第52話
『配置についた』
紙白の通信に俺達は事を始める為にフランスの街を駆け、この平和の仮面を被った地獄を、仮面を剥いで真面な正常な地獄へと変えるべく走る。
晴天の日取りで、こんなに天気がいい日に殺しをしないといけないのは、大変に残念でならなかった。
狙いはディーデリック・オラニエ=ナッサウの纏うバルト・タイガー。その装甲殻内に積載した『棺』。
フルトン回収の予定時刻をセットし航空機の通過空路の座標をマーク。俺は槍を担ぎ、狙いを定めて動くのを待っていた。
レース自体を台無しにするにはレイド程度では無理だろう。
レース場にレイダーたちを乱入させるのは不可能に近いし、何より近づくことも難しいだろう。
となればどうやってバルト・タイガーと接触して『棺』を引き剥がすのか? 。
まあ、それがこの作戦の味噌になってくる。
レイダーたちの危ないおもちゃを与えてドラゴライダーを乱造して、ここに嗾けたのは隠しきれるのかも怪しい程の規模で、糸を引いているのはホーク・ディード社だ。
ホーク・ディード社なのだが……。
「余計なのが混じってるなぁ。班長、俺達とピットスタッフに潜入したCIA以外にR.G.I社関連の企業って出てきてるんですか?」
『報告には無いな。恐らく役員会が動いたんだ、気を付けろ。乱戦になるぞ』
そんな事百も承知だ。
今回の作戦はかなり無茶苦茶だし、かなり大雑把。
紙白がバルト・タイガーを狙撃し故障させ、ピットインした際にピットスタッフにまぎれたCIA準軍事作戦担当官が装甲殻内にある『棺』を取り出し、俺達はアードルフを暗殺、ヨーロッパからおさらばする手筈になっていた。
マッハに近い速度で飛行するドラゴを狙撃するのも、ハッキリなところ不可能と思われそれも仮の作戦、
それがレイダーを率いた大規模レイドであり、ル・マン市レース会場に向かわせ、レースそのものを台無しにして、強制的に強奪するというモノだ。
幸いなことにレースに参加しているドラゴはそういった事態になると即時ピットインすることがルールで定められている。
有り体に言えば中止処置で、そうなるとCIA準軍事作戦担当官の仕事の領域。アードルフは、事故なり、毒殺なりされ自然死に近い形でこの世を去る。
俺達は暴れ上げて、フルトン回収予定時刻まで粘ればいいだけだ。
最後のプランは、紙白がアードルフの脳天を狙撃して終わりだ。
『作戦を開始するぞ。──オペレーション……スタート』
その声と共にレイダーたちに向けてメッシュネットの特定の信号がデコイ端末から発せられ、全てが動き出した。
屋根の上から睨みつけるように戦況の推移を見る。
二つの
レイダーの全員撃滅乃至制圧されればプランも何もない。そうならない為にやられそうなレイダーたちに俺達が加勢しているように思わせず、加勢してやらないといけない。
今、俺達バタフライ・ドリームが駆動させているスカージは第三種機の試験有用の先行量産プロトタイプ機であるが、
単純な機動出力比だけで見れば第一種機の前期型にも劣る。
なにせスニーキング専用のステルスドラゴなんてピーキーな機体を誰が使うのかと言えるが、こうしてあるのだから隠れ潜んで敵の寝首を駆けて言う事なのだろう。
エフェリーネの時のように別ドラゴを用意していないから、これでやるしかなかった。
「南南東、レイダードラゴ五機がGIGN隊と交戦開始。──北北東から追加のレイダードラゴ六機、フランス警察と交戦開始……」
『ハンガー、どのレイダーたちがヤバい?』
「ハンガーから
『こちらペイル。そろそろ標的が狙撃範囲に入るわ』
「了解。
『こちらウォー、了解した』
鷹の目を任されている俺に、戦況を、戦場の全てを見渡せるこの場から動くわけにいかなかった。口惜しい限りだ、何とももどかしい。
サルト川を隔てた先から見える。仮想推定敵先行隊の異常な進行速度、それに肝が冷える思いだ。
見える。間違いないメッシュネットのノードIDとニューロン暗号の硬さがが並の連中の比じゃない。
進行速度もそん所其処らの兵隊とはまるで練度が違う。明らかにトリック・ギアを駆使した移動方法。ドラゴの扱いに長けた操縦士たちだ。
衛星画像を呼び出すまでもない。分かる。
ファーフナー騎士団だ。
「
位置取りとしては俺が一番前線から遠いい位置にいるはずなのだが。
連中、広域メッシュ相互距離感覚把握を使っている。
