第44話

 物事と言うのは大体、常に表と裏に分かれる。

 建前と本性、外交と内政、合法と違法。その間を行く者もいるが、大抵はその二種類だった。

 俺は目の前に広がる光景に呆気に取られてしまう。

 小銃を片手に面妖な格好をした女性たち。防御を捨て肌を曝け出して、ビキニ・スタイルのへそ出しルックスのミリタリーガールに、俺は鼻の下を伸ばして下から見上げるこの会場は、そう、『ユーロサトリ』だ。

 防衛軍事見本市で言うのならドバイの『IWA アウトドアクラシックス』やアラブの『IDEX』、ラスベガスの『ショット・ショー』と肩を並べる欧州最大の防衛見本市だ。

 オール・フォーマット以降軍事産業は衰退と後退ばかりで技術の起点となる軍事技術が進展していないが、ユーロサトリはそんな事はなくかじ取りする国あればそれに連ねてともに発展していくモノで、この会場のメインブースを取り仕切っているのは、オランダの国営企業『フィリップス&スパイカー・カーズ社』だ。

 この企業は元々は医療機器メーカーと自動車メーカーであったがオール・フォーマットの影響で営業危機に陥り、そしてドラゴの登場で合併して設立された珍しい企業だ。

 医療と自動車。どうやろうとも組み合わないピースたち。救急車でも作るのかと最初は嗤われていたが、それらのピースをガッチリと組み合わせたのは偏にドラゴの汎用性の広さによるものだ。

 このメーカーのドラゴはどれも信頼性に措いて一目置かれている。どの国のドラゴよりも扱いやすく子供でも使えるし、実際、紛争地では子供だって使っている。

 スマートでエレガントなデザイン、そして操縦者を労わってAEDやら座席ヒータークーラーを内蔵し快適ときた。

 扱いやすく故障しにくい、泥に塗れようが砂を被ろうが稼働する筋肉アクチュエータ群の単純で頑丈な構造設計、そして互換性の広いオプションパーツ群、アメリカのドラゴ・リアルファイト番組では引っ張りダコのそのフィリップス&スパイカー・カーズ社は日本でもその機体が採用されていて、警察の機動隊の約六割を占められる。

 オランダの国旗の新デザインにドラゴをあしらおうと言う話もあるくらいで、未だオランダの一部地域で残っている地域通貨と言うものにもそのドラゴの姿が印刷されている。

 ただ一つ、オランダのドラゴは戦場では有利だが民間では人気が無い、何せ戦闘に特化し過ぎて土木、運送、航空とそれらの事業に運営し難く、土木用や運送、航空用のオプションバーツが悉く国際法に抵触するからだ。


「おい、おい! 。何時まで鼻の下伸ばしてるんだ。行くぞ」


「はへ、へへ……」


 俺は昨日のコカインの興奮と酒のアルコールが抜けきれておらず、頭の中がフワフワドロドロのシュークリームのような脳味噌で、お天道様の前に出てきているんだ。

 二日酔いの頭痛と麻薬の禁断症状にも似たダウンナーに迎え酒で紛らわせているが、ユーロサトリの売り子の女性の魅惑的な衣装と来たら、俺を興奮させるには十分すぎる。

 日本人には無いボリューミーま肉感は魅惑的すぎるしそれに現を抜かしている俺も大層下品であるのは言わずもがな、だがしかし仕事は忘れてはいけない。

 今回、俺と葛藤さんがこのユーロサトリに来た理由はなにも売り子の女性の魅惑的な体を鑑賞しに来たわけではない。

 エフェリーネ・オラニエ=ナッサウの、敵情視察の為だった。

 ロレッツ運商は運送業者を装った武器商人だ。だからこのユーロサトリにも武器を下ろすことは当然であり、製造企業と連携し開発された新型のドラゴを披露すると言うのだ。

 一体どんなドラゴになるのか、見ものだ。

 俺は散弾銃のブースに寄りながら、スマートで会場の監視カメラをハックし、敵の、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウの顔をしっかりと捉えていた。

