第45話
俺でも時々、自分の言葉が白々しく感じ嘘臭く感じる。
自分の発する言葉が、内容が、嘘臭く、白々しい。
まるで俺の言葉ではないような、借り物で張りぼての言葉の連なり発している言葉を、俺はそれを自分の言葉として自分自身の本性として信じるしかなかった。
俺達は戦闘準備に、準軍事作戦にカテゴライズされる行為に大忙しだった。
何せあの港でエフェリーネ・オラニエ=ナッサウの暗殺が失敗してお偉方はカンカン、強硬策も止む無しと、ユーロサトリ終了のこの日を狙って暗殺を実行に移す気でいた。
どんな時も受け身でいるよりも攻めの姿勢で行けというのが国、アメリカCIAの方針でやり方。俺達傭兵に攻めの姿勢で在れという方が国際戦時法に縛れる身には些か酷な話であるが、一国の話ではないという脅しにも近い説得が班長に降りて来たそうで、もう引くに引けない状況なのだという。
入念な準備も、万全の装備も、全て揃っていないが――やるしかなかった。
作戦はこうだ。エフェリーネ・オラニエ=ナッサウは今現在パリのホテルでとある商談をしている。
その商談は不良在庫となったXG08スカーロッドをフィリピンの国軍に売却する事にしたようで、ユーロサトリで披露した装備一式もオマケで付けて売り払う予定となっているとCIAの準軍事作戦官が盗聴を成功させていた。
しかしその商談は失敗に終わる。そう、俺達が商談後、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウを奇襲し、暗殺する事で商談失敗に追い込む、予定になっている。
エフェリーネ・オラニエ=ナッサウの近日中の予定は全て分かっている。
今後メキシコに兵器販売に出向くことが分かっていて、そうなってしまうと俺達『仮の暗殺ユニット』が暗殺する機会が一切なくなる。
そうならない為に空港に到着する前に暗殺を実行する予定にある。
勿論、俺達の存在はフランス政府は知らないしフランス軍だって知らない。警察なんて以ての外で知る訳がない。だから事が公になってフランスと一戦交える事もあり得る。
そんな訳で、
俺達の扱うドラゴも偽装する必要があり、CIAから陽動用のドラゴ第二種機前半期量産の後期生産型『DS60.エルサルバドル』が二機支給され、作戦終了後それらは爆破される手筈になっている。
そして暗殺の懸念点の第一が、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウが子飼いにしている護衛達の点だ。
武器商と言う事もありドラゴが身辺を守っていて、そのドラゴも新型。ユーロサトリで紹介されたPV4・ローゼンバーンと来た。
これらの存在が、既存の装備群を無効化してくる。最強の剣と盾を持った面倒なオプション装備武装群を撃滅する装備を俺達は、アメリカは持っていなかった。
あの盾、衝撃拡散ナノコーティングを施した盾のせいで銃器は無効化されたようなものだから、それ以外の武器がいる。
その武器を、俺達バタフライ・ドリームは──持っていた。
『棺』だ。
ホーク・ディード社27か所ある数少ない研究設備のあるホーク・ディード・ユーロ支部が急遽開発した急造品の棺装備の武装の答えが、槍だった。
俺の目の前にある巨大な二股に分かれた槍は超近接戦装備で、棺の構造解析も儘ならないまま兎に角、この棺を使える形に整えた結果だった。
こればっかりはドラゴなしでは扱えない程に大きい。俺はスカージに体を納め、槍を手に取った。ドラゴ装甲殻表面に塗布された量子ステルスコーティングとその下にあるスマート端末素子群のオプション・ウェポン・データバングに、手に取った槍のデータ検索が行われるが。しかしエラー表示が現れ、アンノウンと認識されるその武器が強制的にオプション・ウェポン・データバングにハッキングを掛けて、ドラゴへ回路を繋げ、姿勢制御機構を奪い連動起動させると。
