第21話

『アタシも新しい装備欲しかったなー』


「いい加減にぐちぐち言うなよ。リーダー命令でダメって言われてんだから諦めろよ」


『でも一つぐらい良いじゃん。完全自己負担なら会社にも迷惑かけないし』


『そういう問題じゃない。ホーク・ディードの体裁に関わるんだ』


『ええー。ブーブー』


 うるさい女だ。いい加減に諦めれば済む話なのに蒸し返す様に戦術メッシュを通じて言ってくるあたり小ざかしいし小生意気だ。

 柊は近接装備を危うくバルカン重工業から購入しそうになって俺達が止めに入り、無理やりドラゴに押し込んで何とか落ち着いたところでほじくり返してくるあたりが面倒臭い。本当にこの女面倒臭い、嫁に貰いたくないタイプだ。

 バルカン重工業武器見本市の露店が終わり、俺達は彼らの護衛、と言う名の体裁の簡単な監視を基地司令から承ったので近場の空港、カブール国際空港まで護衛しないといけなくなった。

 面倒臭い、ただでさえ時間外労働の残業なのに、カブール国際空港までって遠い。果てしなく遠い。ロードホイールの回転数を目一杯に上げて、バルカン重工業の連中も速度を上げろと責付いて俺達は公道を全速力で走り抜いていた。

 もうとうにホーク・ディードのドローン偵察部隊の監視圏外に出て、アメリカ派遣軍陸上攻撃連隊のメッシュネット接続申請を行い、そろそろ一時間になろうか。


『次のA71からA77を左に行くぞ』


 公道を走っていると言ってもロクに舗装がされていない砂利道であり、尚且つかなりくねくね道であるために巧い事速度も出しにくい。

 小回りの利くドラゴならまだいいが如何せんバルカン重工業の連中はSUVに大型トレーラー四台と来た。遅くなってくる。

 日も暮れだして、夕日が禿山の稜線に淡く沈み赤々とした空も徐々に群青色と紅色の混じる幻想的な色合いを披露してくれる。

 そんな夕日に俺は苛々して仕方がなかった。

 時間外労働は害悪だ、残業は極悪だ。例えこれが大好きなネットサーフィンであったとしても『労働』をすることが何よりも嫌だった。

 速くバルカン重工業をカブール空港に落として帰りたい。でも帰り道も遠いい。

 今は道半ばぐらいで行くも地獄戻るも地獄だ。どの道地獄なら、だったらさっさとバルカン重工業と言う名の邪魔者を排除して帰った方が仕事も減る。

 どうせ今日こいつ等を油田基地に宿営させたとしても、どの道次の日に送ってこいとお達しが来る。

 バルカンの連中まだまだ売り足りないとばかりに在庫を抱えている。これがレイダー、アフガン解放戦線の手に流れたら厄介だ。

 厄介払いはさっさとすべきだ。


『こちらアメリカ派遣軍陸上攻撃連隊。ヘルナンデス中佐だ。聞こえるかホーク・ディード』


『こちらホーク・ディードのバタフライ・ドリーム。聞こえますヘルナンデス中佐』


『ホーク・ディード社法務部と正式に契約が受領された。共に仕事をできる事を光栄に思う。ピックアップ班をA77通りのチャグチャラーンに待機させる。早めに仕事を終わらせよう』


 俺はロードマップを開いて距離を測定した。

 大体ニ十キロメートルぐらいだ。これなら九時前には帰れるかもしれない。ちょっと嬉しい。


『バタフライ3。聞こえるか』


「なんですかー。バタフライ2」


『この先ショートー・クハン・キャレと言うところ公道に指定されていないY字路がある。なんだか臭い……アイ・ドールを飛ばして偵察してくれないか』


「了解」


 俺はアイ・ドールを射出し、高高度レーザー地形偵察を行った。すると──。


「妙なのがいるなぁ……。バタフライ2。予感ばっちり、妙なのがY字路の丘にいます」


 俺は静かにブローニングを動作を確認し、手に持った装備一式を確認した。

 ドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃に弾倉十個、近接格闘マテュテのサブアームにリアクティブ・アーマー・シールド一枚に緊急時サバイバルユニットの装備である。

