第39話
武器と言うのは人を傷つける乃至殺める為に造られた道具であり、それが規制されるのは当然の責務だ。
それが例え細菌や拳銃、剣であろうとなかろうと、厳重に保管され、運用されることが求められる。
武器禁輸措置と言うのはご存じだろうか。簡単に言えば国内外に決められた武器武装の流通を禁じる法律であり、紛争地帯、NATO非加盟国への武器輸出を禁ずる法律だ。これらを管理運営しているのはDDTC、防衛取引管理局と国防総省で、これらの検査をパスしないと兵器と言うのは国外に出る事すらままならない。
だが、海外派兵や、俺達に宛がわれた『仕事』に関して言えばそれを無視できる。
「はえー……。ちっせぇ……」
俺達の元に届いたドラゴ。DG-38111“スカージ”は通常のドラゴより一回り程小さく見える。
それもその筈で、これには最新の筋肉アクチュエータ群が搭載されており、脊椎ユニットの配置も変わってより被服としての用途を追求して作られた
漆黒の装甲殻は量子熱光学環境適応追従迷彩コーティングを施され、周囲の空間に隠れ潜む事が出来き、そのため姿形が外部からは完全に見えなくなる。
その上このドラゴに使用されている筋肉アクチュエータ群は磁性粘性流体に置き換わり静穏性と小型化を実現し、より高重量な装備を持とうと今迄のドラゴの時流とは違い、大型化ではなく、小型化を指し示した。
俺は今まで乗っていたG-12グレイから軟殻を引き剥がし、正面ハッチを開いて張り付けていく。
今迄は脊椎ユニットの関係上、背中ハッチから乗り降りしていたが今回は正面部がぱっかり開くように設計されていて、より搭乗の利便性を追求した設計に変わっている。
そしてこれの売りは何を隠そう電脳戦バックアップ装備であり、これらは軟殻のアップデートデータの中にCIAが収集した6000人にも及ぶ精神知能犯罪者たちのニューロン暗号のテンプレートが書き込まれていて、電脳戦が発生したならばずぶの素人でも攻撃に打って出られるように改良されている。
これならば馬鹿の柊でも今の俺レベルになれ、俺は更に高いレベルのH・H技術を手に入れる事ができる。
電脳的防御面に関して言えばこれのメッシュネットに接続しておらず、クラッシュした旧ネット環境にスタンドアローン空間を構築し、変性的な演算でU.S.A.にアクセスでき、何ら違和感を感じない操作感だ。
そしてこの機体の何よりの売りである、ある程度の自立移動が可能であり搭乗員なしでの無人操縦が可能な点だ。
これらは
「暗殺って、誰か殺すの」
「推定と暫定で傍系王族の人間を殺す」
柊のすっからかんの脳味噌に懇切丁寧に葛藤さんが説明した。
そう、暫定と推定のあやふやな状態。なぜこんなあやふやなのかと言うと、少なくとも殺すだけの犯罪行為をしていないからと言うのが建前で、暗殺を命令した者たち本音は皆殺す事を臨んでいる。
なぜならばオランダの傍系王族の中にはソマリアやカザフスタン、ウクライナへの兵器適応されたドラゴの輸出容疑が掛けられた者が多かれ少なかれいるからだった。
これは重大な国際条約違反であり、それらの嫌疑がオランダ傍系王族の誰かに、というが暫定で王位継承権を持っている傍系王族の四人の内二人に掛けられていると言う事だけだった。
完璧な特定は出来ていない。だがそれは国際平和を歌うアメリカ合衆国には必要な手段であり、暗殺も辞さないと言うのが世論の後押しとなり、国際連合総会の総意としては、『ドラゴン・シェル・スケールの兵器運営に於ける規制と抑制に関する法律』、『サラエボ協定』の為に戦場へのドラゴ規格兵器の投入を抑制したいのだろう。世に言う人道的配慮という奴だ。
対戦車ライフルで人を撃っちゃいけないのと同じで、対ドラゴ兵装は『非人道的』なので、クラスター爆弾やナパーム弾のようにドラゴは規制されるべきと言うのが世論の流れなのだそうだ。
まあそんなこと言ってもドラゴは戦場を駆けまわっているし、非人道的と言うのなら銃や刃物だって非人道的な扱いをすれば非道な行為に使える。
ドラゴは包み隠さずとも兵器としての側面は隠せないし、戦車や戦闘機と同じ有人搭乗型の兵器だ。
俺はこれに乗って敵を弾いて、likeを稼ぐそれに変わりはなく、世に出せないlikeであるが、likeは人が人の価値を決めて自動発行する貨幣であり、それを発行される俺達はこの世界になくてはならない存在なのだ。
世の人々はこう呼ぶことだろう。必要悪と。
