第24話 唇の正体

 四方を赤茶色い煉瓦で造られた何もない長方形の広間に亮と愉快な仲間たちはいた。


 何やら青白い光の渦、もしくは空間の裂け目のようなところに吸い込まれたかのように思えたのだが、誰もがその後の記憶は一切なく、気がつけば殺風景なこの空間だった。

辿り着いたというべきなのか、この場所は何もない、冷たいとか温かいとかという温度も感じない、そして時間が経過する感覚さえも感じられない無機質な空間である。


 ここがいったい何処なのか、何が起きたのか、よくわからない状況。一行の頭からモクモクと出る吹き出しに『???』が浮かび上がっているかのようだ。


 ここは、この空間はいったい何なのだろうかと、ここにいる全員がそう思っているのだが、誰一人として言葉にならない。


皆、ひとしきり辺りを見回したあと、それぞれの表情を確認するかのように顔を見合わせる。


と、小町がひとときの静寂を破る。

「ちょっとぉ、何ジロジロと見てるのよ、このスケベ共!」


「――――!?」

「ああっ!? 何言ってんだ、このバカ女!」

「いやいや、俺としたことが小町さんはホント、美しいなあって見惚れてしまったわい」


「さすがは大町さんですね。皆、今の言葉でいつもの調子を取り戻したみたいですね」

ひとり冷静な亮は何故か微笑んでいる。


 小町の罵声が野郎どもに生気を与えたのか、彼等は何もないこの煉瓦造りの空間をうろつき出す。


皆が何もない広間をうろうろと漫ろ歩く中、冲也が亮に問いかける。

「なあ、亮。ここはいったい何処なんだい? 何処と言うより、何なんだい?」

「そうですねえ……恐らくは、三界でしょうね」

「さ・ん・が・い?? それは何のことかな? この煉瓦造りのような空間が“さんがい”という場所なのかい?」


その会話を聞いていた小町も割って入る。

「ここが“三階”って、どうして分かるのよー? 一階かもしれないでしょーー。天井だって、あんなに果てしなく高いのよー」

「フフフフ......ああ~、それは僕の答え方が悪かったようですね~」

亮は、頭上を見上げて話す小町を見てクスクスと笑い出した。


「何が可笑しいのよーー! あなた、どうしてここが三階だって言い切れるわけぇー!?」

「いやいや、違うんですよ。“三界”というのは建物の階層のことではなくて、輪廻する世界の呼び名のことです。つまり…」

「おい、亮! それって、まさか、仏教でいうところの“三界”のことなのか!」

血相を変えた達也が亮を遮るように割り込む。


「そうですよ......あ~、達也君はお寺さんの跡取りだからご存知なんですね。ここは“三界の門”ではないかと......」

「そりゃあ、知ってるけどなあ……だけど“三界”ってのは、三界の門ってことは、そんな世界が具現化しているなんてことは......」


「ちょっとー、だから意味がまったくわかんないんですけどぉ。わかるように説明しなさいよ」


「おい、デカタツ!こいつの言う通りだぜ、ここが何処なのか俺たちにわかるように説明しろよ」

上からの物言いで史龍が同調するが、その言葉に小町がカチンとくる。

「“こいつ”っていわないでよ! このバカ男」

「んな小せえことで、いちいちうるせえんだよ」


「やめろよ、二人とも、説明を聞くのが先だろう」


冲也が二人を制して、亮と達也に説明を促そうとしたその時、辺り一面が眩い光に覆われ一同を包み込んだ。


その光の中から怪しい何者かの影が現れるとともに、やけに低いダミ声が響き渡る。

「おいぃーーーーーっす!!」


 やがて肉眼で認識できるレベルまで眩しさが薄れ、その何者かの姿が徐々に顕わになる。

光の中から登場したのは神様なのか? と思い、よくよく見据えるが、その姿は眩いくせに飛び出た下唇がすっげえぇ感じのオッサンのシルエットである。


頭には水玉模様の鉢巻きのようなものを巻き、金色と紫の袈裟のような衣装に何故か襷掛けというスタイルのイカリヤ的なそのオッサンは、もう一度右手を大きく振り上げて叫ぶ。