「ハハッー。ガスバーナー見てぇ!」
二股に分かれた穂先の間からあの忌々しいライトセイバーが顔を覗かせて火花を散らせてる。
俺はそれをバトンの如く扱って見るがこれまたなかなか危なっかしい。
試さなくても分かる。あの盾すら溶解させ切り裂く事の出来る装備であると分かる。
あの最新の装備に対抗する装備は、この世に存在してはいけないモノで対抗だ。
軽々しくこんな装備にしてはいけないのは分かっているが、しかしながら強力な武器を手に入れた俺は興奮している。
作戦開始前にコカインを少量キメて、ラリっているのもあるが。やっぱり強い武器を持つと男は興奮する。
『作戦を開始しする。――PM.19.00、
カウントダウンがCIAから切られ、俺達は作戦を開始した。
スカージは優れた機体性能を持っているが、機動性に措いては他のドラゴと比べ劣っているというのが俺の感想だ。
何せロードホイールを搭載していないから歩くか走るかの二択。
その点で言えばより人間の動きに近づいたというのがもっともで、いろいろ乗ってきたドラゴの中で一番人の動きをし易い機体で、より被服に近い構造をしている。
だがまあ、それは同時に脆弱さも兼ね備えるという意味を持っていて、暗殺用ドラゴという極端なコンセプトは装甲殻の薄さを意味している。
屋根の上から望むパリの街に不釣り合いな、悪魔のようなこのドラゴで描き出そう、悪夢を、惨劇を。
『
悲鳴と銃声に夜の静寂が切り裂かれ、一台のステーションワゴンと二機のドラゴがその姿を現し、
「標的のルートを計算。……この道程だとオルリー空港だ」
CIAに報告しオルリー空港の発着機を全便停止させる指示を飛ばす。
俺は銃撃戦のその光景を見ながら、ドクドクと高鳴る心臓を落ち着かせるように、スカージの前面ハッチを僅かに開けてその空気を吸うと共に、腰のウェポンベイを開き、軍用ドーピングコードを打ち込んだ。背筋にブスッと針が刺さる感触を感じる。
脊椎と太い血管に向かって入り込んでくるマイクロ指向性注射針が薬液を流し込んできて、ギンギンと瞳孔が開いてまるで昼間のように世界が輝いて見える。
『go-pills』。未だに軍事航空機産業で使われている所謂デキストロアンフェタミン、覚せい剤に類するを使用しているのは、兵士の精神状態を戦闘へと向ける為で、それを体にぶち込んで得も言われぬ興奮を得て眼孔ギラギラ、もうそれは病的な狂気で、今迄にない興奮を俺に与えてくれた。
性的なモノと感情的なモノ。それらが全部綯い交ぜになり、得も言われぬ幸福感と恍惚感。
覚せい剤特有の不眠不休の無限にも思えるバイタリティーと溢れ出る気力。そうヒドイやる気に、酷いヒドイ、殺る気が満ち溢れていた。
「ンンアアッ! 。来たぁ! 。……ああ、頭痛てぇ!」
興奮と共に肩を組んでやってくる鬱の身体的症状が一緒にスキップして来て、俺の認識する世界が悲鳴と絶叫が一斉に聞こえてきそうだった。
感覚の全てが鋭敏化して、銃声の一つ一つが色めき粒立って、呼吸の一つ一つが肌に刺さるように温かく、集中力が異常なまでに高まっていく。
――俺は走る。屋根を伝って棺を内蔵した槍を振り回して、自らも絶叫していた。
「ヒャアアアアアハハハハハッ!」
ぶっ壊れている。もう引き返せない。
go-pillsは現戦時法では合法である事にされている。しかしながら今は戦時法も国際法も何もない暗殺作戦で、合法も何もない。
しかしこれが公式な作戦であったのなら合法だ。故にこれも合法だ。
たぶん司令コマンドでぶち込まれるのはgo-pillsで、初めてレイダーと一戦を交えた時を思い起こすと葛藤さんに聞くまでもなかった。
司令コマンドは使っていなかった。自分の意思であれらを殺す事が出来たんだ。
そして今回はより高度な戦闘に最適な思考状態で『殺人』を行う。
濫用している訳ではない。戦闘時の精神状態を整える為の致し方ない処置だ。
しかし、この感覚。ぶっ――トぶ。