 柊、葛藤さんも似た感じで唯一紙白だけはアンツィオ20mmドラゴ改良狙撃ライフルを持っていた。

 紙白は後衛支援だからそれでいい。にしても面倒だ。

 二キロ手前でバルカン重工業の連中を停車させ俺達三人が前へと出た。

 戦術メッシュデータリンクを相互に繋げ、紙白の視界情報、狙撃ライフルのデジタルスコープデータに眼をやると、総勢で四十人程度だろうか、赤外線カメラに写っている。


『支援はするから。好きなだけ暴れてきて』


『はいはーい』


 溌溂とした返事で柊は片手にブローニング、もう片方にマテュテをもう装備している。にしてもこれは確かに、匂う。

 物理的な臭さではない。何というのか雰囲気として、妙だ。

 レイダーとの戦闘記録アーカイブデータは戦術部が戦闘社員内で公開している為に何度か見た事があり、統計から見てもこういったブッシュドック、待ち伏せ戦法を取ってくる連中は少ない。

 何せ連中はその日を凌ぐのもやっとな連中だから、敵をわざわざ待って狙うより自分たちの脚で敵を襲う山賊じみた行為に走りがちだ。

 なのに、今回は待ち伏せ戦法ブッシュドック。匂う。


「チャグチャラーンの街から20キロと離れてませんよ。連中、アフガン解放戦線かもしれないっすね」


『レイダーにしろアフガン解放戦線にしろ、どちらにしても攻撃の意図があるのなら敵対行動が許される、対話が不可能なら制圧するぞ』


「了解」


 葛藤さんの判断は合理的だ。対話が出来ない相手に態々こっちの腹を見せて迄対話を求め続けるのは愚かな事だ。オール・フォーマット以前の日本はそれで手痛い目を見ている為に、自衛隊を解体し日本防衛軍を再編成した経緯もある。

 日中外交の悪い例とも言えるそれに葛藤さんの判断は確かで、経歴を深く聞いていないが年からして台湾侵略の時にはもう日防軍には入っている筈だ。

 バタフライ・ドリームの中で実戦経験が本当の意味であるのは葛藤さんだけだ。

 その経験者が妙に感じるとなれば、分かる筈だ。

 接敵する俺達、瞬間──銃声が聞こえた。

 ヒュンヒュンと俺達を掠めていく弾丸の風切り音。銃声、着弾時の粉塵の舞い方、着弾箇所の破壊状況。それだけの僅かな情報量で判断できた。


「ヤバぁ……ドラゴぁだ!」


 俺は叫んでロードホイールを目一杯回転させ散開を促し、肩部ハードポイントのアイ・ドールを全機射出し、トリック・ギア姿勢に入った。

 丘からまるで雪崩のように降りてくるドラゴと、重武装のハンヴィーが駆け下りてくる。ドラゴは言うまでもなく完全装備。対ドラゴ専用に装備を固めていて、戦闘車両は対ドラゴ専用にKord重機関銃装備だ。

 どれも装甲殻を貫くだけの威力を持った兵器。しかも肩に張り付けられているデカール。その意味することろは――。


『アフガニスタン軍のエンブレム。しかも蛇とドクロのセット──サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊だ!』


 なんてこった……アフガン解放戦線の主力。反政府軍の唯一のドラゴ部隊だ。

 今迄、各地を転々とし首都カブールの奪還にアメリカ軍とバチバチにやり合っているとばかり思っていたが、そうでもないようだ。


『司令コード第57号を発動! 。落ち着いて対応しろ。指示なく散開するな』


 ぶすッと背骨の中に注射管が刺さり薬液が注入されるのを感じるが、そんなこと言っている暇はなかった。


「奴ら迫撃砲装備してる。──っ。弾着!」


 轟音を上げ噴火したのではないのかと思う程火柱が上がり、小石がガンガンとドラゴに撥ねる。

 岩陰に隠れ牽制するように銃撃するが、相手の方が火力が上だ。

 心臓が破裂しそうなほどバクバクと高鳴っている。司令コードの薬物の影響なのかそれとも戦闘の興奮から来るものなのか分からない。

 しかししっかりと分かる事は一つで、ピンチであると言う事だけだった。

 ズダンっと大きな銃声と共に、敵ドラゴに着弾する弾丸。紙白の支援射撃だ。

 ロードマップ上に敵が全てマークされる。


「サンクス。バタフライ4!」


 後方支援は冷静さを失ってはいけない。

 冷静に敵位置情報を更新し、どこに敵がいるかを報せてくれる。そうしなきゃ俺が紙白を撃ち殺している。

 トリック・ギアで回避をしながら移動機動射撃に意識を向ける。

 ボシュッと言う音に俺の意識が揺らいだ。腕に着弾した。

 激痛が意識を奪いそうになるが、ドラゴヘルムが痛みの質感クリオアを検知し、圧迫止血し同時に即効性の痛み止めが投薬される。


「被弾した。くっそ! 。いってぇ!」


『全員後退! 。後退しろ!』


 退避行動を判断した葛藤さんが叫んでシールドを構えながらロードホイールを逆回転させながら退避している。

 俺も痛みで明滅する意識の中で撃たれた腕を振り上げ、サブアームのリアクティブ・アーマー・シールドを握り後ろに逃げる。


『MaydayMayday! 。アメリカ派遣軍陸上攻撃連隊‼ 。敵襲、アフガン解放戦線、サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊だ! 。MaydayMayday! 。ホーク・ディード社バタフライ・ドリーム!』


 葛藤さんがアメリカ派遣軍に救援要請を必死になって叫んでいる。

 メッシュネットの悪所だ。ノードとノードを繋げ伝言ゲームのようにメッセージを送信する為に相手に到着するまでに時間が掛かる。

 アメリカ派遣軍の返答が返ってくるのに二分ほどかかったが、返答が帰ってきた。


『こちらアメリカ派遣軍陸上攻撃連隊。AH-64を離陸させた。持ち堪えろバタフライ・ドリーム!』


『了解……!』


 位置情報もしっかり送っている。すぐにでもAH-64『アパッチ』が救援に来てくれる。その筈だ──。

 幾らドラゴと言えど空は飛べない。装備の有無によるが高度差の優位ばかりはドラゴでも覆せない。これなら後は持久戦、AH-64が来るのをじっと耐えていればいい。

 だが、戦場は理不尽を心得ていた。

 ブオンと高音質なエンジン音が響き、敵陣から一体のドラゴが前に出た。

 何だあれ、背中にディーゼルエンジンを積んいるのか? 。ロードホイールの回転数を上げているのか? 。えらく機動力が高い一機が、俺達に向かって突貫してきた。

 馬鹿が、ディーゼル積んでるなら背中の装備は揮発性の高いガソリンタンクを積んでいるんだろ! 。鴨撃ちだ。

 そう思いリアクティブ・アーマー・シールドの銃座口にブローニングをセットし、後退しながら撃つと。

 敵が瞬やいた。

 敵が何かをこちらに向けて、それが光っていた。赤く白熱するそれをこちらに向けて、弾が消える。


「何だあれ! 。何だよアレ!」


 俺は喚いていた。アイ・ドールの多角視界が確保されているからにその全貌が見えていた。

 ライトセイバー─―その単語が浮かんだのはなぜか。

 ──敵の手にそれが握られているからだ。

 ダダダダッと弾丸を幾発も撃ち込み敵の脚を止めようとするが、そんな事何のことなしと言わんばかりに微かにその光の剣先を動かす、するとあな不思議かな、弾丸が蒸発する、しかも弾頭が瞬時に蒸発し弾道が逸れ、明後日の方向へと向かって逸れていく。

 思考が加速する。科学的なアプローチからするとあれは間違いなく、プラズマレーザー兵器の類、しかも剣身がある。と考えるとあれは重金属の超加速装置、いや、待てそれだとただのブラスターではないか、何故剣の形を保っている。