俺の位置を割り出して鷹の目を潰す気でいる。一応の司令塔としての役割を持たされている俺を潰して各個撃破という手筈なのだろう。
――面倒だ。
俺は苦虫を噛み潰したように顔を怒めるが、狙われているなら仕方なかった。
奴らはもう恐らく俺のノードIDの割り出しに掛っている筈だ。ダミーメッシュルートを走らせダミーの俺を偽装し真実の俺とする情報を隠しているが、そこにいる何ものであるかは、もう割り出されているだろう。
俺が司令塔としての役割を持っているのも、どこの所属かも分からないにしても、ヤバい。──来た。
色が押し寄せてくる。色とりどりの黒と黄色の警戒色が俺のスマートを乗っ取ろうと、
手を振ってそれを振り払い、退路を見つけるべく新たな暗号電脳迷路を構築しル・マンの中を奔って行く。
やっぱりスカージの隠密性重視の設計は失敗だろう。こういった場面でロードホイールを積載していないと機動力に欠け逃走するのに不向きだ。製造部に報告が必要だな。
それでも筋肉アクチュエータ群があるだけマシで、俺の脚速は単車のフルスロットル並の速度で、ル・マンの街を走り抜けるに衝突事故を避けながらだと、やはり機動力が落ちる。
しかも隠密性を保ってとなるとかなりキツイ。
量子ステルス迷彩状態で一般人を轢き飛ばしたら他から見たらおかしいのは一目瞭然だし、何より血痕が何もない所に浮いているとなると、ただでさえメッシュネットで足跡を辿られている俺にとってメッシュネットの居場所だけでなく、現実の居場所も報せる事になる。
だがもう逃げるに逃げられないとこまで来ている。
『標的がコースに入った。狙撃する──』
大量のドラゴの機影を背負ったそれが、先頭集団を切り抜けて走る。
それに紙白は銃口を定めてスコープのレティクルにそれが合う瞬間。
『シュート……──ッチ、外した。続けるか?』
『時間いっぱいまで続けろ! 。俺達がレイダーをレース会場近くに連れて行くまで!』
『
クソッ! 。紙白の奴がミスりやがった! 。
いっつもクール気取って冷静でいやがるのに肝心なところでミスりやがった。
あと何回、チャンスがある。フルトン回収予定時刻とレースの周回速度を考えると、あと二回程度じゃないか? 。
それどころか俺のケツには火が付いて、ファーフナー騎士団と楽しく鬼ごっこだ、クソが! 。
口には出さないまでも愚痴っていいじゃないか? 。このクソッタレが! 。
毒づいて音をメッシュネットの通信に乗せては俺の足跡が残る。だから愚痴る事も出来ない。
ファーフナー騎士団の足の速さは並ではない。これだとバルト・タイガーが二週目に突入する前に俺に追いつく。
『ヤバいこっちにもファーフナー来た!』
『死なないように応戦しろ! 。ルール!』
ル・マン市に聞こえる銃声の咆哮に悲鳴が聞こえる。
対岸の火事と高を括っていたんだろうが、フランスも世界の戦争経済の中の軌道上にには十分すぎるほど近い位置にあり、危ない国政状態の立ち位置にいるのを再認識させるべきだ。
オール・フォーマットで経済が焼却され、初期化された中で治安を安定させるというのはかなりの困難がある。アフリカの殆どが全滅。南アメリカ大陸も、中東も一部を除き世紀末状態だ。ヨーロッパも例外じゃない。
元々ロシアとウクライナとベラルーシの紛争という火薬庫を抱えていたユーラシア大陸西部で、軍拡的領土占領を十八番としているロシアや中国に、オール・フォーマットはまさしく転機であり、実効支配のいい口実になり核兵器保有の大国以外の小国は殆どが消滅した。
日本がまだその形を保てているのは地理的なモノなのか、それとも国民性からなのか分からないが、核保有国は今の世界で国という形を保つアドバンテージになる。
そしてその核兵器保有数の少なさは偏に領土内での戦争経済の標的になりえる。
国の運営に『金』が意味をなさなくなると、経済を回す方法は限られる。
その限られた中には『戦争』も一つの手である。
レイドもある意味では経済活動の一環なのだ。
戦争が激化及び長期化したならばそこに運ばれる人、物資、エネルギー等々、様々なモノが動く。その経済活動は讃えられるモノではないが、しかしながら生きていくには仕方のない事だ。