 和気藹々と商談を続けている様子が見て取れる。

 俺はその様子を見ながら、展示されている散弾銃を手に取って見てみる。

 なかなかいい散弾銃だ。近未来的と言うか、装弾数の多さは驚愕の66発。

 左右上下にチューブチャンバーを備えていて頑丈な金属質特殊ポリマー性を採用し軽量でいて頑丈、加熱の問題も空冷で間に合うと言うから驚きだ。


「どうですか? 。一挺、51万likeでご奉仕が出来ますよ」


「ドラゴ規格に対応したのある?」


「それでしたら、こちらの方になります」


 製造メーカーも必死だ。戦場のトレンドに乗り遅れる事だけは避けたいのだろう。

 どの大手のブースに行ってもドラゴ対応の武器装備は取り揃えている。ドラゴ対応の武器開発は容易だった。

 ドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃が典型例で、大型火器を持てる兵器群だから、それらを人が持てる形に落とし込めばいいだけの話だ。

 戦場で兵士全員にドラゴが行き渡っている訳ではないにしろ、ドラゴは今や戦場の主戦力だ。

 それ相応の装備が必要とされ、それを供給するメーカーもてんやわんやだ。


「これグリップ小さくないか? 。ドラゴ主腕どこまで対応してるの?」


「第二種前期型まで対応しております。こちらの鉄鋼ライフルドスラッグ弾なんていかがでしょうか? 。今なら100発で1万likeでご奉仕になります」


 生身でもドラゴ対応銃は手に持って確認できるが、これを生身で撃とうとするのは賢明ではない。何せ炸薬の量が多すぎて体の耐久性が追い付かないからだ。

 このドラゴ規格散弾銃を撃ったのなら、恐らく俺の体から腕が捥げ飛んで無くなる事は間違いないだろう。


「検討しとくよ」


 俺はそう言いその散弾銃ブースを離れる。

 いくらドラゴが戦場の主流に成りつつあると言ってもやはり、戦場で強いのは戦術ドローン兵器群。無線操縦のアンドロイドがやはり強く、使い捨てが効くからにこれらを上回る事はドラゴでは出来ないだろう。

『DARPATech』というアメリカの兵器開発の大会では、ドラゴの操縦席を丸々UAV化をしようと言う動きがあるくらいで、安価な兵器をより安価に扱いやすくする動きがある。

 しかしながらそれもうまくいっていない様子で、国防高等研究計画局は何故軟殻で制御できるドラゴが無人機械制御になった途端に、姿勢制御の挙動がおかしくなるのかと匙を投げ発狂している始末だった。

 実際スカージの自立活動もそこまで難しい指示は出来ないのが現状で、無人状態でトリック・ギアの再現は不可能なのだ。

 科学者の妄想の意見を借りるなら、ドラゴの中枢、脊椎ユニットの中身の超伝達動力性可塑液はアメーバのような液体生命体で、人間との結合を望んでいる、と言う馬鹿げた話がある。

 流石に突拍子が無さすぎる為に俺も信用していないが、面白い仮説ではある。


『ハンガー。ロレッツ運商のプレゼンが始まるぞ』


 その通信に俺はロレッツ運商のプレゼンブースへと向かった。

 屋外の疲労で、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウがマイクを持って立っている横で稼働しているのは、いかにもな騎士を思わせるドラゴだった。

 片手に剣を、もう片方に盾を持った騎士のようなドラゴの前にエフェリーネ・オラニエ=ナッサウが雄弁に語り始めた。


『皆さん。お立ち寄り頂き誠に有難うございます。ただいまよりロレッツ運商の新型ドラゴをご紹介します』


 降着状態のドラゴが立ち上がって剣を構えた。


『こちらが私たちが紹介する最新型のドラゴ、「PV4・ローゼンバーン」となります。開発の都合上ここに在る機体はプロトタイプでありますが、現在装備している装備はローゼンバーン専用の武装オプションで目玉商品ですのでご安心を。――こちら、近接戦専用180センチブレードは金属結晶を単方向に増殖させた金属人工筋肉を使用し柔軟な展性と弾性を持ち、ナノスプレーコーティングを施しており5.5cm程度の炭化タングステンカーバイドを両断する性能を持ちます。且つ切断力を個人認証制のセキュリティを採用したため、認証のないドラゴが使用した場合ただの重い鉄塊になりましょう』


 会場から笑い声が上がるが、しかしながら俺として見れば俺は恐ろしい武器に見える。剣と言う名の互換性しかないそれがスカージやグレイで使用したなら鈍器としか使えないとなると厄介だ。

