第38話
俺達はアムステルダムの街を見渡しながら、警備対象とそれを取り巻く環境を調べるので大忙しだった。
忙しいと言ってもあちこち駆けずり回るような事ではなく傍系王族の身辺資料の確認作業で一日が潰れそうだった。渡された時代遅れの紙資料と睨めっこをして、俺達の今回の警備任務の護衛対象は、この国オランダの第四王位にあるジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウという少女の身辺警護。
それだけならまだしもリブロー卿曰く警護だけでなく、この少女を害する者たちを根っこから制圧してほしいと言うので、想定される敵を選定するのに頭を悩ませる。
「これ一日じゃ終わらねえな……」
俺はそう言いコーヒーを一口飲んでマリファナを一吸いする。
ハイになるに苦労のないこの国で、俺は紙白と共に頭の底からパーになりながら紙資料に目を通す。
今回の敵推定はかなりこんがらがっている。
お家騒動と言うので血で血を洗う身内闘争かと思っていたが、そうでもないようでオランダ国王、ウィレム=アレクサンダー・クラウス・ヘオルフ・フェルディナント・ファン・オラニエ=ナッサウ陛下、ああ長ったらし、ウィレム陛下で今後いこうかと思うが、その人の娘は三人いて全員が別の家に嫁ぎ王位継承権を喪失しているそうで、ここからが面倒なところ。
次の王の選定に相当前に血統から枝分かれした血筋の者を王位に就かせると言うので、王室はてんやわんやの大騒ぎ、血統の正当性で言うのならウィレム陛下の甥で傍系王族に当たるアードルフ・オラニエ=ナッサウが筆頭に上がっているのだそうで、他にも数人の親戚関係の者たちが名乗りを上げているそうなのだが、ここからが問題だ。
俺達の警護するにあったるジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウと言う少女、この子の立場が厄介になってくる。
この子は元々孤児院の出身で聾唖として身寄りのない子であったのだが、何の因果かウィレム陛下の目に留まり養子縁組としてその家系図に名前を連ねることとなった。
その結果、全く血縁のなく直系ですらない人間が王室の王族、王位継承権を持っている。
血の正当性で言うのなら彼女は埒外であるが、ウィレム陛下の『娘』となれば話は別であり、それを面倒に思う者たちは数多く親戚間のオラニエ=ナッサウ家の家督を狙う動きがあるのは確かなようだった。
現にリブロー卿が泡食ったように俺達に依頼してくると言うのはそれが原因と言える。リブロー卿はオランダに仕える治安警備組織『ファーフナー騎士団』の団長であり、誰かに肩入れすると言うのは言うなれば依怙贔屓になる公平ではないと考えたんだ。
公平性を保ち、それでいて守るべき君主を見極めるのは難しい、それを知ったうえでリブロー卿は俺達にこの仕事を外注したんだ。
「この仕事きつくない? 。あり得んだろう。いくら何でも護衛対象を守るってなってくると。根っこから敵を排除するってなると殺し殺されになるのに、ああこれ間違いなく国際問題だよなぁ」
「そうでしょうね」
ホーク・ディード社的にオランダとの交易断絶は避けたいだろう。
何せオランダはドラゴ先進国。ドラゴの生産量で言うのならそこまでなのだが、ドラゴ関係の特許で言うのなら世界一の技術大国だ。軟殻の特許、筋肉アクチュエータ群の特許。数えだせばキリがない。
ドラゴが作れたってそれを拡張する技術が追い付かなければ意味がない。
ドラゴは兵器だ。兵器に拡張性やら汎用性を求めるのならメーカーとの密なやり取りが必須であり、その拡張技術の大手はフィリップス&スパイカー・カーズ社が最大手、俺達の乗るG-12グレイの筋肉アクチュエータの製造元だし、こことの取引は最重要、オランダ王室とオランダの貿易に溝を作る事は強く言って無謀だ。
「敵と仮定できるのは傍系王族……でもこれを殺したり粗相をしたなら、ホーク・ディードとフィリップス&スパイカー・カーズの取引に大きな打撃になりかねない」
「て、なると。私たちホーク・ディード社と思われずに敵と交戦しないといけない」
「無理だろー……。第一ドラゴ部隊で契約内容も大公開している俺達に、こんな仕事無茶過ぎるー」