格好を付ける訳じゃない。真実であり実際俺はそれのお陰でlikeを稼げている。
戦場に出たい馬鹿は数少ない。でも実入りが良くて短時間で稼ぎたいなんて、こんな方程式を成り立たせるなんて命を懸ける他に方法はない。
命はlikeに換金できる。これさえ判れば後は後ろ盾してくれる会社と法律があればどんな環境下でも命をlikeに換金する両替屋の誕生だ。
法律は会社。俺の場合はホーク・ディード社が全部受け止めてくれて武器も装備も全部お膳立てしてくれて、人を殺して生きていく環境を整えてくれる。
そして今回の仕事は、より闇の深い場所にある仕事である。
……
…………
……
人を殺すと言っても暫定的に決まった人物を殺しまわってしまえば、それはレイダーや殺し屋となんらかわらなくなってしまう。
だから敵の選定には慎重を期さないといけなかった。
俺達は生身で王室へと赴き、そして初めて護衛対象となる人、ジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウと対面を果たした。
写真と身体的特徴は事前資料で確認している。聾唖であり、スマートの通話機能を使った間接思考通話を行うことが分かっていて、齢14歳のプリンセス様だ。
王宮の一室に通され、見やる少女は、まるで妖精のだった。
透き通った肌にナチュラルなブロンド、グリーンの瞳は草原を思わせるほど色鮮やかで純粋無垢な、汚れを知らない瞳をしていた。
ちょこんと座椅子に座るその姿は日本家屋で出会ったのなら座敷童か何かと勘違いしてしまいそうなほど愛らしくそして可愛らしい。
「プリンセス・ジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウ殿下である。粗相のないように頼むぞ」
そうリブロー卿が言うので俺達は一応とまでに恭しく礼をして見るが、ニコッと笑ったその顔に柊は今にも抱き着きたいと言わんばかりだった。
どうどうと片手で制止する葛藤さんが本当に柊の親に見えてしまいそうなほどだ。比較的には実際親と子位歳の差があるのだからそれも仕方ないと言える。
だが俺は、彼女に妙なものを見た。
俺の目がおかしくなったのだろうか。気が狂ったのか? 。それとも抗鬱剤の過剰摂取のバットトリップか。
実際に俺の視覚の中で彼女の隣に、正確には肩に『妖精』が見える。
絵に描いたような妖精で、小さな小人に蝶か蜻蛉かの透き通った羽根を持つそんな妖精が見える。
俺はポカンと口を開いて、目をまん丸にして変な顔をしているのは分かっているが、それを見て認識してしまっているからに、そして認めてしまったのならきっと、精神病棟に叩き込まれること請け合いのそれに俺は口を噤んでいる事しかできなかった。
「あー」
純粋無垢なその声で俺を手招く彼女に、リブロー卿が行けと合図するので俺は馬鹿丸出しの顔で近寄ると。
「あー……」
まるで何かを手で弄ぶかのように彼女は俺の顔の周りを触ってもないのに撫でてくる。なんだろうか、不思議と悪い気はしない。
子供に好かれる
彼女は呪いか儀式化のような手で俺の顔の周りの何かを包んで渡してくるので俺は、引きつった笑顔でそれを受け取って見せた。
俺の目には彼女の肩の妖精のせいで目がそちらに行って離せない。スマートグラスのレンズが黒色だから助かった、どこに気を取られてるとかいちゃもんを付けられずに済む。
「──っ」
言葉が詰まる。妖精が俺の手に、ジュリエッタ王女が手渡した何かを受け取った手に、乗る。
ヤバい。これはマジでヤバい。感覚が──ある。
乗っているとそこに実感できる。手の平に触覚がビンビンに反応しそれが、この妖精がこの手の平に乗っている感覚がある。こんなメルヘンファンタジーは求めていない。バットトリップなら早く目覚めろ、今は仕事中だ、頼む。と俺の頭の中で脳味噌に命令してみるがその実感は消えず、妖精が俺の顔を見るので冷や汗が背筋を伝った。
御側人であろう使用人が彼女に補聴器のような器具を渡してくるに彼女はそれを耳に付けた。
『こんにちは。私はジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウです』
スマートの通話機能が自動的にオンになりそう聞こえてくる。
ハッとして俺は自然とスマートの機能をオフにする。何故か、電脳戦の鉄則として、枝が付けられたなら、即座に機能を停止して内部を調べ上げて枝を伐りて根を枯らすのが鉄則だったからだ。聾唖で間接思考通話をするとは聞いていたが、その機能を切っていた筈だ。