生産、流通、使用、その三拍子のニーズが『戦争』活動は備えているからその標的となる。そしてその醜い経済活動に最も標的とされるのが国ではなくなった空白地帯と、核保有数の少ない国々であり、そう言った『国』の形が保たれている所で戦争が起こると周辺国からの支援が受けられむしろ儲かる。
だから、
日本だって例外じゃない。日本も東アジア世界有数のレイド大国であり、いい標的だ、東京はレイダーにいい儲けを与える場所だ。
本州は勿論、都会に成れば成程にレイドの頻度は上がり。人が死んでそれを嘆いて兵士が推参し人を殺す。
馬鹿馬鹿しく、嘆かわしい活動に、俺達は今加担している。
傭兵も戦争経済の一貫であり、大国の小like稼ぎの場だ。最低の底辺ジョブだが、これがいい稼ぎになるのだから悔しいかな。
「やるしかないか……。クソが……ッ!」
俺がスカージの中で愚痴る。もう目と鼻の先のとこまで迫ってきている一機のドラゴ。間違いない、ファーフナーの騎士だ。
クソッタレ、クソッタレ、弱気になるな俺。商業主義が味方してくれる。
俺は俺という名の商品でその商品棚から手に取られた商品の一つでしかない。一つ一つを、個人のそれまで調べるほど戦争は細かくない。
「こいやぁあああああああっ!」
声を上げソイツに向かって奔り始める俺に、ファーフナーの騎士が腰に帯びた剣を抜く。近接格闘ブレードに独特な色合いの虹に輝く盾を構えて突っ込んでくる。
俺はソイツのブレードを槍で受け止め、鍔迫り合い睨み合う。
『貴様、一体どこの差し金か!』
「
槍の『棺』とスカージの回線を繋げエネルギーソードを噴出させ、押し返そうとするが、だがやはり筋力出力比は覆らない。こうなると中身の膂力がモノを言う。
ヒョロガリじゃないにしても、150キロ近い重みに耐えるだけ俺は頑張っている。
「オオオオラッアアアアアアッ!」
近接ブレードを捌いて穂先を敵の体に袈裟懸けに振り下ろす、
「っ!」
だが、それは出来なかった。
パーンという音を立てて盾が弾け、散弾銃のように破片が俺の機体を傷つける。
何が起こった? 。
簡単な科学。オランダという名前を持った現象を防御兵器転用した結果だった。
オランダの涙。それはガラス細工等々で造られるマテリアルで、その製法を大型化したのがその盾だった。
オランダの涙は滴型のガラス細工であり溶解したガラスを水中で急速冷凍した際に生成される。その強度は銃弾でも砕けない程の堅牢な構造をしている。
そして何よりもの特徴は、滴型の尻尾の部分を少しでも破損させるとその全体が破裂する性質を持っている。その炸裂する速度はマッハを越え、水中で炸裂させたなら水槽を破損させる威力がある。
その製法でそのまま巨大化させ盾に応用するとは、一撃だけならこの槍の絶大な破壊力を防ぐことができるだろうが。だが一撃だけだ。
バトントワリングよろしく俺は槍を回転させ突きを入れるが──しかしそのエネルギーブレードが敵の胴体を貫くことはなかった。
「っ?!」
どういう事だ? 。
敵が、その手に持った近接格闘ブレードがエネルギーを吸収している! 。
どういう事だ! 。なぜ溶解しない。いや、それ以前に、この武装でなぜ立ち向かおうと思った。軍隊なら敵が未知武装を装備していたなら遠距離から攻撃するべきのはず。他にも不可解な点は無数にあった。明らかな可笑しな点が。
なぜ単機なのだ? 。
肩口に見えるエンブレルはファーフナーのエンブレムと隊長旗のそれがあしらわれている。――と言う事は。
(マジかよ。コイツ、――リブロー卿かよ!)
世界最強のソイツで、何故にこの装備を向こうか出来ているのか。
それはすぐに理解できた。俺を払いのけるように槍を払い、距離を取ったリブローが腰に携えたもう一本のブレードを持ち背部装甲殻に柄を差し込む瞬間にちらりと見えた。
──『棺』。
柄に接続されたケーブルが両剣共に鈍く光り、空を切る瞬間──風が嘶いた。
ゾッとする殺意に俺が体を屈め避けたその瞬間、町々の一般庶民の車が剣先に触れる事無く両断された。
斬撃を飛ばした? 。いやまさか、ファンタジーゲームみたいな事が出来るのか? 。出来るはずがない。
いやだが、それをもし可能にするとしたら、あれはリブローが装備している『棺』はホンモノ? 。
「ハハッ……ハハハハッ……」
洒落でも笑えない。絶望が目の前に立って見えた。
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