「オイ~~~~~ッス!!」


まるで昭和の土曜日の夜を彷彿させるが、どうやらオッサンの挨拶のようだとわかった。


 なおも唇のオッサンは叫ぶ。


「スリーワールドへ行ってみよーーーう!」

「すりー、わーるどーーー???」

「声が小さーーーい!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 一同がしばらく呆然とする中、小町が叫ぶ。

「ああーーーっ!! あれはあの時の唇だよ、あの気色悪いあれだよーーー!」


達也も思い出したかのように被せて言う。

「そうだ! 大学の警備員室で食われそうになったあのデカイやつだ!!」


「確かに、よく見るとあの時の唇と同じだね」


冲也が冷静に言うと、史龍がツッコミを入れる。


「んなことはどーでもいいんだよ。お前らは唇マニアかよ!」


「あんな気持ち悪い唇なんかのマニアなわけないでしょー!」

「俺も男の唇なんぞに1mmも興味はないぞ!」


史龍に反論する小町と達也に唇のオッサンが少しキレ気味に叱りつける。

「これこれ、人の話をキチンと聞かんかい! まったく、近頃の若い者は落ち着きが足らんのう」


「ほらみろ、イカリヤ的なのが怒っちまったじゃねえか!」


「誰がイカリヤだ!! まあ善いわ、童ども、よ~く聞いておくのじゃ。スリーワールドとは、この世界のことを指すのじゃ。汝らの世界では“三界”と呼ばれておる」


「なんと!! やはり三界は存在するのか!」達也が神妙な顔つきになる。


「いかにも! そして、汝らは選ばれし“渡り人”であるから、この三界門さんがいもんに辿り着けたのじゃ。汝らは欲望渦巻くこのスリーワールドを浄化するために選ばれた者である。それが“渡り人”の宿命なのじゃよ」


「ってことはぁ.........まさか! 俺達って死んでしまったのかあ? これから地獄で修業とかさせられてしまうのかーーー」

「安心せい、まだ生きておるわい。汝らはここに呼ばれて来ただけじゃよ。召喚ってやつと同じかのぉ......というか、我の話をしっかりと聞かんかい」

「そうか! てっきり俺は死んでしまったのかと、本当に良かった~。生きてて良かったぞーー!」

ひとりだけ勝手に思い違いをし、それが勘違いと分かった達也は安堵の声というより間抜けな一人芝居を披露した。



「いまいち解せないなあ」冲也が三文芝居の腰を折る。


「おい冲也、眩しい唇のオッサンの話の途中だぞ。失礼だぞ!」


「達也は黙っててくれよ」

お前が言うかあ!? というトーンで冲也が達也の諫言を制して続ける。


「あなたの言われる“渡り人”ってのに何故俺たちが選ばれたのか? 俺たちは人を捜してここに辿り着いただけで、あなたに何かを頼まれる筋合いもないし、そんなことを俺たちは望んでもいないんだよ。あまりにも一方的な話で理解に苦しむよ」


「言いたいことはそれだけかね......よかろう! では、少しだけ教示してやろうかのう」


「それは有難いなあ」冲也の表情が引き締まる。


「これは“天命”である。そして汝らが捜しているという者達も汝らと同じ“渡り人”なのじゃよ。彼等は既にSixRoadと呼ばれる6つの異世界へと旅立っておる」


「「「 ――――! 」」」


冲也、達也、史龍の三人はその言葉に驚愕する。


 黙り込んだ三人を見据えて眩しいオッサンが言葉をかける。

「まあ、唐突にこんなことを言われれば混乱するのも無理はないの~」


「ちっ! 俺様が混乱なんかするわけねえだろ。唇のオッサンよー!だいたいあんたは何者なんだよ」

取り乱しそうな気持ちを抑えるかのようにして史龍がオッサンを挑発する。


「おいおい......唇のオッサンって………ダメだこりゃ」

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