憶と困惑

 沈黙する冲也、達也、そして史龍の三人が放出する重々しい空気に包まれる中、それをまったく感じていないらしい小町が目を輝かせている。


「ねえ、私のことは?」


 沈黙する三人とは真逆で、どこか嬉しそうに何かを期待しているような表情を浮かべる小町に亮が困ったように応じる。


「あ~、君は大町小町さんですよね。大町さんは有名すぎてしまって、今更僕なんかが何かを述べる必要もないと思いますけど〜」


「そうじゃなくてー! さっきのあいつらみたいに、私がビックリするようなことを知ってたりとかー、なんか、そういうのがあるんでしょー!」


 まるで占い師に何かを言い当ててもらいたいようなニュアンスで欲しがる小町の表情を見た亮は、少し戸惑いながら従ってみる。


「僕ごときが大変烏滸がましいのですが、それでは僭越ながら知っていることを話しましょう。大町さんは、ファッション雑誌の人気専属モデルで、同世代の女の子たちのカリスマ的存在です。でも、それだけではなくてシンガーソングライターとしても大活躍していて、つい先頃リリースした新曲もヒットチャート上昇中ですよね。天は二物を与えずというのは大町さんには該当しないみたいですね~。凄い才能をお持ちで素晴らしい限りですよ。そんなスーパースターの大町小町さんと同じ大学に通えるなんて僕は本当にラッキーですよ……これくらいの感じでよろしいでしょうかね?」


「えっ? それだけ? ……いや、それって、自分で言うのもなんですけどー、世間ではみ~んな知っていることじゃないのよー」


「はい! ですから、僕ごときが知っていることなんてネットやテレビで話題になっている大町さんの活躍ぐらいのものなんですよー。いや~しかしホント凄いですねー」


「だ〜か〜らーー、そういうことではなくて、そっちの三人みたいに、私のプライベート的なことでー、私が実はキリストの末裔だったとかー、それで秘密結社に命を狙われるかもしれないとかー、なんかそんな話とか出てこないわけー!」


「いやいや、貴女のことは……困ったなー、僕もまだ詳しくは知らないというか、今はまだ言ったとしても理解できないことだと思われるので、これ以上は何もないんですよ~」


「理解できないって何よ! あなたホント失礼ねー! 知ってることがあるなら言いなさいよ! だいたい、あなたはさっき『皆さんには共通点がある』みたいなことを言ってたでしょーー! 私だけ、なんか普通すぎて何もありませんでした的なオチってことじゃあないでしょうねえー」


 食ってかかる勢いの小町を両手で制して、ますます困惑顔の亮が羽扇を額に当てながら答える。


「まあまあ、そういう意味ではないですから〜。話すタイミングがまだ少し早いということなんですよ。でも、誤解されるのも嫌なので、少しだけ。そうですね〜。

…………僕がわかったこと、それは、どうやら大町さんって“詠唱の守護者”と呼ばれているみたいというか、そうなんですよ」


「えっ? 何? えい、しょー? しゅご~?」

「いやあ~、あの、今、話しても理解できないでしょうから、これ以上はまたの機会に」

「ちょっとー! 私がバカだからわからないって、そう言いたいわけー!?」

「そうではありませんよ。つまり、大町さんの能力は……ですね。一度覚えた術式詠唱を無詠唱化できる……いや……きっと、そのうちにわかる時がきますから、その時にまたということで」


 これ以上の説明は無意味だと悟った亮は言葉を切ろうとするが、意地でも聞き出そうとする小町がグイグイと食い下がる。


「それって、ファンタジー系のアニメやゲームとかで使ってる魔法のことでしょーー。私、こう見えてもアニメ好きだから、そういう方面にも詳しいのよ。ほらー! どうなのよ。そういうことなんでしょ!」


「そうです! そうなんですよー! まったくその通りなんです。でも大町さんって、そういう趣味があったんですかー!? 少し驚きましたが……良かったな~、わかってくれて。さすがは大町小町さんですよね~」


「でっしょ~! 私って察しがいいのよ………」

と、途中まで笑顔で言いかけた小町の表情が激変する。


「っていうかさー! 何それ? そんな話で誤魔化すわけ!? 私が魔法使いだったとか? ホウキに乗って宅配便の仕事してるとか? そんなあり得ない話なんかいらないわよ!!」

