第23話

「癖が強いなぁ、これ」


 俺はラシードの村でホーク・ディードの送迎バスを待ちながら、村全体の貢献をしている。

 救援コールを続け、ノード回線のニューロン暗号をオープンにているが、暇で仕方なかった俺は村の人間に頼み仕事を貰った。

 簡単な仕事だ。プレーンのドラゴに乗って、ドラゴの後ろに繋がれた耕運機を引っ張るだけだ。

 耕運機と言っても丸太に無数の刃を取り付けて、それだけで引っ張って地面を穿り返すだけ、ジャガイモの畑の土を掘り返していた。

 プレーンのドラゴに乗るのは始めてだ。機械的な制御卓で、二つの操縦桿とフッドペダルで操作するのだが、如何せん軟殻と違って体制御じゃない為にこれにはちょっと癖がいる。癖が強いが、車の運転と同じだ、フットペダルで前進後退、操縦桿で上半身、両腕のバランスを取るだけの簡単な動きしかできない。

 簡単な動きだけだから、何も焦る必要もなく、ゆっくり歩きながら畑を耕せばよかった。

 ズシン、ズシンと、サスペンションの役割を果たしている筋肉アクチュエータ群が無いから衝撃が諸に尻と腰に来るが、プレーンのドラゴでもゲルシリンダだけでも2tトラック並みの馬力とトルクがあるからに非常に便利だ。

 それを土木用や戦闘用にチューンされたのが俺が乗っている戦闘用のドラゴだ。

 色々と操作しやすいようにお膳立てされ、普遍的な戦争に変革をもたらしたドラゴだが、こう言った過疎地でその価値は昔も今も変わらない。

 昔は人の手で、昔は牛で、昔は機械で、今はドラゴに変わった。それだけの差異だ。

 この村は非常に長閑だ。ホーク・ディードの警備する油田基地に村人が出稼ぎに出ていると言っても、主な収入源はこのジャガイモ畑で、電子機器と懸け離れた生活域でオール・フォーマットの影響は少ない。

 こういった地域ではまだまだ物々交換だったり、物理貨幣が通用し、地域通貨と言う名で未だに通用する。

 国は変わっての農家は強いと言う事を体現するかのように、何十トンと言うジャガイモを生産するこの村で、俺は初めて、生まれて初めて農業をした。

 実家が農家であっても稼業を継ぐかどうかは個人意志、でも継いだ方が楽なのは確か。俺は家を継ぐことを諦めた男で、現実から常に逃げてきた男だから、初めて農業をして親や兄ちゃんの偉大さが初めてわかる。

 流石にドラゴを使って畑を耕すことはしてなかったが、自分の行使できる能力で誰かの為に成ると言うのは実感を得られて自己肯定感が上がる。

 ただでさえ酷く自分の肯定感が無いので、誰かと一緒に何かを作ると言う行為に生の実感があまりなかった。しかしここの住人は銃を突き付けて喚き散らかした俺でも受け入れて、わざわざドラゴ迄俺に貸し与えて手伝わせてくれた。

 ドラゴを操作できる技能がある人間がいないと言う理由なのだが、NPOの使節開拓団が寄付と言う名目で寄越してきたそうなのだが、どうにも扱いに困っているようで、使える人間がいるならそれに使ってもらおうと言う話なのだそうだ。

 それでも構わない。一食一飯の恩義を多少なりとも返せるのならそれでいい。対してキツイ労働と言う訳ではない。ただドラゴを動かしていればいいだけだから。


「あっついな……」


 装甲殻もない操縦座席が剥き出しのドラゴなんて初めて乗った。この赤道近くのアフガニスタンの日差しは少しキツイ。

 汗も滴り、耳に付けたインカム翻訳機が蒸れる。

 耳の中を指でほじくって汗を拭った。現地民はこんなクソ熱い中よく農業をしようと考えたモノだ。俺ならご免被りたいが、恩義は恩義だ、返して損はない。

 にしてもこの村やけに若者がいない。年寄りや女子供ばかりだ。

 何処かから聞こえる歌声になんだろうか、牧歌的なそれを感じるのは俺だけではないだろう。

 村の景観を見てもどれも泥の壁で作られた洞穴時見て、その中で一台のトレーラーが異彩を放っていた。

 ファン・マンジョルのトレーラーであちこち巡っているそうであの中には医薬品や医療機器の機械が所せましと詰め込まれていた。この耳に付けている翻訳機の充電もさせてもらった。