『標的が空港敷地内に入った。ハンガー、ペイル、後は頼んだ』
葛藤さんと柊がフランス警察機動隊を引き連れ、市街地へと消えていくのを確認し、俺は空港の管制室の指示を無視して離陸準備をしている機体の側へと向かい、奴らを迎える。
ステーションワゴンが止まり、二機のドラゴが先導している。
俺の頬は引き攣りながら持ち上がり、量子ステルス迷彩を解くと奴らは武器を構えステーションワゴンを守るように前に出てきた。
「はァい。……やろうぜ。ダンス! 。ダンス! 。ダンス! 。ダンス!」
走り俺は警備のドラゴへと異常な目で炯々とするそれを向け狂気に染まった殺意を向けて槍を回しながら振るう。
大楯を構え受け止める気でいるコイツは気の毒という他ない。――じゃあな。あの世で会おう。
槍を起動し、エネルギーブレードが展開され大楯を融解させ装甲殻軟殻含めすべての軌道にいる対象物を両断する。
盾に内蔵している六ポンド砲の炸薬に引火し大爆発。俺は爆風に身を任せてもう一機へと飛んだ。
今の一撃で学んだのだろう。槍の一振りを盾で受けるのではなく避け、近接ブレードの突きが飛んでくる。俺は身を翻し、それを紙一重で避ける。
俺は再度、エネルギーブレードを展開して突きを放ち、間髪を容れずに槍の石突で動きを牽制する。しかし敵の大楯は摩擦低減装甲に換装されているようで滑る。
だが、俺には天使の目がある。
バコンという衝撃共に敵のローゼンバーンが倒れる。遅れるようにやってくるドデカイ銃声。
俺のスカージのセンサカメラが捉えたのは、超長距離からの狙撃。
あれだけ使いたがっていた大型折り畳み式座標固定式アンカー狙撃縦で敵のセンサカメラを一撃だ。
敵の視界はもう塞がれたも同然、俺の攻撃は見えていない。
横凪に槍を振るい胴体を切り飛ばす。
血の一滴も溢さないこの武器の威力は正しくオーバーテクノロジーの産物で、ユーロ支部の技術部門の連中曰く、このエネルギー発電効率は、体積の質量からエネルギー変換ロスをゼロと考えても上回る発電能力があり、連中の言を借りるなら『無からエネルギーを取り出している』というのだ。
――E=mc2。
アインシュタインの見つけたこの方程式を崩す装置。無からエネルギー創造するというのはなんと荒唐無稽か。
しかしながらこれで敵は片付いた。俺はステーションワゴンに向かい、槍を回しながら向かう。
「ダンス。ダンス。ダンス。──ダンス!」
一閃で屋根を切り飛ばし、俺は槍の切っ先をその中の連中に突き付けた。
エフェリーネ・オラニエ=ナッサウとその秘書ら、銃を抜いて応戦しようと俺に向かって撃ってくるが9mm程度ではドラゴの装甲殻はビクともしない。
「な、何ものなんですか! 。
喚くエフェリーネ・オラニエ=ナッサウに、俺は答える事はなかった。
俺はそいつらの頸を撥ねていた。
「ハンガーからビックボス。標的を殺害した。繰り返す、標的を殺害した」
俺は切り落としたエフェリーネ・オラニエ=ナッサウの首を持ってその瞳を覗く。
驚きで死んでる場合じゃないと言わんばかりの表情だったが、死んでいいんだぞ。
お前が死ぬのがこの世の平和の為であり、大義の為である。安らかに眠れ、そして二度とこの世に出てくるな。輪廻転生もしてくれるな。
俺は槍のエネルギー供給を切り、空港から走り去る。
量子ステルス迷彩を起動し、夜闇へと溶け込んで、走る。町々の光を追従透過するこの体は闇に染まっている。
嗚呼やっぱり、殺しは良いな。――興奮する。
マリアが心の繋がりを『愛』と言ったが、たぶんこれも愛に属する筈だ。
殺した人を憂い愛す、立派な愛情だ。歪んだ偏愛であろうとも、俺は愛情を見出す。
殺しこそ愛情だ。嗚呼本当に嘘っぽく白々しい言葉だろうか。
俺は一体何を信じればいいのだろうか。分からない。
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