第9話

『フェーズ・クロックは未だに止まらないぞ。どういうことだ、むしろ前進している』


『生命は我々の想定を超えるというと言う事だ。自然災害と同じだ。どれだけレイド処置をしようと、我々の想定を超える』


『そうだとしても、これは見過ごせない数値だ。フェーズ・クロックが0.5ポイント前進している。いつどういう風に事態が転がり始めカウントダウンが前進しても可笑しくはない。もっとレイドを発生させるべきではないのか?』


『ふざけないでくれ、これ以上のレイドは不自然になる。我々のヘイブンを公にしたいのか?』


『それこそ、ふざけるのも大概にしてくれ。何のために我が国が神代シリーズを作ったと思っている。我々の人類の最後の逃げ場なのだぞ。その逃げ場を公けに晒し潰す気か』


『第一にだ、ファン・マンジョルは何をしている? 。奴に『アイオーン』のリソースを割いてやってるのは、奴の私利私欲為ではないのだぞ』


『オーバーボックス、『棺』も温存しているようだしな』


『どう釈明する気だ? 。フランシス』


「彼は些か手前勝手なところがありますからね。オーバーボックスも出し所を見計らってるのでしょう」


『ならばフェーズ・クロックの停止、後退の為に貴様に与えた部隊は何をしている。『高位伝達神経信号機械群素子ピューパ素子』をただむやみやたらに凡人共に打って遊ばせているだけか?』


「私としてもそれは重々承知しております。ですが進化の結果は彼ら次第です。彼らの進化の先は、彼らしか決められない。時とは時に残酷でありますから」


『言い訳にしか聞こえないな。──淘汰圧が必要なのではないか』


「ほぅ……、ならば彼らを使い潰しますか? 。言っておきますかロスト・テクノロジーの補填など、私一人の頸で済めばいいのですがね。一体この中の何人がヘイブンの扉を閉ざし、ガフの雀を絞め殺す事になるか事になるのか……、想像していただければありがたいですがね」


『…………二週間だ。二週間で結果を出せ。彼らの進化を示すのだ』



 ……

 …………

 ……



 行けるぞこれ。

 俺はちょっとした遊びを閃いて、それを実践していた。

 ヨルムンガンドの兵員食堂で突如として発生した大乱闘。

 俺はそれを遠目で見ながらよしよしとほくそ笑んで、被害のない遠くに食器プレートを持って避難し、それを眺めながら愉悦に浸りパスタを啜った。

 罵詈雑言の殴り合いの乱闘だ。争え争え、この類人猿どもめ。

 俺はちょっとした方法を手に入れた。人と人を争わせる簡単な方法だ。勿体ぶらずに言うなら、高速ハイウェイだ。

 フランシス班長の電脳戦の座学で、クッソ大量のレポート課題を課せられてうんざりするほど高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックの事を調べて分かった事があった。

 それは簡単な方法だった。相手のメッシュネット接続端末にそれっぽい罵詈雑言を俺とは別の送信者に偽装し送り付けてる方法だ。

 それだけなら可愛らしい悪戯メールぐらいだが、俺は更にそれを発展させた、スマートグラスを掛けているモノには特殊なサブリミナル効果のある光点滅を加え、グラス型で無いモノには、骨伝導刺激で脳に直接そうであると『誤認識』させる強奪ハイジャックに近い方法を編み出す事が出来たのだ。


「ふふふっ……バレてない……完全犯罪……ッ!」


 愉悦。法悦。完璧だ。

 メッシュネットの性質であるブロックチェーンルート性を利用し模倣して発信元は曖昧にしている為に逆探知されてもこれならバレない。

 完全な隠蔽工作が成り立っている。

 筋肉達磨どもなど、ちょっとおちょくっただけですぐに激怒する。

 こんな連中、ニューロン暗号の強度など程度が知れる。ニューロンハックを掛ければあれよあれよとノードIDを手に入れる事が出来たし、簡単に俺の掌で踊らされているから、こうして殴り合いの喧嘩をしている。

 いやァ、これは絶景かな、愉快爽快痛快だ。

 ツールと言うツールは何も使っていない。

 使っているのはスーマートグラスくらいで、ちょっと特殊なアクセス方法でこんな事が出来ている。

 高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックの二つの意味を持った人間の制御方法。これひょっとしてやりようによっては相当すごい事が出来るんじゃないか? 。