「もうひと頑張りいくか」


 俺は再度操縦桿を握りドラゴを動かして畑を耕した。


 ……

 …………

 ……


「クシャトリア。村長が、ご飯に誘ってる」


 大方の畑を耕し終わり、昼の休みを取っているなかラシードがそう言って俺を呼んでくる。

 俺は汗を拭いながら撃たれた腕を見ながら返事をした。


「おお、いいぞ」


 腕の傷、貫通はしていないが傷口がやけに小さい。小口径の弾丸で撃たれたのか、いや、そうだとドラゴの装甲殻を貫くだけの威力にはならない筈だが。何故だろうか。

 痛みは多少あるが、日常生活で支障が出ない程度には大丈夫だ。

 俺はラシードに腕を引かれて村長とされる人物の家に招かれた。

 何人か豊かな髭を蓄えた人物たちが円を組んで俺の着席を促してきた。


「座りなさい。お客人」


「じゃあ、失礼して……」


 俺は促されるまま座り、胡坐で応じる。

 飯に誘われたにしてはやけに物々しい雰囲気で俺は身構える。ここに来てずっと身に着けてきている、S&WM37を抜かせないでくれよ。


「貴様は一体何をしに来た。あの場で、何故倒れていた」


 村長と思われる男がそう話すのに俺はグッと全身に力が入った。

 この男、何かを問い詰めようとしている。それを実感できる、今迄人と話してきて、この雰囲気を醸し出すときは決まって──俺に対して非難をしようとしている。

 俺は幾ら翻訳機を付け相手の言葉が分かろうともパシュトー語かダリー語を喋れるわけではない為にラシードに翻訳を頼んで言う。


「ここに害を加える気はありません。偶然この近くで戦闘が当て、俺は逃げて来ただけです」


「逃げてきた? 。何から」


「サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊。アフガン解放戦線のドラゴ兵隊です」


 その言葉に村々の住民たちは顔を顰めた。

 マズい……何かヤバい事を言ったようだ。村長たちはしかめっ面で俺に言う。


「我々はアフガニスタンの民、サビルラ・シャー・ドゥラーニの思想には賛成だ。それとお前が争うのならなぜ我々が匿っているか……分かるか」


「…………」


 分かる筈がない。分かるわけがない。

 俺は戦闘で負傷し逃げて、気づけばここにいたんだ。アフガン解放戦線の思想に賛成していると言う事は、ここは──虎の腹の中。

 こいつらは敵なのか──銃はない、刃物もない。だがこの人数、押し込まれて抑え込まれれば一溜まりもない。

 だが、それをしない。なぜ。


「ラシードを油田基地で懇意にしているそうだな」


「え、ええ……」


「この村で、なぜラシードは普通に出来ていると思う、親もいない、親類もいない者が」


「…………」


「我々も同じなのだよ。不可触民ダリット──オール・フォーマット、大戦渦以降、ヒンディーが攻めてきて我々に付けられたレッテルで、我々は人とすら扱われないにお前はラシードを人として扱ってくれた」


 気にもしていなかったヒンドゥーカーストのダリットと呼ばれる最下層者たち。

 ニッと歯抜けの顔ではにかんだ村長が、腕を捲って見せた。そうそれは、焼印だった。


「我々は多くの者たちに無下に扱われてきた。タリバーンの時には逃げ回り、中国と手を取り合えば奴隷のように、そしてインドと手を取り合えば人以下に、パキスタンの政府だって我々は人とは思うまい」


 痛々しいその焼印を仕舞った村長は言葉を続ける。


「だがホーク・ディードはそうではなかった。我々を人として扱ってくれた。──我らも国は欲しい、国を持ちそこに属したい。だが属した所で、その場所で我々が人でると言う保証はない。だからお前のような我々不可触民ダリットを人として扱ってくれる人を我々も無下にはしたくない、故に聞かせて欲しい。我々に何を求める、ホーク・ディードの本当の目的を」


 本当の目的? 。


「初めは現地の地理把握といい我々を使った、次に労働力と提供といい若者を連れ去った、その次にはアフガン解放戦線との戦力といい我々の同胞を使い始めた。何が目的で何を成したいのだ。我々はもう出すものなど何もない、逆さに降ろうと悲鳴も出ない。死に体だ」


 どうりで。合点が言った。

 この村の何かの欠落が分かった。若者の存在がなかったためだ。

 ホーク・ディードが徴用した。いや、いや待て、一応ホーク・ディードはアメリカ市場上場の企業、スキャンダルばかりは避けたいはずだ。日本の韓国徴用工の問題で散々ケツの毛まで毟り取られている様はアメリカが間近で見ていて、その二の前を踏む事があり得るのか。

