第51話
ここ数日間かなりバタついた職場環境に成りつつあった。
スカージもより隠密性を高める為に、軟殻のメッシュネット階層をより深い階層に移動させて俺達のスマートの管理者権限を最高レベルまで引き上げる必要があり、CIAとの連絡がより密となり、着信履歴は準軍事作戦担当官の名前がズラッと並んでいる。
俺も首からかけたメガネストラップ型の通信ケーブルが今掛けている一枚レンズ型のスマートに接続され、眼鏡を二枚掛けた馬鹿に見えるその姿をしているが。これも
そうならない為で身代わりスマートを噛ませた結果がこのおバカスタイルの姿で、キチンとした意味がある。
だがしかし、ここ数で日事が一気に進み過ぎだ。
なんと、あの不動で『欧州最強』の名前を恣にしているファーフナー騎士団が動いたのだ。
事情は大体察しが付く。俺達が傍系王族であるエフェリーネ・オラニエ=ナッサウを殺した事で欧州のレイド事情が非常に不味い事になり始めているんだ。
各国が泡食ったようにオランダのフィリップス&スパイカー・カーズの株券に必死に飛びつきより高性能なドラゴを輸入しようと必死になって軍備を拡大しているし、何より他企業がフィリップス&スパイカー・カーズの技術群の特許にライセンス生産申請が殺到しているそうではないか。
レイダーたちはその影響かすっかり鳴りを潜めているが、代りにと言っては何だが、ポーランドとベラルーシの国境線で散発的に戦闘が起こって、ポルトガルがアフリカ派兵隊でアルジェリアの内戦の激化が叫ばれている。
そんな中でフランスはお気楽にもル・マンレースを宣言し、欧州各国のドラグーン・レーサーたちが寄り集まり、その操縦テクニックを競う為にドラゴ達がフランスという一国に集結していた。
ドラゴの拡張性能を披露すると言う事は言うなれば、国の技術力を披露する事を意味していて、アメリカももちろん、中国、インド、カナダ、ブラジル、オーストラリアと国を上げだせばキリがない。
元々ル・マンレースとは無縁だった国立がこぞってこのレースに参加するのは国際的にドラゴの性能テスト兼国の軍事力も披露でき、他国を牽制できるからだった。
そんな中で一つのチームだけが浮いていた。
そう、ディーデリック・オラニエ=ナッサウのチームだけが、まるで勝つことを確信しているかのようなそんな様子であったからに、ピットスタッフたちが訝しがるのも無理はなかった。
その理由を知るのは数限られた人間だけで、その限られた人間の中に俺達はいた。
「『棺』がディーデリックの手の中にあるというのであれば、我々も介入せねばなるまいね」
班長はそう言い手を叩いた。
まさかのまさかだ。ディーデリック・オラニエ=ナッサウのチームが、『棺』を持っていて、そしてそれをドラゴに搭載する姿を俺は見ていた。
CIAにはこの情報は上げていない。ホーク・ディード社の戦術部にだけにその情報を与え、果たしてあれが本物であるかどうかの判断を仰ぐと。
戦術部の判断は100パーセント。『棺』であるという判断を下したのだ。
俺の見た視界情報だけであるが、あれが棺であるのなら良い事はあまりないだろう。
アフガン解放戦線から回収した『棺』の構造解析だって全然まったく進んでおらず、無理くり使える形にしたのが暗殺の際に使った槍で、未だにどうしてこんな莫大なエネルギーを放出できるのか、そしてそのエネルギー源と『棺』製造方法、使用用途など全部が不明ときた。
ただ現在分かっているのは、この『棺』という装置は何らかのエネルギー電源として利用できると言う事だけだった。
「ここに来てファーフナー騎士団が国外に出張ってきたと言う事は大方、このフランスでジュリエッタ、ディーデリック、アードルフの三者会談家族会議と言ったところだろう? 。まあ、まずはディーデリックのレースの様子をジュリエッタ、アードルフの二人で観戦といった所だろうが」
「その前にどういった風に『棺』の回収の手筈を? 。まさかlikeで買収するんで?」
「レースが終わればそれもいいだろうが、レース開催期間中はまずメカニックたちはドラゴの構成を変えたくないだろうから。無理だろうね」
葛藤さんの疑問に班長が答え更に柊が補足のようにいう。
「あのチーム、予備機も用意してなかったから、あの機体一機で24時間走り続ける気でいると思うよ。そうなると確実にスクラップだね」
「となれば一から装甲殻を剥がして整備をすると、そこを狙って『棺』を強奪ってことかね?」
俺がそう聞くが、しかしながら今回の件は俺達『バタフライ・ドリーム』の設立の意義、『棺』確保の意味を失いかねなかった。
オーバー・テクノロジーの産物たる『棺』にどんな機能が搭載されているのか不明、それを見過ごすほどあのピットクルーたちも馬鹿とは思えない。
絶対にレース終了後に回収される。その為に恐らくファーフナー騎士団が出張ってきたんだろう。
王族の警護だけなら俺達傭兵に外注する事なんてザラにあるのに、わざわざ王族の三者会談に国軍の最強のドラゴ部隊一つを投入してくる理由が分からない。
慌てる乞食は貰いが少ないというが、ここは慌てないといけない。
オランダに『棺』を回収されると二度とその行方が分からなくなるだろう。
ならばどうすべきか。――答えは一つだった。
「レイドを起こそう♪」
班長が手を叩いて言うので、俺達はその正気を疑った。
俺達がレイドを? 。まさか。
「完全な違法行為じゃないんですか? 。それ」
俺が聞くので、班長は段取りを考えながら言い出した。
「最近はレイダーたちが活発だからねえ。ヨーロッパ圏は特に。そんな中でエフェリーネ・オラニエ=ナッサウは特大の火薬庫を運んできてくれたじゃないか」