ホーク・ディード社は一応クリーンな会社として取引内容をメッシュネット上で公開している。
どこの誰と契約を交わし、そしてlike取引の額から兵員派兵の量まで何から何まで公開しているからに、俺達が動けばこれは即ちメッシュネット上に全部公開すると言う事を示している。となれば傍系王族乃至それに雇われた連中と一戦交えると外交的にダメなのだ。
アメリカはそれを避けるだろう。ホーク・ディード社だって避けたいだろう。
考えただけで嫌になってくる。
突っ伏して考えていると、スマートに着信がありその主は班長だった。
「もしもーし、倉敷っす」
『ああ、倉敷くん。君が今外かい?』
「はい。そうっすけど、紙白も一緒っす」
『出来るだけ人気のない所に移動してくれないか。管理者権限レベルA事項の話だ』
「──了解っす」
俺達はコーヒーショップのテーブルチャージを決済し、外に出て海岸沿いの海風で音が掻き消える浜辺に来た。こんなクソ寒い中で海岸に出てくる酔狂な奴はおらず俺達だけだった。ここなら十分だろう。
俺は
既にセッションは開始されていて、スマートグラスの画面に表示されたのは俺達バタフライ・ドリームの全員と、見知らぬ人ら。
『全員揃ったな。会議を始めようと思う』
拡張現実会議などこの時代なんの不思議な事はないが、秘匿回線を使うなんて相当な機密保持を狙っての事だろう、メッシュネットの階層も相当深い位置で行われている。
発言者のメタデータを俺は引っ張ろうとしると、班長が話す。
『こちらの方々は、国防総省の方々だ。左からCIAの準軍事工作担当官EU支部局長。その次がDIA、アメリカ国防情報局局長とNSA、アメリカ国家安全保障局局長、その他院内総務を含む上院情報活動監視委員会のお歴々だ』
おっとォ。急に一会社規模から一気に国レベルの方々と面合わせになるなんて、ちょっと不穏な雰囲気が漂い出したぞ。
神妙な雰囲気に俺は場違い感を感じるのは帰属意識の低さからか、どちらにしてもこの会議をパスするのは不可能みたいだし黙ってそこにいるしかできないようだった。
『今回この会議に措いての内容の他言は無用は承知の通り、国際的に非常に重要な会議だ』
国防院内総務がそう言うので俺もちょっと委縮してしまう。
どうにも今回の仕事の受領は大事になっているようで、アメリカ政府が関わってくると言う事は、そう、オランダへの内政干渉が確実と言う事になる。
『今回君たちが受領したジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウの身辺警護依頼だが、この重要性を君たちホーク・ディードだけで済ませるには些か事態が大きすぎる。我々もアメリカも介入させてもらうのは当然だろう』
『もちろんそれも我々の想定の範囲内です。オランダとの外交に措いてあなた方の介入は。ですので、ペンタゴンへと報告を入れたのは、私の個人で行いえる範囲での行為』
班長の見透かしたような言い方に院内総務の額に青筋が浮かんでいるようで、俺はその会話のキャッチボールに加わろうとはしなかった。あんなものただのデッドボールの投げ合いだ。
『本題に入ろう。今回君たちが護衛することとなるジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウを、契約期限まで護衛したのち、王女殿下に
「っ──」
俺の脳裏に浮かんだ単語は、傀儡と言う言葉であった。
アメリカの狙いが本題に入った途端にあからさまに見えるので俺も辟易する。
こいつ等、端からまともな外交をする気がない。
国家主権を握る人物は大抵複数人がニューロン暗号を組み合わせファイヤーウォールを構築し守られている、日本の総理大臣だってそうだしアメリカの大統領もそうだ。
だが、今回のオランダはそれがない。
傍系王族やその嫡子など国家内の重要人物にいちいち面倒なメッシュファイヤーウォールを構築する手間暇を考えると、まず間違いなくジュリエッタ王女陛下にはウォールが施されていない。
となればだ外交的有利を勝ち得、その技術力を吸収したいアメリカは諜報的にジュリエッタ王女陛下の意識を手中に収めたいのは当然の発想であり、そして今回がその絶好の機会なのだ。