 ──ありえる。

 この歪に再構築されたネット社会において情報は世界を覆う網目ではなく、一部社会地域の伝達網、そう、伝言ゲーム、規模を大きく広げただけのケビン・ベーコンゲームでしかないのだ。故に情報の伝達に不備も生じ、尚且つ一部の社会メディアにしか情報は出回らない。

 何が完全接続ネットワークだ。網目は世界全体を覆っていない、人口密集地にばかり目の細かい網目が形成されているだけだ。

 情報からの隔絶、世界からの孤立。

 彼らはそう──世界から消え去った人間たちなのだ。


「我々はこれ以上と無いぐらい耐えてきた。だが、今回は違う、あの油田基地での仕打ち、パシュトゥーンの民をヒンドゥーのレッテルである不可触民ダリットと呼び蔑み、子を取り上げられる我らの矜持はどうすればいい?」


 バンと扉が開いて、押し寄せてくる兵隊たち。

 その兵隊の肩にはアフガン解放戦線のエンブレムがあった。

 俺の手が銃に伸びる前に俺を抑え込んで銃を取り上げる。


「ガっ……てぇっ」


「東洋の人。ファン・マンジョルと去れ。我々はアフガニスタンの民だ。中国の奴隷でも、インドの家畜でも、ホーク・ディードの走狗でもないのだ。お前はラシードを人として扱った、我々も人として扱う。今日一日は人として扱おう。だが日を跨ぎ、この村より出れば貴様は他の国々の先兵にも戻ろう」


「何がしたいんだよ。飯誘っといてこれねえだろ。クッソ!」


「言いたいことは分かる。だが、我々とてプライドが、矜持がある。人なのだ、人間に当たらずにはいられない。その者たちに属す貴様に当たらずにはいられない。手荒な真似はしたくない。ファン・マンジョルと去れ」


 突き飛ばされるように俺は家の外に投げ出された。

 意味が分からない。飯に誘っといて恨み節を垂れるだけ垂れて飯も出さずに突き出すとかありかよ。


「はァ……嫌なくじ引いたな」


 夕暮れの空を俺は睨みながら呟いた。銃も取り上げられ、自決権も失った。

 だが、荷物もある。緊急時サバイバルユニットを取りにラシードの家に足を進める最中、医者が、ファン・マンジョルがそこにいた。


「手ひどくやられたろ?」


「……それ言いに態々ここに?」


「最後の検診と言った所かな。俺は今日中にここ出る。村長にお前を連れ出せと言われたが生憎と乗り合わせは悪くてな、カブール迄歩いて行ってくれ」


「炎天下の中20キロ歩けってか」


「まあそう言う事。正確には25キロな。ホーク・ディードとは絡めないでね」


 俺の撃たれた腕を掴んで傷口を見るファン・マンジョルはニッと笑った。


「やっぱお前いい進化してるよ。再生能力とは畏れ入ったよ」


「何だよお前」


 俺は腕を振り払って睨みつけるとファン・マンジョルは指鉄砲で頭にその無力な銃口を自らに突きつけた。


「蛹の中身になれる素養がお前にはある。今の人類のまま死ぬより、新たな人類のまま生きた方がマシとは思ったことないか?」


「は? 。何言ってんだ?」


「俺は人類を滅ぼしたい。延いては神を滅ぼしたい。俺の望みは、お前が進化を続けて神を殺す事だ。ポスト・ヒューマンになったお前に神は必要なくなるからな──それじゃあより良き進化を。バイ」


 訳の分からん男だ。兎に角俺は掴まれた腕を見た、あれ? 。傷口が、蚯蚓腫れの様に膨らんでいるだけで穴が開いていない。

 撃たれて昨日の今日で穴が塞がるもんかね。いや、おかしいだろ。

 再生能力。ハッと気づく、あの男、俺のピューパ素子の事気づいている? 。

 追って聞こうにも、もうトラックは出発していて聞けなかった。

 妙な男だった。俺はとぼとぼと歩きこの夜闇の中でどうカブール迄いくかを考えていた。


「クシャトリア!」


 ラシードの呼び声に俺は振り返った。


「なんだ? ラシード」


「行ったらダメ。今行ったら巻き込まれる」


「何に?」


「──戦争」


 ゾッとする。分かってしまった。その一言に。

 ここの住民、アフガン解放戦線の連中と結託している。──油田基地の内部情報が丸わかりだ。

 住民徴用でもここの人間は個人を証明する情報がない。故に本当にここの住民であるかどうかも分からない。

 襲い放題だ。


「クシャトリア。村を出ないでここにいた方がいい」


「…………」


 引き留めるラシードに俺は何も言えなかった。いや何も言い出せなかった。

 救難支援システムをコールを、この情報がもう──ホーク・ディードに渡っていることを。

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