第40話

「女王様ってのは存外暇なのかもな」


 俺には王族の公務と言うものは分からないが、俺の目からしてしまえば暇をつぶすために見えていた。

 EU圏は西ユーラシア大陸地域と言う事もあり、様々な国が乱立しているからにイベントごとが多いい。そして今回、公務と言うのは国際映画祭の出演だった。

 国から離れ延べ三か月のフランス旅行、とでも言えばいいのかオランダ王室として文明人と言う事をアピールする為のフランスとの外交戦略。

 フランスと言えばイベントごとは多い、このカンヌ国際映画祭もそうだし、一か月後にはル・マン24時間レースドラゴ部門があり、そこにはフィリップス&スパイカー・カーズ社の最新鋭低飛行型ドラゴのお披露目がある。

 オランダ政府としても手前味噌のそれを応援するのは吝かではないのだろう。

 何にしろ。今回のこの仕事には──ファーフナー騎士団が付いて来ていない。

 ファーフナー騎士団はオランダの特殊機甲治安警備組織だ。

 オランダ国外に出て迄警備するとなるとそれはもう軍隊であり、彼らは警察と同じで国外警備は法律的に無理があるのだ。確かに軍隊としての側面も持ち合わせているが、それは専守防衛の為の力であり、例えば国外からの侵略行為にのみ出動が出来る。

 国に囚われた所謂飼い犬という首輪を嵌められたのがファーフナー騎士団で、攻撃性を持ちえない番犬なのだ。

 故にと言う事なのだろう。俺達を雇い入れたと言う事は、身辺警護の為なのだ。

 EUの中でもレイド発生率が屈指のフランス国内で、いくらフランス陸軍や地元警察たちが警備当たると言ってもリブロー卿にとっては気が気ではないだろう。

 豪勢な水素エンジン式のリムジンにオランダのちっちゃな国旗が付いていて、走っているその周りを囲むように俺達は花の都の中でスニーキングする。

 姿の見えない俺達に誰も気が付いていない様子。これならば後は敵となる人物のマーキングだけだ。

 俺はいつもの広域メッシュ相互距離感覚把握で敵の色を探すが、フランス警察の実力か、敵と予想される色は悉く抑えられている。

 カンヌ国際映画祭は映画の祭典。それを襲うとなれば非常に手間のいる組織的な行動が要求され、もし強襲が成功し、会場を襲え大衆の目に晒されるのならば大々的なプロパガンダとなり得よう。そうなればもうレイダーはレイダーとしての特性『持たざる者』と言うのが証明できなくなり、もはやそいつらはテロリストとなりえる。

 テロの脅威は今はレイドに変わって、レイドを起こすレイダーの相場は決まって資産的価値の少ない人物ばかり、そうなってくるとテロリストは持たざる者と言う特性がない。故に資金的に余裕のある富豪の遊びになりえる。

 富豪たちが自分たちに不利益を被る政治家への暗殺や脅迫、誘拐。そう、テロとは今は富豪と富豪がlikeのそれをアピールする手段でしかない。


「フランス警察やるう。広域メッシュ相互距離感覚把握にゃあ殆ど奴さんら制圧されているぜ」


『テロの脅威は無いに等しい。だが、警戒は怠るな』


 そういう葛藤さんが、俺の向かい側の建物の屋根にいる。

 姿が見えないが俺にはばっちり見える、スマートの通信電波を可視化するユニットがスカージには搭載されていて、当然敵味方の把握は可能だ。じゃないと友軍誤射フレンドリーファイアもあり得る。


『プリセンスが車から降りる。ライダー各員、降着し警備に入れ』


 その指示に俺達は従う。

 アメリカ人は別称を付けたがるものなのか? 。俺達がこの仕事、暗殺ユニットに組み込まれた途端に俺達バタフライ・ドリームの各員に別称を付けられた。

 四人いるからヨハネの黙示録の四騎士の名前を取ってつけられていた。

 柊が『ルール秩序』、葛藤さんが『ウォー闘争』、俺が『飢餓ハンガー』、紙白が『ペイル疫病』。カッコいいじゃないか、これは皮肉として言ってみる。

 建物の屋根から音なく俺達は飛び降り着地し、スカージを脱ぎ捨て自立モードに移行させた。腰に携えた携帯銃火器ユニットのKelTecP50を取りホルスターに収めて市トッパーを外し、プリンセス・ジュリエッタの下に素早く近寄った。

 これじゃ暗殺者と言うよりかはSPかシークレットサービスだ。

 まあそれ意味もある仕事だが、王族の地位程の高い人間が映画祭に出ると言うのは聞いたことがない。有名監督や、男優女優が参加すると言うのは聞いたことがあるが、実際何をするかは知らない。