ホーク・ディードに身辺警護依頼があった、そしてジュリエッタ王女陛下に接触する機会が多くなるのは間違いなくこの現代の電脳戦に措いてアドバンテージになりえる。
『我々もジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウを王座に就かせるのは吝かではない。いや、むしろ付いてもらった方がいい。電脳補佐官が御側におられるだろうが、電脳戦に措いても君たちホーク・ディード社には十分な人員がいると聞く』
ヤダ、俺を見ないでくれ照れちゃうじゃないか。なんて、冗談はさておきだ、コイツは面倒な話になってくる。
白羽の矢が俺に立つじゃないか。俺は何かのかじ取りをするなんて嫌だし、全責任が俺に圧し掛かってくるじゃないか。
仕事が巡ってくると言うのは良い事だが、ここまでの大役を回せと誰が言ったか? 。俺は程々の仕事を細々と熟して、一人で生きて行けるだけの食い扶持を稼げればいいのに。
「進言します。電脳戦装備がありません」
俺は班長が目をやって発言するようにしているのを感づいて、否定的に入ってみた。
当然だ。電脳補佐官が側に付くと言うのなら当然、電脳障壁は張られるだろうし、その障壁を突破するのは幾ら
お門違いもいいとこだ。だから適当に理由を付けて断わってやろうかと思った。
『君がバタフライ・ドリームの電脳戦担当官か』
「担当と言うか割り振られてなっているだけであります」
俺のH・H技術なんてちょっと物忘れを起こさせ、幻覚を短時間的に見せる程度の木っ端な技で大それたことは出来ない。
今回の
『彼には精神観測士の素質はありますが、精神観測士ではありせん。十分なバックアップを必要としますが』
班長がそう言うと、CIAの方が口を開いた。
『その点はまかしてくれ、我々CIAの精神観測士が
『そして次に、次期国王候補に挙がっている者たちの排除についてだが』
傍系王族の二人の顔写真がピックアップされる。この二人が次期王の候補だ。
『君たちには、身辺護衛の範囲内で、行えるだけの『暗殺』を行ってもらおうかと思う』
『提言します。アメリカは暗殺が禁止になっているのでないのですか?』
葛藤さんがそう言う。
そうだ。アメリカは暗殺を大統領命令12333号に明確に暗殺が禁止されている。その背景には山のようなCIAの暗殺失敗例とその成功例があり、その事もあって公的な国であると言う体裁を保てなくなったから暗殺はアメリカでは禁止され今のアメリカと言う国が成り立っている。
その禁止事項に抵触する行為をすると言う事は大統領命令12333号の、ジョージ・W・ブッシュの命令を背くと言う事だ。
だがそれは表向きと言う話で、表があるのなら裏側も当然にあるモノで、この大統領命令にも裏側は存在している。
『もちろんアメリカ政府は暗殺はしない。CIAもアメリカ軍もこの件に関しては認知しない。だが、君たちは民間軍事会社だ。そして依頼主からは根から外敵を廃すことを許されている。私たちとしても国敵となりうる要素は消し去りたい』
一会社の事に責任は持たないと言ったようなものだ。国の運営に、ホーク・ディード社を使うがその責任はホーク・ディードが全部持てと言っているのだ。
『言っておきますが私たちホーク・ディード社はクリーンな会社ですので、そう言った黒い取引は出来かねますが』
『役員会には私たちから話を付けようではないか。装備や資金をホーク・ディード社がweb上で公開をしているは私たちも知るところだ。会社の備品は使えないのは承知の上、私たちからのちょっとしたプレゼントで暗殺を行ってもらいたい』
データが送られてくる。それはドラゴのデータであり、どの武器製造会社のカタログにも載っていないドラゴのデータ。完全なアンノウン兵器であった。
『DG-38111、コードネーム“スカージ”。CIAの諜報部員用設計された戦闘被服ドラゴである。これを君たちに支給し、警護及び暗殺を行うんだ。ノーはあり得ない。イエスの一択だ』
俺達に拒否権はない。だってホーク・ディード社はアメリカ様にぺこぺこまいでそんな会社の社員が俺達だ。
やるしか選択肢はないんだ。俺達は、そう、暗殺者に仕立て上げられることとなった。
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