加速・疾走・詮索
第54話
暗く冷たく静謐。
何にも害される事無く、己を保てる唯一の場所がドラゴの中。
ドラゴン・シェル・スケールの中は俺を保つのに最適な場所で、己を保つのに最適だった。
ここに籠っていれば何者にも害される事無く、
まるで蛹のそれである。
硬い殻に守られた蛹。そう表現していいだろう。
いったいなにに変態するのか分からない。だがここに居れば少なくとも今の形状は保っていることは出来た。
俺は心底嫌になっていた。外を見る事を嫌がっていた。
もう、他人を害するのも、害されるのも嫌だった。人に振り回されるのが嫌だった。
何もしたくはない。一人で居たい。
一人なら腐っても壊れても自分のせいだ。だが、外と接していると他のせいに責任転嫁してしまう。
あれのせいで俺は壊れた、これのせいで俺は腐った、あいつのせいで俺はダメになった。全部、何もかもすべての責任を擦り付けて逃げ道を見つけ出している。
惨めだ、情けなく、哀れで自分自身を慰める事も不憫で気の毒に思えて、さらに自分自身を追い込んでしまう。
自分の責任と背負い込んでしまう。そんな重荷は下ろしてしまえばいい、人のせいにしてしまえばいいのに俺は背負い込んでしまう。
ボロボロになって神経を擦り減らし襤褸切れのような精神で生きていく。
精神安定剤と眠剤と眩暈と貧血と頭痛のセットでこの世は苦しみに満ちている中で生きて行かないといけない。
どんな罰ゲームだ。嗤えてしまう。
道化師の芸だってもうちょっとマシなそれを見せてくれるだろう、俺の人生は滑稽で無様、見ていていたたまれない程に阿呆くさい。
きっと他の人間が俺の人生を生きたのならもっと見られる形の人生だっただろう。こんなに底辺を這いずるミミズゴミムシのような畜生なそれを見せてなかっただろう。
『
俺という名の観測者がそう取ってしまうんだ。世界が、人生が、そのすべてが苦しく感じるのは俺が原因なんだ。
ガンガンとドラゴを叩く音に俺は深く落ち込んだ精神が浮上してくる。
『いい加減出てきたらどうだ? 倉敷?』
センサカメラでしっかりと葛藤さんの顔を捉えていた。
『もうすぐ着くぞ。いい加減にドラゴ脱げ』
そういう葛藤さんの声に俺は息を整えようとするが、この中の居心地の良さに嫌だ嫌だと体が拒否反応を示していた。
ここは心地いい。まるで起き抜けの布団かベットの中のように温かく心地がいい。
揺り籠の如く俺を包んで離してくれない。だがここにいる事で不自由もある。排便や排尿、食事だってこのままではできない。
前面ハッチを俺はようやく開いて、姿を現した。
髪の毛がしっかり軟殻に張り付いて未練がましく俺を放してくれない。だがでなければ自由もない。
ブチブチと音を立てて軟殻から剥がれる毛髪の音に俺はやれやれという感じだ。
体がおかしい。
何処がどうおかしいのかというとよく分からないが、何となく感覚的におかしい感じがする。筋肉痛とも違う、なにか違和感がある。
手を伸ばして確認してみると腕が伸びて、ただ伸ばすのとは違った感覚がある。
何といえばいいのか、今迄の神経が組み変わったような、そう表現するかないような感覚がある。
「皆、見えて来たぞ」
そういう班長に俺達は窓からそれを臨む。
北アメリカ大陸。正確に言えばロードアイランド州のホーク・ディード社の本社が運営する空港のそれが見えた。
着陸態勢に入った飛行機は滑り込むように滑走路に着陸する。
航空力学も第二次ルネサンス期を転機に人工筋肉翼を開発してから離着陸に然程の時間も要さない。梟の翼を参考に設計された静穏性と離陸性能はずば抜けて高い。第二次ルネサンス期以前のように滑走路は広くなく小回りの利くように土地も整備されている。
飛行機のハッチが開いて、俺達を出迎えるスタッフたちの世話しない事この上ない。
俺達は入国の手続きをせねばならず空港の施設に行くが、ホーク・ディード社社員の肩書は伊達ではなくすんなりアメリカの大地に俺達は迎え入れられるのだった。
……
…………
……
入国してすぐ俺達を待ち構えていたのは、身体メンテナンスだった。