「倉敷君。午後から合同演習だぞ。早く食べるんだ」


 午後の教練に葛藤さんが俺を呼びに来てくれ、その視線は乱闘に釘付けだった。


「何があったんだあんなに荒ぶって?」


「さあァ? 。何ででしょうねぇ?」


 低能を茶化して遊んでいる、なんて口が裂けても言えそうにない。

 連帯の輪を乱す行為だし、何より今この食堂で殴り合ってる連中、俺と違って『実戦』を知っている連中だ。どう見たって職業軍人って感じだ、二の腕だって俺の二倍は太い。

 そんな奴らと殴り合いになるなんてお断り願うし、何よりなったとしても俺がのされてお終いであるのが目に見えている。

 だからこんなちゃちな悪戯で連中をおちょくっているんだ。

 食器プレートを返却し、俺達はドラゴ格納庫へと小走りで足を延ばした。

 最近は四人班全員で訓練する機会が増えてきている。ヨルムンガンドに乗船してそろそろ一ヶ月になろうかと言う頃合で、全体訓練を行うと言う事はそろそろ班行動を行う想定、即ち──実戦も間近だと言う事ではないだろうか。

 生き残れるか少し不安だ。

 まあでも、ドラゴが撃破されるなんて自体がまずないとは思う。

 装甲殻は頑丈で、戦車か、もしくは対物ライフル、ハンドキャノンのThunder.50ぐらいでしか装甲は貫けない、何より機動力がケタ違いに高いドラゴに付いて来れる歩兵はいない。

 現状ホーク・ディード社が契約を継続しているのはパキスタン臨時政府と、欧米諸国の企業数社とアメリカ合衆国だ。これらが頭を悩ませている今の敵は『レイダー』。

 資金も、技術も、装備もない持たざる者たちが敵で、恐らくドラゴ・ライダーたる俺達には敵にすらならないだろう。楽な仕事。良い事じゃないか。

 格納庫の扉を開けて甲板のリフトへとドラゴを運び葛藤さんと一緒にそこへ向かった。

 演習区画51は大体俺達『バタフライ・ドリーム』の専用の演習区画であり、他と比べてもかなり大きい範囲を占拠している。

 それだけホーク・ディード社は俺達に眼を掛けてくれているようで、訓練自体は伸び伸び出来ている。

 『ファースト・ナンバー』と俺達は揶揄され、たまに突っ掛かってくる連中もいるが、俺は最近高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックを覚えたからに、そいつらへの仕返しは抜かりない。


「班長、全員揃いました」


 バタフライ・ドリームのまとめ役は日防軍の出身である葛藤さんに満場一致で指名されて、葛藤さんも満更でもない様子で引き受けてくれた。

 突撃前衛はドラゴの機敏性の慣れが著しい柊となり、葛藤さんが逮捕術が得意と言う事でリアクティブシールドを用いた中衛防御で、俺は兵科全般を熟す中衛迎撃になり、紙白は狙撃が得意と言う事で遠距離支援と自然な流れでなった。


『遅いよ。皆はやくドラゴを着るんだ』


 何故だろうか。班長の声音がいつもより不機嫌そうな気がする。

 俺達は言われるがままにドラゴを着て、ドラゴヘルムに頭を預け軟殻を起動し、背部ハッチを閉めた。


『そろそろヨチヨチ歩きの補助も必要無くなってもらわないといけない。上がうるさくてね。君たちにも結果を出してもらわないといけない』


『と、言われますと?』


 葛藤さんが聞き返すと──。

 容赦なく班長の持った機関銃の銃口がこちらに向いた。


『結果主義は私は嫌いな行為なんだがね。……迎合精神を捨ててしまって、己が人生までどぶに捨てるのは頂けないんだ。現状今日から二週間で最大の結果を残すとなれば、他の班と戦ってもらうか、私に勝ってもらわないといけない』


 ちょっと待て話が見えない。結果? 。どういうことだ。

 模擬戦をしろって事なのか、にしては急な話ではないだろうか。班長も班長でなんだか上からせっつかれているようだし、焦りのようなそんな感覚がある。

 他の班とやるって事は──嫌々ないだろう。演習の区画の優先度で今迄散々他の班にしわ寄せを行ってきたのだ。

 本気で来るだろうし、何より相手は俺達四人班より大人数だ、ドラゴ戦で経験値が少ない俺達に多勢に無勢は不利だ。

 なら班長とだろうか。いやァそれもどうなのだろうか。

 今まで見てきたが班長も相当なつわものだ。俺達がちょっとやそっとで靡く事はないだろうし、何より技量は単体で他の班よりも大いにあると言える。

 俺、柊、葛藤さん、紙白と顔を見合わせ答えを出そうと考えていた。


『私は他の班との方が、演習的には有意義だと思うわ』


 紙白がそういう。葛藤さんも同意見だというが。


『アタシ班長とやりたい! 。他の連中なんかいけ好かないし、関わり合いになりたくなーい』


 完全に私情交じりに柊はその意見を突っぱねた。

 確かに馬鹿と係わりになるのは疲れるだけだし、演習の意義どうこうの前にあっちらさんが、まともにやり合ってくれるかと言う疑問もあった。

 演習の優先権も俺達にあるようだし俺達の顔を潰すと言う事は、俺達のよりも上の人間たち、上層部意向に背くと言う事だ。

 八百長を膳立て試合をするのが目に見え、そんな飯事は見るに堪えないモノはないだろう。ならば。


「……俺は班長とがいいな。半島事変の生き残りの方が歯応えありそうだし」


 意見がぱっくり割れてしまったがそれに一石を投じたのは何を隠そう、班長だった。


『意見が割れたのなら、民主主義で行こう』


「その民主主義の多数決が割れてるんですけど」


『私が一肌脱ごうという話だ。──こうしようじゃないか。今から私は他の班と模擬戦をする。それで私か他の班か、勝った方と君たちは戦ってもらう。これで二週間以内に私から勝ち星を得られなかったのなら。君たちとの契約自体を改めさせてもらう、この際契約の違約金も発生しても私は辞さないと考えているがね。君たちは本気になれないだろう?』


