第20話 再び、目覚めの地へ
五重天守が優雅に聳える城郭を中心に形成された歴史的情緒が漂う城下町。
亮と冲也、史龍、達也、そして小町の五人は、その亮の祖父母が住む城下町を歩いていた。
白壁土蔵造りの建築物が並ぶ美しい街並みを抜け、残雪が残る雄々しい連峰より流れ出る清らかな河川を十分ほど上流へと歩いた先に亮の祖父母が住む大きな屋敷がある。
「わあぁ~、素敵な街ね~♡ お天気も良いし風も爽やかで気持ちいいわ~」
顔を隠すための大きめのボストンタイプのサングラスを外して、白壁の街並みを見渡す小町の表情は明るい。
「この季節は一番、街が映えて見えますからね」亮が笑顔で答える。
「こんなに素敵なところだったなんてね。これならせっかくの休暇を返上した甲斐があったわ」
小町の台詞を聞いた史龍が反応する。
「この女、電車の中じゃあ、ネチネチと文句ばかりつけてやがったくせによ!おまけに一方的に捲し立てた挙句に自分だけさっさと爆睡しやがって、な~にが“素敵な街ね~”だ!」
「あら、なんか文句でもあるのかしら!?」
「………なんでもねえよ!!」
口喧嘩では分が悪いと思った史龍は口を噤む。その史龍の肩をポンポンと叩きながら達也が絡む。
「おい、史龍。口喧嘩でお前が小町さんに勝てる訳がないだろう。口から先に生まれてきたような小町さんだぞ! 文句を言わせたら止まらないマシンガンのような小町さんには敵わないだろう。わっはっはっは!」
「ちょっとー! 失礼ねー! 誰が口から先に生まれてきたのよ、そんなわけないでしょーー!! 大体、木偶の坊みたいにデカいだけが取り柄のあんたなんかに、そこまで言われる筋合いはないんだから!」
小町が正にマシンガンのような勢いで達也に反撃すると、達也はそのデカい身体を隠すように史龍の後ろへ回り込む。
「小町さん、俺はそんなつもりで言ったんじゃあないんですよ」
「お前が火に油を注いでどうすんだよ、ったくよー!」史龍がボソっと呟いた。
相変わらずのやり取りをしながら、一行は白壁土蔵の通りを抜けて行く。
冲也が亮の横へ並び出て言う。
「亮のおじいさんの家は駅から歩いて行ける距離なんだね?そこが俺たちの目的地ってことになるんだろう?」
「そうですよ。あともう少し歩けば着きますよ」
「そこには一体、何があるんだい?」
「そうですね~、口で説明するのは難しいので、とにかく祖父母の家に着いてからにしましょう」
「わかったよ。まあ、ここまで来て焦っても仕方ないよね」
冲也はそう言うと、真っ青に晴れ渡る空を見上げた。
亮たち五人は川沿いの遊歩道を上流へと向かう。しばらく歩くと、目指していた亮の祖父母の家が見えてきた。
「皆さん、ようやく見えてきました。あの向こうに見えるのが僕の祖父母の家です」
「あら〜、まだ少し距離があるわね〜」
「ここから見えるっつうことは相当デカい屋敷だな」
「亮、なんだか小腹が減ってきたぞ」
「達也は小町からヘヴィな口撃を受けていたから、さすがにエネルギー消耗が激しいんじゃないのか」冲也が珍しく達也を揶揄う。
「いや~、達也君は身体も大きいから仕方ないですよね。でも安心して下さい。僕の祖父母が皆さんのために食べる物を用意していてくれているそうですから」
「おおっ! 本当かっ! それは助かるぞ」
「良かったな、デカいの!」
「おいっ史龍! 俺は達也だ。名前で呼べよ、名前で!」
「はっ! じゃあ、お前のことはこれから“デカタツ”と呼んでやるよ」
「フフフフッ! デカタツって、なんかダサいけどピッタリなあだ名だよな」
和らいだ表情で冲也がそう言うと、達也の方も揶揄われているとは思えない爽やかな笑みを浮かべて答える。
「俺は身体がデカいのが取り柄みたいなもんだからな。だから“デカタツ”で結構だ。良いあだ名ではないか! ありがとうな、史龍」
「……はぁ? お前、どうしちゃったんだよ?」自分の言葉にガッツリ噛みついてくると思っていた史龍は拍子抜けしてしまう。
すると達也がさらに続ける。
「こういう歴史のある街は落ち着くよな。しかも空気がきれいだ! きっと飯も美味いんだろうなーー! なんだか俺はテンション爆上がりだなーー」
「達也君の口に合うと良いんですがね…」
「なんか、ご飯の話を聞いていたら、私もお腹が空いてきちゃったわ〜」
達也の話が名物料理でも想起させたのか、小町もお腹を摩っている。
すると冲也が少しふざけた口調で言う。
「小町は達也を口撃しすぎて無駄なエネルギーを消耗したんじゃないのかい。ディフェンスで消耗した達也とは逆だな」
「言ってなさいよ!!」
いつもと違う見慣れない風景や爽やかな空気が全員の足取りを軽やかにする。
亮は何となくだが、皆の表情が明るく希望に満ちているように感じ、その輪の中に自分がいることを嬉しく思った。
「さあ、着きましたよ」
「……ここが目的地ってわけか」
「よーーし! ようやく飯にありつけるぞ」
「おい、デカタツ! お前は何しに来たんだよ。飯食いにきたのかよ!」
「……ねえ、亮。この辺りだったらやっぱりお蕎麦が美味しいんでしょ~♡私、お蕎麦が大好きなのよ~♡」