あまりにも自然な枝の付け方に、いったいいつ
スーツのスマートだって着用前に毎回枝探しをするし、グラスに関して言えば寝る時以外は大抵付けているから枝を感知したのなら即座に俺が反応しないといけないのだが、それを悟らせない技術力。
彼女がそれを行ったとは思えない。恐らく御側人、電脳担当補佐官が俺達が気づかぬ間に枝を付け葉っぱを張り巡らしたんだ。の、筈なのだが、御側人の立ち振る舞いを見るん電脳担当官にも見えない。この王宮内に潜んでいるのか? 。
もう戦争は始まっている。静かなる戦争、サイバー・ウォーが。
きっとこれによってCIA準軍事工作電脳担当は泡食って対策を打たないといけない。
俺はスマートの思考制御で重要情報部の確認をするが、幸いなことに枝は通話機能だけ枝がついているようであった。
不思議そうに俺の顔を覗き込む彼女に俺は通話機能を再びオンにする。
『急に黙ってどうしたんですか?』
「いえ、こちらの話ですんで。気になさらないでください」
そういうが、彼女は話をつづけた。
『あなた不思議、運命の糸が殆ど誰とも繋がってない』
「運命の、糸?」
『ええ、そう。黄色の綺麗な糸なの。それが誰とも、後ろのお三方以外にほとんど繋がってないわ』
ちょっと意味が分からない。もしかしてこの子、頭がお花畑で在らせられるのだろうか。
『あ、今失礼なこと考えたなー。処しちゃうぞー』
「すいませんごめんなさい許してください申し訳ございません」
キャッキャと笑うように俺の顔を今度は確かに撫でてくるジュリエッタ王女はどこか不思議の国でも旅しているのではないだろうかと思わせるほど、現実味のない事を口にするので、何となくだがやりにくい。
俺達は一礼し、部屋を後にすると狐に摘ままれたように奇妙な感覚に襲われる。
「不思議な子だったー」
「いいなーいいなー。あんな可愛い子に頭なでなでしてもらって、アタシ絶対蕩けちゃうわ」
柊は体をくねらせて羨ましそうに俺を睨むが、俺を睨まれても困るばかりだ。
本当に奇妙な感覚だ。ま、これでファーストコンタクトは果たした。後はCIAの仕事だ。
俺達は別々に王室の王宮を警備することとなる。
首に掛けたネックコントローラーを操作すると、シュッとまるで音を立てず現れるスカージに俺はその身を預けて、最新鋭の棺桶に体を埋めた。
少し風景がぼやけたように見えるだろう。だが、強くそこを注視されない限り、量子ステルス迷彩は見破ることは出来ない。
何事も気に掛けてこそ気づけることと言うのはある。この量子ステルスだってそうだし、電脳戦もそうだ。
俺は何の気なしにアムステルダムの街並みを望むように、王宮の鐘がぶら下がったそこへ昇り、広域メッシュ相互距離感覚把握をして街を見た。
アフガン地区とは違ってここは色が綺麗だ。一人一人が確かに幸福を感じている色を街中から見える、そしてそれと同時に暗い闇も見える。
影が落ちる所に影が重なると濃い闇となる様に、このオランダという街は何から何まで箍が緩い。
世界有数のドラッグ大国であると同時に、性的にも解放的な国である。街中に蔓延り植物の蔦の如く広がる色はそう、快感を得た時の色だった。
皆がこの国では解放的だ。性に解放的、薬に解放的、そして殺しも。
スカージのセンサーカメラが捉えたのは路地裏で行われている殺しの現場であった。
ナイフでブスッと一刺し。そこから何やら物色しているようであった犯人の顔をばっちり俺は見ていて、無意識でソイツのスマートメッシュのニューロン暗号を開錠し脳味噌の中身を垣間見ている俺がいる。
ああ、コイツ、レイダーか。
個人でレイダーをやるとなるとやっぱり大規模なものは手数は限られてくるし、路上強盗がやっぱりいい稼ぎになるんだろう。
だがしかし彼らには快感はありはしない。だって生きるので必死であるに、殺しの一つ一つなんて覚える余裕もないのだから、食パンの一枚を喰らうように、何の気なく踏み潰してしまった虫を見てしまうように、息をするように、彼らに害意も悪意も、殺意もない。
あるのは金銭を欲する欲だけであり、それだけの存在。
人間やはり余裕が必要だ。俺も、他人も、この世界全部に言える。余裕がないから、と。
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