 背筋を這い上ってくるようなゾクッとする様な視線が俺達全員を睨みつけてくる。

 ヤバい。これ、てゆうか班長──マジだこれ。

 それを実感するには十分すぎるほどのプレッシャーがドッと圧し掛かってくる。

 班長は別演習場の班に話を付けて俺達は観戦と言う話になった。ドラゴの戦術メッシュネットで、複数のドローンと視覚情報を共有し飛ばした複数の視覚で、戦況の推移を観察する。

 他の班の戦術メッシュデータリンクと班長のデータリンクを繋げ、双方のドラゴ装甲殻予測耐久パラメータを表示して俺達は、少し離れた場所で戦況を見た。


『……スタート』


 班長の静かな声で模擬演習の火蓋が切られた。

 敵対班。確か……685班だったか。

 人数は俺達の倍の8人班で、それは綺麗な密集陣形だ。

 685班の装備は、前衛が模擬テミット・トーチとマテュテ、12ゲージドラゴ規格対応AA-12D散弾銃装備が三人。

 中衛がドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃と模擬テミット・トーチ、模擬シールド装備が三人。

 後衛はアンツィオ20mmドラゴ改良狙撃ライフル、近接用DG-50m拳銃装備が二人と、バランスの取れた装備、兵員数だ。

 対する班長は改良ブローニングM2と模擬マチュテ、AA-12D散弾銃の少々近接よりの装備だった。

 市街地戦演習区画でやっていることもあり685班ゆっくりと建物の中を侵略し、的確足を進めている。順繰り、順繰りと。これぞ軍隊みたいな的確な動きだ。

 後衛のスナイパーポジションは班全体をカバーできるエリアに絶え間なく移動しているし、視覚はないように見えるが──。


『キルコール』


「えっ!」


 俺は声を上げていた。

 いつの間にかであった、685班のスナイパーが班長にキルコールされているではないか。一体どこから班長は現れキルコールをした? 。

 ドローンで演習区画全体をモニターしているのに──その答えはすぐに分かった。


「うっそだろ。何だよあの動き……」


 葛藤さんが驚いたような、絶望する様な声で呟いた。当たり前だ。

 外野で見ている俺達が理不尽と思ってしまうほどの速度で、戦場を駆ける班長の姿を見ているのだから。

 トリック・ギアを多用し、市街地障害をスイスイと抜けていき、僅かに685班の前衛が建物の陰から姿を現した瞬間に──模擬マチュテで軟殻付近を撫で切りにする。


『ツー・キル』


 人とは思えない。バッタか兎か、俊敏過ぎる動きで建物を乗り越え、その姿を685班の前から消し、背後に回り込んでいる。

 見るに堪えない一方的なワンサイドゲーム──そう言わざる得ない動きで次々と制圧していく。


『スリー・フォー・キル』


 厄介な盾持ちの中衛二人を瞬時に制圧した班長は敵陣に突っ込んだ。

 ブローニングからAA-12D散弾銃に持ち替え牽制しながら、最後の一人の中衛に突撃し、盾でそれを防ぐそいつに模擬テミット・トーチが炸裂した。

 あれが本物ならば盾は一瞬で溶けて軟殻に火柱が届いて操縦者は丸焦げになっている。

 テミットトーチを投げ捨て、すぐさま建物の陰に逃げ込んだ。

 ──壁越しにブローニングの掃射。いくらペイント弾を使用していようとこれは実戦形式で行わている模擬戦、戦術メッシュデータリンクが撃破アラームを鳴らし、前衛の二人が撃破された。


『ファイブ・シックス・セブン・キル』


 ──速すぎる。

 演習が始まってまだ一分もたっていない。なのにこんなの……。

 キルコールされた機体を背負った班長が残りの後衛スナイパーに向かい奔る。

 685班の生き残りのスナイパーは逃走を決めた様で、演習エリアを出て撤退をしようと市街地障害を縫って走るが、それでも班長の方が早かった。

 盾のドラゴを投げ捨て、マテュテがそいつの背中にガツンと当たった。


『──エイト・キル。さあこれで決まったよ。私が相手だ。君たちは私を相手に二週間以内に結果を出せるかな?』

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