「もちろんです。水も綺麗ですから蕎麦は美味しいですよ。まあ、蕎麦が出てくるとは限りませんが、とにかく中へ入りましょう」
構えが大きく古風な屋敷の門をくぐり、玄関を開けると祖母が迎えてくれた。
「亮ちゃん、久しぶりねえ、よく来てくれたわね~。まあまあ、亮ちゃんのお友達も遠いところからよく来てくれたわね。さあ、古くて汚い家だけど上がってちょうだい」
祖母はとても嬉しそうな表情で亮たちを奥にある広間に通してくれた。
通された広間は、二十人は余裕で座れそうな立派な座敷。中央の座卓には祖母の手料理の数々がすでに用意されていた。
「先ずは冷たい飲み物をどうぞ。それから大したものはないけどご飯の用意をしておいたから、遠慮しないで召しあがってちょうだいね」
そう言い残して、祖母は広間を出て行った。
早速、五人は座卓を囲むと冷たい麦茶を飲み干す。
そして目の前に並んだ祖母の手料理を口に運ぶと、皆、満面の笑みを浮かべる。
ふっくらしたおにぎりを頬張りながら達也が言う。
「亮、随分と立派な家だが、ここは武家屋敷というやつだろう?」
「そうですね。見ての通りの古い屋敷ですが、うちの祖先はここの城主に仕えてきた武士だったそうです」
「ならば、世が世なら亮も立派な侍だったわけだな」
「僕の場合は武官と言うより文官だったわけですが……」
「亮みたいな弱っちいのが武士だあ? 亮なんかに勤まるのかあ? 似合わねえよな。今の時代が平和で良かったじゃねえかよ」
「いや~、確かにそうですねえ……あははは」
史龍の身も蓋もない台詞に頭を掻きながら愛想笑いをする亮に冲也が口を挟む。
「亮が弱いのかどうかは置いておくとして、ということはこの辺りじゃあ名家なんだろうね。この三國家は歴史の裏の事情なんかにも絡んでいたのかもな」
「祖父から聞いた話によると、この三國家は城が造られるよりもずっと以前、遥か昔からこの土地にいたんだそうです」
「ってことは、ここでは城主様よりも古株ってことなのよね!」
小町も口を挟む。
「どのような関係なのかはわかりませんが、城主様によく仕えてとても信頼されていたと聞いていますよ」
「ということは影響力もあったんだろうなあ」冲也が思案顔で言う。
「この辺りはこんな山奥ですけど、古代より渡来人の氏族が移り住んできたと言われているそうですよ。その氏族達がここを流れる川を祀るための神社や古墳等を残したと言い伝えられています。最も一般的には戦国時代に築造された城が有名ですから、その城郭を中心にした城下町の方にスポットが当たる訳ですが、実はもっと古くからの長い歴史ある土地なのだそうです」
「…………」
亮の話を聞いていた冲也は言葉なく、尚も思案顔になる。
その代わりといったように達也が答える。
「ほ~う、ここには古い神社なんかもあるのか。ということは亮の先祖も建立に携わっていたのか?」
「そこまでは何ともいえませんが、祖父でしたら何か知っているかもしれませんね」
「私、歴史って苦手なんだけど、この場所で遥か昔の話を聞いていると見たこともないはずの、当時の何かを感じるわね。なんていうのかしら、臨場感みたいなものを感じてしまうわ」
すると史龍も小町の意見に同意するかのように言う。
「不思議なんだが、俺もそれと同じようなイメージみたいなものを強く感じるような気がするんだよな……まっ、気のせいだと思うがな」
「皆さん、やはり感受性が豊かなんですね……歴史を感じてくれ…」
と、その時、亮の話の続きを遮って冲也が問いかける。
「ねえ亮! 君の前世というのは、もしかしてこの土地に関係があったのかい??」
「………なかなか鋭い指摘ですね。さすがは冲也君です。でも、僕が前世で暮らしていたのはここではありません」
「違うのかい!? じゃあ、何故ここに俺たちを連れてきたんだい?」
「その答えは、皆さんが腹ごしらえをしてからにしましょう。慌てなくても条件は揃っていますから。さあ、ゆっくり召しあがってください」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
---その頃
大町小町の妹、小梅は特急電車に乗ってN県の城下町を目指していた。
「お姉ちゃん、私がいろいろと確かめてあげるわ。そして、つまんないカルト野郎たちから私が守ってあげるわ!!」
小梅は姉の行き先を追跡するために、昨夜のうちに小型GPS端末を姉のカバンに忍ばせていた。
だから姉のいる場所が特定出来ていた。どうやらM駅で電車を降りたことがわかった。
GPSの位置情報をスマホで受取り、スマホのマップ上に小町の現在位置が表示されている。
最近、様子がおかしい姉が何かのトラブルに巻き込まれているのではないか?
それはどのようなトラブルなのか?
その真相を明らかにするつもりでいた。
しかし、小梅の表情は姉を助ける使命感を背負うようなシリアスなものではなく、どちらかというと楽しげな笑みを薄らと浮かべている。
まるで、サスペンス系二時間ドラマの主人公の気分を味わっているように見えた。
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