 話によればメインステージでは映画上映をして、見本市の方ではプレゼンとパーティーが行われるとのことだが、俺からしてしまえば雲の上の話で想像が付かない。

 会場に到着早々にVIPルームに誘われ彼女はまっすぐそっちに入っていくので俺達は手すきとなるのは致し方なかった。

 さていったいここから何をすべきか、お付きのホンモノの護衛は一緒にVIPルームに入っていった。流石にVIPに危険人物がいるとは思えない。

 俺はホルスターのストッパーを再度掛け、銃を腰に収める。


「ハンガー。何してる」


「敵がこの中にまで入ってくるってことありえます。別の会場見て回ります」


 そういいウォー、葛藤さんに言いその場を離れた。

 会場はそこまで広くない、メインステージとエントランスが人でごった返しているが、そこの警戒はフランス警察に任せていいだろう。

 少なくとも、レイドが起こってもどうとでもできる。フランスの機動警察のドラゴがあちらこちらに散見出来てレイダーに対しての威圧にはあれだけで十分すぎるほどだ。

 となれば後は、中に入り込んだ連中だろう。

 手に張り付けたフィルムスマートを操作し、グラスから行き交う人々のメタ収集データを開く。

 俺の視界に広がる人物たちのメタビッグデータ群。そして俺が捉え切れなかった身体情報を整理し表示にして怪しい人物を探す。

 レットカーペットを歩く俳優たちの美男美女加減に溜息が出そうだが、それにうつつを抜かしている暇はない。その周辺の人物たちを見ると、出るわ出るわ。堅気じゃない人間たち。

 映画配給会社のスポンサー企業の連中なのだろう。武器製造会社の多さ。俳優たちを守るシークレットサービスの武装の危なさ。

 俺も言えた義理じゃないが、殺気を隠す気も無いようであるからに鼻笑いの侮蔑の笑顔が漏れる。

 ドラゴを乗っていないだけまだましだが、この無防備な連中の姿に鴨撃ちもできると頭の中で算段をしている俺に馬鹿馬鹿しいと思う。

 ついこの間まで戦場にいて急にこんな平和の祭典のようなところで仕事をするなんて誰が想像する? 。出来るはずがないじゃないか。

 メインステージはもういい。見本市の方へ足を延ばして見て、会場を見渡すと立食パーティーなのか、片手にシャンパングラスを持って楽し気に笑い合っているスポンサーやら各製作会社の売り込みが盛んに行われている。

 俺も映画は好きな方だが、その実態をまるで知らないからこの光景は新鮮だ。

 映画でも何でもやっぱり必要なのはスポンサーと言う事なのだろう。売り込んで金を貰おうとする乞食たちばかりだ。

 俺はああいう売込みと言うのは点でダメで、人と関わる事を極力避けてきた人間だ。ああいう人間を憎悪さえすれど侮蔑まではしない。尊敬しよう。

 会場を歩き回り、俺は一つのテーブルに足が止まった。

 酒類が措かれているテーブルで俺は久しく飲んでいない酒の誘惑に負けそうだった。と言うか抗う事をせずどれを呑むかと吟味迄始める始末だった。


「ほー、海底熟成ワインか」


 一つのボトルを手に取ってラベルを見やるとそれは不思議な瓶に入っている。

 石灰藻がいい柄になっているそれは海底で熟成させると言うワインで、今日日そこまで海底産業に珍しさも何もないが、スポンサー企業の宣伝オーグ広告を見ると海底農業系の産業がスポンサーにいるらしくここに出ている食品のほぼ全てが太平洋遺伝子氏調整作物産の農作物で出来ているようだ。

 培養肉は大豆由来のタンパク質で出力された培養品で味はそこそこいいが、やっぱりあの肉汁だけは合成品では味わえない。

 コソッと色々なテーブルにある食事をつまみ食いしてみるが、どれも一流のシェフたちが作ったであろう料理、だが、食品は二流と来た。

 味は良いのにやはりパンチに欠けると言うのが俺の率直な感想だった。

 ヴィーガンが持てはやされて菜食主義が死滅しようと動物を殺すして食う事は違法にはならない。何せ食っているんだからそこに違法性を求めるのは間違いだろう。

 俺はもう我慢ならなかった。欧州のヴィーガンブームを他人にまで押し付けてくる姿勢が許せなかった。

 思いっきり肉を食って酒を呑んでやりたい。

 ワインボトルを手に取ってソムリエナイフで栓を抜いていた。

 ポンといい音が鳴り、グラスに注がれる赤々とした色は肉的な色味を失い紫の輝きを放つ得も言われぬ酒精の香り。

 ゴクンと生唾を呑んで俺はそれに口を付ける。ツーンと鼻を抜けるアルコールの風味にそれを隠す様に葡萄のフルーティーな味わいが舌を楽しませる。

 辛口のこれならばきっとレアで肉汁滴るステーキが合うだろう。この会場には培養肉しかないがそれで我慢するしかなかった。


「アーン……もっぐ」


 一応調理専門学校での俺に言わせてしまえば、いくら肉に似せた培養ソイミートで畜産業の意味を失わせると言っても、培養ソイミートで再現できるのは所詮牛肉程度が限度であり、豚肉のあの淡白さと脂っ気、鶏肉のささみ感、そしてジビエの獣の臭さは再現できない。