そうか、何でも活用する気でいるんだ。この人。
ロレッツ運商がカンヌへ大型貨物船を寄越してきたのはドラゴの密売。それを手玉に取る気でいる。
俺達が考えるまでもない、CIAやホーク・ディード戦術部がすでにその作戦内容をすでに立案していた。
ロレッツ運商の持ってきたあの貨物船の積載物の履歴を偽装し、ホーク・ディード社所有のドラゴ保有所持数を隠蔽偽装し、レイダーへと横流ししこのル・マン市で大規模レイドを発生させる。
その混乱に乗じ、アードルフ・オラニエ=ナッサウを暗殺、そして俺達は『棺』を確保。俺達はその現場からフルトン回収で北アメリカへ輸送される手筈になっていた。
「めちゃくちゃだ……」
葛藤さんがそう言うので班長も苦笑いだった。
そう、かなりめちゃくちゃだ。戦争犯罪が何のそのと言った作戦の立案に、戦術部とCIAの精神を疑う。
バレなければ犯罪じゃない。そう言いたげな
「長い一日になるぞ。明日は」
班長がそう言うので、俺達は気を引き締めるように気が変わる。
俺は頬を張って、気合を入れる。既に事は転がり始めている。
レイダーたちに流したドラゴの発信機はル・マン市に集結しつつある。
その動きを察知してか、フランス警察のメッシュネットの揺らぎの色もより一層、酷く刺々しい警戒の色を示している。
みんな俺の様子にちょっと異常を、気が違えたのではないのかと様子で俺を見ている。
仕方のないことだった、俺は見えるはずのないものを目で追って手で触っていたからだった。
俺にとってメッシュネットはただの通信手段ではなく、それを無意識の内に『見る』ものになっていた。
それはもう、人の知覚し言うる範囲を逸脱し、スマートを介してにしても、ここまで深くメッシュネットのそれを把握するのは、人間業のそれではない。
というのが俺の感想で、それが成るのは偏にピューパ素子の影響なのだというのも俺は分かっていた。
柊は脚力が上がった。葛藤さんは腕力が上がった。
紙白は分からないが、俺は新しい知覚の方法を手に入れたんだ。
メッシュネット通信の感覚的知覚──人の無意識をその目で感じて、意識を色で判別する。
人はこう言うだろう。『
だが違う、これは歴とした科学の延長線上にある。
ピューパ素子は人の遺伝子の塩基対に影響を及ぼし、脳思考の電気的な振る舞いを感知しより外的環境に適応する為に人体を再構成し、最適解の肉体を提案し反映して作り出す事が出来る。そうクリエイトされたのがフェムトサイズの機械群、
遺伝子倫理、エンハンスド・アート法なんて知った事ではなかった。
それはもはやインフルエンザやコロナワクチン接種と同じようにカジュアルに、人の遺伝子を弄るというハードルをグンと下げる行いなのだ。
俺達は人という枠組みを超えるべく、より簡単に、より手軽い、より他愛なく、人が遺伝子を弄り脚力を上げ、腕力を上げ、免疫機能を向上させ、知覚するモノの裾野を広げ、周囲の外的環境により順応する為に、俺達は進化する事になった。
『バタフライ・ドリーム』の任務は『棺』の確保と、ピューパ素子で起こりうる人体の収斂的高次元進化をその体を以てして、観察を行う事に設立の意味があったのだ。
俺達は要はモルモット。その体で起こる生理活動の全てが人類の何かしらの為になると班長は言っていたが、その恩恵に預かれるのはたぶん俺がホーク・ディード社を退社している程の先の時代で、もう俺のあずかり知らないとこだ。
この体にいったいどんな変化が起きているのか、それが変化に果たして人体は耐えられるのか、恐ろしくもあるがワクワクするだけ、俺の脳味噌は結構なハッピーなお頭な造りをしていのだろう。
進化した人類は果たして人類と呼べるのか、それの系譜を見れば確かに人類だ。
人間、ホモサピエンスを先祖に持っているが、人類と呼べるアイデンティティを保っているのか。
人を人と呼ぶだけのピースは漠然的だ。人体の形だけで言うのなら人は人と呼べるだろう。だが意識は、構造は、もっと深い霊的な属性に眼をやると進化した人類は、人として踏み出してはいけない領域に足を踏み入れているのではないのか? 。
尊厳やら、面目、品格を捨てて進化した人類は、マンアフターマンのような異形になり果てるのか。俺はごめんだ。
人が人として生きていくのにこの
そして尊厳も大切だ、俺はカマキリみたいに精子を与えたら餌として食われるのは嫌だし、チョウチンアンコウのように雌の体に嚙り付いて融合もしたくはない。
個としての形を保って、そして尊厳という名の品位も保ちながら進化したい。
進化──進化の先はどんな結果になる? 。
分からない。
分からないが、今まさにこの目で見ている現実と認識だけは、リアルな肌触りと実感があるだ。
だが現実もかくも脆く脆弱な俺達、観測者達は本当にこれを現実として受け取っていいのかも分からない。もはやこれは超自然哲学的な話であり、数学的な話では量子力学の範疇だ。
どっちも俺の領分外の話だ。俺はこの曖昧な現実と虚構とも、迷妄とも思える感覚を頼りに生きていくしかない。
「……よぅ」
俺はソイツに話しかけていた。
真っ白な姿のそいつは
これも幻覚、あれも妄想、こいつも迷夢。
どれが現実に存在していて、どれが存在していないのか、俺の知覚のエラーなのか分からない。
怖い、怖いが、それでやっていくしかなかった。
幻覚や譫妄、幻聴に眩惑、あやふやな現実を受け止めていくしかないんだ。
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