身体計測、血圧、心電図、眼科検診、聴力検診、呼吸機能検査その他諸々。俺のあずかり知らない所で、俺の分からない検査をたんと堪能する。
まるで実験動物、モルモットだ。これらに意味があるのか判らないが、少なくともドクが出て来て、検査結果に大層興奮している様子を見ているから、何かしらの変化が俺の体に起こったのは理解できた。
二週間近くホーク・ディード社の研究医療病院に叩き込まれて、やる事などありはせず、毎日毎日、検査検査、実験実験。
特にひどかった検査実験は、俺の薬物耐性検査で俺は数か月前までコカインとマリファナ、go-pills等のドラッグで脳味噌の芯の芯までお花畑だった為に、薬物治療施設に危うく叩き込まれる所だった。
が、問題点其の一がここになって出てきた。
俺の体にコカイン、マリファナ、go-pillsの覚せい剤成分の禁断症状等のそれが一切検知できなかった為に、科学者医者連中は大騒ぎだ。
そして問題点其の二が検査で露わになった。俺の見聞きしている、『幻覚』、『譫妄』、のそれが薬物由来のそれではない事が判明したのだ。
さんざっぱら幻覚も譫妄も体験した。ジュリエッタ王女と初対面した時のキューティクルな妖精の幻覚、人々の顔に集る蠅のそれ。クスクスと聞こえる子供の囁き声に、あの名も知らない村から逃げる時に聞こえた動物たちの語り掛け。
そのすべてが、薬物のせいじゃなかった。脳味噌の隅々まで調べられた、MRI、磁気共鳴撮像や、代謝性マイクロマシン検査で行われた脳のドーパミン吸収、阻害の検査で、健常者と同じような、いや正確にはドーパミン放出迄の工程はよかったのだが、再吸収阻害の過程がおかしいというので、それに関する検査で丸々一ヶ月ぐらい病院に叩き込まれ検査の日々だった。
「フー……」
病院というのはどこの国でも変わりはしないのをつくづく感じれた。どこ行っても白一色、手術室は関係者以外立ち入り禁止であり、そんなんだから俺も検査の毎日に嫌気がさして時折抜け出しては煙草を立体駐車場の隅で吹かす日々だった。
戻ると看護スタッフたちに煙草を吸った事に怒られるが、怒られるよりも、煙草を吸えないイライラの方が俺は怖かった。苛々して人に当たり散らしてしまうのではないか。そう心の余裕がなくなると人としてダメだろう? 。だから俺は怒られることを選択して、この煙草のニコチンで頭の隅々までニコチンを行き渡らせる。
「やってらんねえ……中東にいた方がましだったな……」
毎日検査で、暇で仕方がない。ベットの上でやる事なんてたかが知れている。漫画もアニメもドラマも、見飽きるほど見た。
こんな暇で腐っていくなら欧州でリブロー卿と戦い続けていた方が少なくとも生きている実感があった。
実感のない命。この体に流れる赤い血は、心臓の脈動は、果たして俺という名の、倉敷賢吾という人生は意味があるのだろうか。
なんだか考え方が哲学的な方へ転がっていく、やる事が無いと妙に思考が回って仕方がない。俺は哲学者じゃないし、一つ言えるのはただの一般小市民であると言う事だけだった。
北アメリカ大陸の日差しはキツイ。立体駐車場の影から天に昇っているお天道様を見上げ、俺は班長から貰った黒のグラススマートを有難く思いながらそれを見る。
メッシュネットのニューストピックスを開くと、何と今日のこの座標で皆既日食が見れるというではないか。俺はそれを見て、再度空を望んでみるが、まだ時刻じゃないのだろう、真ん丸なそれが照り付けてきているだけだった。
「やっぱりここにいたか」
「ん……あぁ、ドク」
振り向いて声を掛けてきた人物を見ると、白衣を着たドクだった。
相変わらず銘柄の分からない煙草を咥えているが、一体どこの国で作られている煙草なのか、やけにハーブの香りの強い煙草の匂いを漂わせている。
「いいよなここ。看護師に嫌事言われずに済むから」
「ですねー。今日、皆既日食らしいすっよ」
「この歳になると、天体ショー程度では心が躍らん。俺が今、興味がそそられているのはお前だ」
「やだ、ドクってもしかしてゲイ?」