 食うと呑むに必死で周囲の目なんて気にしていなかった。

 ここ数日で溜まりに溜まった食へのフラストレーションを晴らすかのように喰らっている姿はあまりにも汚らしかったのだろう。

 トントンと肩を叩かれたかれそちらを向くと、まあ綺麗な女性がそこに立っているではないか。


「あなた食べ方が汚いわよ」


 そう言われて初めて俺がどんな食い方をしていたのか初めて気が付いた。

 ホークもスプーンも、箸も使わず素手で掴んでそれを貪り食っていたからに周囲の目は異常者を見る目付きでヒソヒソ話をしていた。

 その人は鮮やかなドレスには美しい白鳥が投影されており、スマートの映像投影機能で一層美しく感じるその女性は俺にハンカチを手渡してくる。俺はそれを受け取った。


「あなた、お酒も飲むの?」


 そういう女性は俺の飲みかけのワインボトルからワイングラスにそれを注ぎ自らも飲んで見せる。


「その食い方なら、ネオ・ヴィーガンって訳ではなさそうね」


 ネオ・ヴィーガン。ここ最近の食のブームと言えばいいのか。

 先進諸国では動物由来食品を断つ食スタイルがより進化して、体に害のある食物も断つという度を越した連中が横行しているようで、体に悪いからあれを食うな、飲むなと声高に叫んでそのスタイルを押し付けてくると言う連中がいる。

 欧州もその流れに乗っ取りコーヒーやらアルコール類の物を断った店が多く、栄養科だけを追求した合成食品、遺伝子操作を受けた培養食品ばかりを出す店と言うのもあるくらいで、こっちに来てからそればかりでもう苛々して仕方がなかった。

 糖質も依存症があるからと糖質カット食品ばかりで頭がどうにかしてしまいそうだった。

 俺は純粋な日本人だ。米食って生きてきた人間なんだ、なのに米を食うなと言う方が無理な話で頭の底から糖質依存症である。


「そういうアンタは酒飲むんだな」


「私はネオ・ヴィーガンって訳じゃないから、何でも飲むし、何でも食べるわ」


 淫靡な笑い顔にドキッとしてしまう。

 魔性の女、ファム・ファタール、傾国の女性。

 そんな単語が当て嵌まりそうなほど魅力的で魔性が似合う女は相違ないが、コイツには適応できそうだった。

 メタデータを引っ張ってくると、名前はマリア・レオンハートと出てきた。

 如何せん俺は芸能業界には疎く、大好きな映画俳優はヒース・レジャーとウィリアム・デフォー、マッツ・ミケルセンと少し古く灰汁の強い俳優が好きなんで、女優に関して言えば殆ど知らなかった。


「女優さんかい? 。俺なんかと絡んでたら妙な目で見られるよ」


「いいわよ別に。あたし人を選り好みしないで味わうのが好きなタチなのよ」


「へえ、じゃあ俺はどんな味なんだい?」


「すぐは分からないわ。でもあなたからは危険な、ワイルドな味がしそうね」


 スッと俺のスーツの胸ポケットに手を入れてくるからに驚かされる。

 自然な動作だった。警戒心丸出しで挑んだ俺の意識の隙間を縫って手を入れてきたからに驚きだ。


「パーティーを楽しんで」


 そういい煌びやかなドレスをはためかせ消えていく。

 不思議な女性だ。俺は基本的に女への免疫はあまりないのだが、その拒絶感が全然出てこない。柊や紙白は女として見ていないからにどうでも良かった。

 柊は論外だ。紙白は冷徹過ぎる。アイツ等抱くには親身になり過ぎている。

 そんな中でああいう女は刺激が強い気がするが、そんな気を起こさせるには十分すぎる威力がある魅力に俺は絆されそうだった。

 俺は受け取ったハンカチで口元を拭い手に付いた油を拭き、洗って帰そうと思った。

 ふと気づくと胸ポケットに、今時珍しい紙名刺が入れられていた。

『マリア・レオンハート』と英名で掛かれていてスマートアドレスも付いている。

 有名人ならアポ取らないとな、そんな事を考えながら俺は受け取ったハンカチで手を拭いて、頭を掻いた。

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