 いやそれ以前に弾頭を蒸発させるだけの熱量を発している兵器なのになぜあのドラゴが無傷で奔れている。

 超が付くほどの熱量を発していながら熱に過敏なガソリンエンジンを積んで、それでも尚自爆せず剣としての体裁を守って攻撃を仕掛けてきている。

 アイ・ドールを通して見える。あの剣、柄にケーブルが伸びている。

 ケーブルの先には腰部のハードポイントに装備された黒い四角い筒状のモノに接続されている。

 あれからエネルギーを得ている? 。いやでもそうだとしてもエネルギー総量と熱の問題が付いている。

 説明できないのだ。使用者が自爆せずに使用し出来ている事、何故刀身が形づくれている事、あの黒い四角い筒状のモノがバッテリーだったとしても、なぜこうも長時間刀身にエネルギーを供給できている。

 問題点を上げだせばキリがない。


「っ──!」


 そんな事を考えている間にその敵が俺の目の前に迫って来て、その剣を振るった。

 盾で防ぐ瞬間──爆発。リアクティブ・アーマーが作動した。瞬間に刀身が一瞬だけかき消えた。

 だがすぐに刀身が再生し俺のドラゴの下半身を切り裂いた。

 ガシャンと音を立てて崩れ落ちた俺は、気が狂いそうなほどの興奮で今にも死にそうだったが、冷静に物事に当たらないとそれこそ本当に死ぬと実感していた。

 運が良かった。ドラゴの下半身だけ切り落とされ、俺の生身の下半身は無事だった。

 装甲殻システムは生きている。背部ハッチを開け、サブアームに付けていた緊急時サバイバルユニットを掴んで逃げていた。一目散に、兎に角逃げた。

 丘を駆けのぼり飛んでくる弾丸の風切り音に怯え、必死にジグザグに走り、敵の予測射撃を撹乱しながら走っていた。

 葛藤さんも柊も、俺を救出するだけの暇はないだろう。

 自分でもそう判断できるし、実際そうであった為に救出のために班員が俺に駆け寄ってくることはなかった。

 走って走って走り続けた。銃声が聞こえなくなるまで人の声が聞えなくなるまで、息が切れても、心臓がはち切れそうでも、逃げる事に必死で走った。

 道なき道を走って遂に誰も居なくなったところで俺は岩陰に隠れて腰を落ち着かせた。


「はァ! 。はァ! 。ハア! 。ハア……ハア!」


 過呼吸で死にそうだ。だが、まだやるべきことはある。

 俺は撃たれた腕を見た。痛々しくもダラダラと血が絶え間なく流れている。

 緊急時サバイバルユニットを開き、止血用タンポンを取り出した。ここで弾丸の摘出は無理だ、俺の精神が持たないし何より器具がない。無理くりナイフでほじくり出して感染症のリスクを増やすぐらいなら中に残していた方がいい。


「ふっふっふっ──あ”あっ! 。ぁあああっ!」


 撃たれた銃創にタンポンをねじ込んだ瞬間痛みで声が出てしまった。響いて敵に気づかれないといいが、兎に角止血。タンポンが血を吸って傷口を押し広げ血を止める。消毒用のジェルを塗りたくり上腕を布で縛り止血し傷口を布で覆いガムテープでぐるぐる巻きにした。

 応急手当のガイダンス、もっとまじめに受けていればよかった。

 そう後悔しても遅いと言わんばかりに痛みが強く感じられる。緊急時サバイバルユニットの中から痛み止めの注射器を取り出しありったけ打った。

 これで、いいだろう。


「はぁはァはァ……」


 敵は追ってきていない。とりあえずは安心だ。

 ハイドレーションの管に口を付け経口補水液を呑んで一息ついた。緊急時サバイバルユニットにはリボルバー拳銃とナイフ、応急処置一式と飲料ろ過機、僅かな高たんぱくエネルギー食品とビタミン剤が入っていた。

 スマートグラスでホーク・ディード社の救難支援システムをコール状態にして俺は息を落ち着ける。何だろうか。頭がくらくらする。

 痛み止めの打ち過ぎか、ボーっと意識が薄らいで遂には気絶していた。

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