「まさか、俺はフランシスのように同性愛者ではない。純粋な科学的好奇心だ」
そういうので、俺は俺自身の体を見下ろして、手を広げニヤけ面で聞いてみる。
「どっか気になるところでもありました。検査で引っ掛かちゃいました?」
「健康体そのものだ。精神的なモノを除いて」
「でしょうねぇ」
俺の身体的、心身的な問題点は、ホーク・ディード社に入社する以前からの鬱。
この体、いや、この魂に染みついた呪いのような病。
もう治そうなんて気力もない、それと折り合いをつけて外面を人として生きていけるだけの体裁を取り繕う事で必死だ。
「君は、神を信じるかい?」
「急に何ですか? 気持ち悪い」
「ずっと聞きたかったんだよ。このピューパ素子のホストに日本民族が選ばれた理由が知りたかったんだ。何故我々のように新大陸やユーラシアの大陸の人種ではいけなかったのか。知りたかったんだ?」
何が言いたいんだ。よく分からないが、俺達に注入されたピューパ素子の選定に『日本民族』というカテゴリーである必要があったような口ぶり。
なぜ、だろうか。日本民族が持っていて、他の民族が持ちえない物……なんだ? 。
俺はとりあえず聞いてみた。
「ドクはなんで
「さあなぁ。日本人は文化的、血統的に見ても特異な民族だからかもしれない。ナチスはアーリア人を至高としていた、他の民族は卑下し自らを神格化していた。だが、日本民族は東方アーリア人とカテゴライズまでして除外した。我が社が、R.G.I社は少なからずナチズムを引き継いでいないというのは些か無理な、体裁だからな」
あらヤダ、聞いちゃいけないこと聞いた気がする。
ホーク・ディード社の親会社のライオット・グラディアス・インダストリーがナチズムを引き継いでいる? そな馬鹿な。第一ナチズムってだけで国際世論の槍玉に上がらんばかりであり、ナチズムという言葉の響きは悪徳の代名詞のようなそれだ。
まあそういった所で、俺自身ナチズムが一体何を意味する言葉なのか、かなりあやふやであり、ただ漠然とナチスは悪い奴らと言う固定的認識があるだけだった。
メッシュネットを開いてwikiでナチズムと検索する。
ナチズム──国家社会主義ドイツ労働者党を代表とするイデオロギーであり、1933年から1945年までのナチス・ドイツでは国家の公式イデオロギーとされた……うん、よく判らん。
「どの国家、どの人種、どの遺伝子、全てを包括して考えても、日本民族は異質だ。まるで異世界の住人かのように、君たちはどの人間よりも、特異だ。だからだろうか、君たちがベースとなって次世代を担う事になるのは」
「……よく分からないっすけど。ずっとドクに聞きたかった。ピューパ素子を注入した理由」
「ん? それが?」
「……ドラゴの機能向上だけじゃないっすよね。ピューパ素子を注入するまでもない」
「勘が鋭いな。全ては答えられんが、肯定も否定もしない。それが答えだ」
だろうな、俺の目にはソレが見えていた。色が、ドクの醸し出す色が疑惑の、嘘をついている色をしているから、そうであると分かる。
ピューパ素子なんて、傭兵をするのに必要なピースではない筈だ。アフガニスタンでのレイドや紛争、オランダ王室の騒動、全て俺達でなくてもよかった筈だ。
なぜ俺達が選ばれたのか、いや、俺達がじゃない。『ピューパ素子』を持った俺達だから、か? 。
何故そう思ったのか。それはホーク・ディード社が公開している取引情報の内容を見れば明らかなのだ。売り上げに直結している取引の殆どに俺達がいたからだ。
単なる偶然かもしれない。だが、そうだったとしてもオランダ王室の一件は無視できないだろう。
俺達を、違う、ピューパ素子を中心に廻っている。
一体俺達の中に何を注入したのか。気になって仕方ない。
「害にはならない。寧ろお前たちの運動機能を補助し、ホルモンバランスを整え、心肺機能、反射機能の向上にも寄与する。案ずるな、お前たちは俺の可愛いモルモットだ。殺しはしないさ」
「さいですか……」
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