 しかも使用者が正しく使用したならそん所其処らのドラゴの装甲殻など余裕で切り裂いてくる。

 あれを思い出してしまう、そう『棺』だ。


『次にこちらもローゼンバーン専用の武装オプションになりますが。ZX07式大楯は盾表面に衝撃拡散ナノコーティングを施し、盾内部には折り畳み式の六ポンド砲を装備、弾速は炸薬の量でお好みに購入者様で対応できます。盾表面のオプションでリアクティブアーマーや摩擦低減装甲に換装することで、砲撃を防ぐことが可能になります』


 これまた非常に厄介だ。プレゼンテーションで公開されているローゼンバーンの専用武装オプションのメタデータを引っ張って、プロモーション映像を見ると12mmの弾頭が盾表面を滑るように撥ねて弾道を逸らしている。

 事実的に、ドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃の敗退を意味している。

 M2重機関銃自体かなり古い銃でそれが今まで現役で使われている方が不思議なのだが、如何せん信頼性が高いM2重機関銃を改造するのは簡単で、それを生身では持てないM2重機関銃をドラゴは小銃のように取り回しを利かせるように改造するのは誰しもが考えたのだろう。アメリカや西側諸国軍は挙ってM2を改造しドラゴ対応にしている。AK47が未だに戦場の花形銃器のように、信頼性と整備性はどんな時代も大切なんだ。

 その点で言うのなら、盾と剣は複雑なメンテナンスは必要ない。あって血糊や錆を取るぐらいだろう。

 アインシュタインの予言に第四次大戦の主力武器が『石』と『棍棒』になると言われているように、武器も原初に還れば強い。

 ドラゴの機動力があるのなら確かに近接戦に持ち込んだ方が有利に働くことが儘るが、しかしながらやっぱり遠距離から攻撃できるアドバンテージは大きいだろう。

 だが、そのアドバンテージがあの盾のせいで無効になるのは一目で判った。


『さあ、ではメインの商品、「PV4・ローゼンバーン」の紹介へと移ります。ローゼンバーンの先行量産のプロトタイプ機の基本カタログスペックはXG08スカーロッドの据え置きとなりますが、後期量産型のローゼンバーンの筋肉アクチュエータ群には今回我が社が開発した新筋肉アクチュエータ群を採用しました。磁性粘性流体に置き換える事に成功しました。これによりより静穏性に特化し、装甲殻にはレーダー反射防止のパッシブ・アクティブステルスを採用しステルス性もピカイチ、強襲パッケージとの共同使用でより作戦を確実に進める事が出来るでしょう。強襲パッケージのお求めは我が社のwebからお買い求めください』


 スカージ程ではないにしろ、あれは事実上の量産型の第三種機ドラゴだ。

 磁性粘性流体の筋肉アクチュエータ群の静穏性は俺達が身を以て知っている。音が全くしないのだ。その上レーダー反射防止となると、厄介だ。

 強襲パッケージとはロレッツ運商の目玉商品の一つだ。

 背部ハードポイントにロケットエンジンと飛行翼を積載した一体型の飛行ユニット。

 大出力のジェットで作戦区域内に強襲すると言う一回こっきりの使い捨て移動大型ブースター装置で、高速機動で奇襲作戦に打ってつけのパッケージユニットだ。

 質疑応答を開始して、軟殻の戦術メッシュの秘匿性のプレゼンをしているが、これまた頑丈なセキュリティだ。

 ロレッツ運商が保有、稼働させているこの時代で未だに生き残った量子AIでファイアーウォールを構築して、機械的な演算が求められるようになると言う。

 他にもCCTシステムという軟殻のアップデートデータで機体調整フィッティングを省けると言う。簡単にいるのならだれでも簡単に軟殻データ、ドラゴヘルムを持っているば乗れるというモノだ。


「おっそろしいドラゴを開発したもんだ……。やり合いたくねぇー」


 そう他人事のように言って見るが、これが今プレゼンして欧州各国に渡りユーラシアを席巻したのなら、嫌でも戦わなければならなくなる。

 何にしろ、これを売り捌く気でいるエフェリーネ・オラニエ=ナッサウは昨日の夜の件を知っているのか、どうなのか。

 あれがエフェリーネ・オラニエ=ナッサウの指示なのか、それとも上級役員の独断専行だったのか。それが分からない事にはどうしようもない。

 俺達はユーロサトリを後にして、カンヌへと戻っていく。

 仕事の一山は全然片付きそうになかった。

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