小町はついに、独り乗り突っ込みを繰り出すほどに憤り、そして呆れ顔になる。


「いや、何度も言いますが、今この時点で話をしても理解できないことだから仕方がなんですよー!」


「もういいわよ! 結局、私ってミステリアスすぎて、あなた程度の男なんかに見透かされるわけがないってことなのよ!」


「………そういうことにしましょうか」



 小町の勢いに押されっ放しの亮に、冷静な面持ちになった史龍が問いかける。


「おい! 亮だったな。お前、王子おうじ先生のこと知ってるのかよ! 何故、知ってるのか説明しろよ!」


「そうだよ、亮。俺たちのことを何故知ってるんだい? 探偵でも雇って調べたってわけでもなさそうだけど......どこで聞いてきたんだい?」


 冲也も冷静に問いかける。そして二人とは全くテンションの異なる達也が懇願するように叫ぶ。


「俺が寺の仁王像をぶっ壊したことをなんで知ってるのか教えてくれよー!!」


 達也の叫びに思わずツッコミを入れたくなりそうな亮を全員が取り囲む。

 詰め寄ってくる全員の気迫に一瞬ひるみそうになるが、亮は会心の爽やかスマイルで答えた。


「僕がどうして、おっさんの唇が見えることを知っていたのか? そして、皆さんが抱えている過去のことを何故知っているのか? そのことを今ここで話したところで、僕の説明が信用に値する、なんて皆さんは思わないでしょう。でも、後日、それを証明することが出来る場所へお越しいただけるなら、すべての真実はそこで知ることになると思います」


「まあ、亮の言葉に嘘があるとかないとか、信じられるかどうかとか、そんなことはどうでも良いことなんだよ。それが君や誰かのメリットになるとも思えないからね。俺も、そして彼らも、“知りたい”という単純で素朴な疑問をぶつけたいだけなんだよ。だから、そこまで言うなら今は聞かないよ。でも、何か釈然としないモヤモヤだけが残るから、その真実を知る機会を早めに作ると約束してくれよ」


「冲也君、約束しましょう。時と場所さえ整えば、必ず真実を理解していただけるはずです。そして君の言う通り、ここで僕が嘘をついたり、トリッキーなことをしたって何のメリットにもならないんですから安心してください。ただ、僕も皆さんも、損するわけでもないんですけどね〜」


 冲也の言葉にホッとした亮は、ようやく一段落ついた安堵感からか段々と口が滑らかになり、少し冗談混じりの言葉で締めくくろうとした…………が、呆れ果てていたと思っていた小町が、まったく呆れ果てていた訳ではなくガッツリ噛みついてくる。


「ちょっと待ちなさいよ! 私はどーなのよ!! 元はと言えばこいつらが、特にそこの赤トンガリ頭のせいでこんな場所に連れて来られたんだから、私だけ損してるでしょー!」


「何言ってやがる! お前が俺の喧嘩に勝手に割り込んできやがったから、こんなことになったんじゃねえのかよ! 自業自得ってもんだろうがよ!」

「あんた、まだそんなこと言ってんのー! 私に謝りなさいよ!」

「誰がだよ、お前が謝れ!」


(あ~あ、また始まっちゃったよ……)


 と、小町と史龍の言い争いを遮るようにして、達也が少し呆れ顔の亮に向って深々と頭を下げる。


「亮! 俺はお前の得体のしれない何かを信じているし、お前の不思議な力もMr.マなんとかのような代物ではないと思っているぞ。だから絶対に、俺のことを知ってる理由や、あいつがどうなったのか、今どこで何をしているのかを教えてくれ。頼む」


 意を決したように神妙な態度で、大きな身体をくの字に曲げる達也の姿を見た全員は、達也の心境を察して黙り込む。


 亮は、頭を下げる達也を気遣うように羽扇を掲げて、束の間の静寂を破った。


「この羽扇がきっと教示してくれますよ。そして、僕もまだ、思い出せない大事な何かを……君たちとなら、いいや、きっと君たちが思い出させてくれると信じているんです」



 その亮の言葉に同調するかのように、再び全員の頭の中に直接語りかけるような声がした。



『-----未知なる道を歩め、そして道無き未知を進みなさい!-----』


 その声は先程のダミ声ではなく、温かで優しい女性の声だった。


 その声の正体は何れ明らかになるだろう。

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